Twitterのプライバシー「新ルール」が研究者や記者への攻撃手段になる
ツイッターが公表した新しいプライバシー規約が、研究者やジャーナリストへの攻撃手段になる――そんな事例が相次いで報告されている。
プライバシー情報をネット上で暴露することは、誹謗中傷や攻撃の手段として、深刻な問題になっている。
ツイッターは11月末、本人の同意がない画像や動画の投稿を禁止する新たなプライバシー規約を発表した。だが、その規約が悪用され、相次ぐアカウント停止という混乱を引き起こしている。
マスク拒否や反ワクチン、さらに人種差別などの過激主義グループが、その実態を追及する研究者やジャーナリストを標的に、組織的な「規約違反」の申し立てを行っているのだという。
その申し立てを、ツイッターが次々に認めてしまった結果、すでに1年近く前に国際的なニュースとなった動画を投稿したジャーナリストも、その動画が原因でアカウントが停止されたという。
ツイッターは、「ニュース価値」のあるコンテンツはプライバシー規約の対象外だとするが、その審査機能は十分働いていないようだ。
「表現の自由」の専門家からは、「新しいプライバシー規約は失敗だ」との指摘も出ている。
●相次ぐアカウント停止
ロサンゼルスの地元紙、ビバリーヒルズ・クーリエの記者、サミュエル・ブラズロー氏は12月3日夕、自身のツイッターにそう投稿した。
ブラズロー氏のアカウント停止の対象となったのは、1月3日に投稿した動画つきの連続投稿だ。
マスク拒否運動の30人ほどのグループが、ビバリーヒルズの大型スーパーで店員や他の買い物客らとトラブルになり、その様子をブラズロー氏が動画撮影したものだ。
この騒動についての記事は、ブラズロー氏の署名でビバリーヒルズ・クーリエに掲載されている。
さらに、ブラズロー氏の連続ツイートが、ニューズウィークやバズフィード、英インディペンデントなどのメディアでも紹介され、国際的なニュースとして広がっていた。
投稿から1年近くたった「ニュース価値」の明らかな投稿が、今になって、「プライバシー規約違反」だとしてアカウント停止措置が取られたことになる。
ロサンゼルスのビデオグラファーでライターのショーン・カーミッチェル氏も、マスク拒否運動の集会の動画を掲載した1月と3月のツイートで、同様の事態に見舞われた、という。
カーミッチェル氏は、こう述べている。
ワシントン・ポストのドリュー・ハーウェル氏が調べたところ、メッセージサービス「テレグラム」上では、白人至上主義やネオナチなどのアカウントによる、新規約によるアカウント停止申し立ての呼びかけが行われており、中には50近くのツイッターアカウントのリストを示しているケースもあった、という。
また、右派向けソーシャルメディア「ガブ」では、1日で50件の申し立てをした、と言うアカウントもあった、という。
フィラデルフィアのライター・研究者で、右派グループ「プラウドボーイズ」を追及してきたグウェン・スナイダー氏も、2019年5月にツイートに掲載した同グループの集会の動画を理由に、同様のアカウント停止を受けたという。
スナイダー氏はアカウント停止を巡るツイートで「私はフィラデルフィアにおけるオルタナ右翼の台頭を記録した」と述べ、こう指摘している。
騒動の始まりは11月30日のツイッターの発表にあった。
●本人同意のない画像、動画の禁止
新しいプライバシー規約を説明する11月30日付のツイッターの公式ブログは、そう述べている。
ツイッターのプライバシー規約では、これまでも本人同意なく「住所・GPSデータ」「政府発行ID」「非公開の電話番号・電子メールアドレス」「銀行口座・クレジットカード情報」「生体データ・医療情報」などの情報を投稿することは禁じられていた。
新たな規約では、画像や動画を「プライベートメディア」として、本人同意のない投稿禁止の項目に追加したのだという。
誹謗中傷や個人攻撃では、テキストに加えて、本人の画像や動画が添付されることもある。新たな規約では、投稿禁止の範囲を、それらのケースにも拡大した、ということのようだ。
新たな規約には例外規定もある。
