「トランプ政権」主要メンバーの一覧からみる来年以降の米国:そのキーパーソンは
米大統領選挙で勝利したドナルド・トランプ氏の政権移行チームは、先月から段階的に閣僚人事を発表してきましたが、その主要ポストはおよそ出そろいました。その顔ぶれをみると、改めてその特徴が浮き彫りになってきます。
以下では、主要ポストに就く予定の人物を、ポスト順にではなく、その属性ごとに分類して整理します。
一般的に、米国の閣僚や上級公務員は、日本など議院内閣制の場合と異なり、党内の力関係やキャリアなどにあまり関係なく、大統領個人との関係によって選ばれます(現在のケネディ駐日大使など)。そのため、早くからトランプ氏を支持していた人が多いことは、いわば当然です。
共和党の政治家
マイク・ペンス(副大統領)
インディアナ州知事。政権移行チーム座長として、トランプ新政権の人選を実質的に担う。トランプ氏は「取締役会長」、副大統領のペンス氏は「最高経営責任者(CEO)」の位置づけになるとみられ、「史上最も権力をもつ副大統領」になると目されている。
熱心なキリスト教保守派で、中絶、同性婚、温暖化対策に反対。共和党主流派に近い。
下馬評ではもっと知名度のあるニュージャージー州知事クリス・クリスティと元下院議長ニュート・ギングリッチのどちらかが副大統領候補になるとみられていたなか、ペンスが選ばれたのは、トランプ氏の娘と息子が説得したからともいわれる。副大統領候補にペンス氏が選ばれたことに、ニューズウィーク誌は「トランプ氏が必ずしも関係のよくない共和党主流派との連携をよくするため」と論評している。
しかし、それだけでなく、「大物」と言いにくい人物を敢えて副大統領に据えたことは、ひいてはトランプ氏の影響を受けやすくするものともいえる。したがって、ポール・ライアン下院議長(後述)をはじめとする議会の共和党主流派とのパイプとして、そして「政権を実質的に切りまわすCEO」として存在感は示すとみられるが、あくまでトランプ氏の影としての役割になることが予想される。
ジェフ・セッションズ(司法長官)
共和党上院議員。検事出身。人種差別主義者の疑いがあるとして、1986年に議会上院はセッションズ氏の連邦判事就任を承認しなかった。
不法移民に市民権を与えることに反対するなど、反移民政策の急先鋒。この点で一致するトランプ氏を早くから支持。中絶、同性婚にも反対。ティーパーティーとも関係あり。
マイク・ポンぺオ(CIA長官)
共和党下院議員。陸軍士官として従軍後、弁護士に転身。敬虔な福音派。反中絶、反オバマケア、反温暖化が鮮明。全米ライフル協会終身会員。ティーパーティーから支援を受ける。
2015年にイランの核開発制限(停止ではない)を定めた核合意に反対。スノーデン容疑者が暴露した国家安全保障局による通話記録の傍受の復活を提唱している。
ラインス・プリーバス(首席補佐官)
共和党全国委員長。反中絶、反同性婚。ティーパーティーとの関係あり。
ライアン下院議長(後述)との関係も良好で、その人選の目的には、ペンス次期副大統領と同様、党主流派との関係強化があるとみられる。
首席補佐官は特定の省を管轄する閣僚ではないが、大統領の意向を直接受けて、ホワイトハウスのスタッフを差配する、いわば執事長。首席補佐官候補には、プリーバス氏の他に、大統領選挙で選挙対策本部の最高責任者を務めたスティーブ・バノン氏の名も取りざたされていましたが、娘イヴァンカ氏と夫のジャレッド・クシュナー氏(後述)がプリーバスを推したと伝えられている。
【補足】ポール・ライアン
共和党下院議長。2012年大統領選挙で、マット