この例外規定は、犯罪捜査に関する情報提供の呼びかけや、報道などの「ニュース価値」がある画像や動画を想定したもののようだ。
実際に、米連邦捜査局(FBI)のツイッターアカウントは、1月6日に首都ワシントンで発生した連邦議会議事堂乱入事件の公開捜査で、ソーシャルメディアなどに投稿された容疑者らの画像や動画をツイートし、情報提供を求めている。
※参照:SNSで広がった暴動をSNSで摘発する(04/04/2021 新聞紙学的)
公式ブログは、新たなプライバシー規約の運用をこう説明する。
ところが実際には、ブラズロー氏らのケースのように、明らかな取材や調査活動の動画であっても、アカウント停止の措置が取られている、との事例が次々と指摘される事態になっている。
●ツイッターが間違いを認める
ワシントン・ポストなどのメディアが相次いで報じたことを受け、ツイッターは12月3日、「組織的で悪意のある」行為によって、「1ダースの誤って停止されたアカウントがあります」と混乱を認める声明を出している。
悪意を持った組織的なアカウント停止の申し立ては、従来からある攻撃手法の一つだ。今回の新たなプライバシー規約を巡っても、そのような悪用の可能性は指摘されていた。
メディアサイト「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」のマシュー・イングラム氏は、新しいプライバシー規約が例外とする「公共の利益」「著名人」の不明確さに問題があると指摘する。
トランプ氏のような公人については、その投稿内容に「ニュース価値」があるとして、規約違反であっても、削除対象とはしない――ツイッターでは、そのような運用が2019年6月に方針転換を表明するまで続いていた。
※参照:SNS対権力:フェイスブックとツイッターの判断はなぜ分かれるのか?(06/04/2020 新聞紙学的)
同様の問題は、ソーシャルメディアを巡って、何年にもわたってくすぶってきた。
フェイスブック(現メタ)では2016年8月、ベトナム戦争で裸で逃げ惑う少女をとらえた元AP通信のニック・ウト氏によるピュリッツァー賞受賞の報道写真「ナパーム弾の少女(戦争の恐怖)」を、「児童ポルノ」として削除した。
さらにこの経緯を問題の写真とともに報じたノルウェー最大の新聞「アフテンポステン」や、同国の首相(当時)のアーナ・ソ-ルバルグ氏のフェイスブック投稿まで次々に削除し、国際的な批判を受けた。
※参照:フェイスブックがベトナム戦争の報道写真”ナパーム弾の少女”を次々削除…そして批判受け撤回(09/10/2016 新聞紙学的)
その一方で同社は現在、元プロダクトマネージャー、フランシス・ホーゲン氏による内部告発で、580万人もの著名人が、投稿コンテンツ審査の例外とされる「特別枠」になっているとも指摘され、批判の的になっている。
※参照:Facebookが抱えるコンテンツ削除のトラウマとは、著名人580万人「特別ルール」の裏側(09/15/2021 新聞紙学的)
「公共の利益」「ニュース価値」の線引きの扱いは、AIではなく人間の判断が必要になる。さらに今回、プライバシー規約に追加したのは、その投稿意図や評価が難しい、画像と動画だ。
運用のハードルが高かったことは、想像がつく。
●「新しい規約は失敗だ」
カリフォルニア大学アーバイン校教授で、「表現の自由」に関する元国連特別報告者のデビッド・ケイ氏は、ツイッターにこう投稿している。
さらに有力ユダヤ人団体「名誉棄損防止同盟(ADL)」の過激主義センター副代表のオーレン・シーガル氏は、ワシントン・ポストのハーウェル氏の取材にこうコメントしている。
ツイッターは新プライバシー規約の発表の前日、CEOのジャック・ドーシー氏の退任と、CTOのパラグ・アグラワル氏のCEO就任を明らかにした。そんなタイミングでの不手際だ。
新たなプライバシー規約の、何をどう間違ったのか。改めて具体的な説明が必要だろう。
(※2021年12月6日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)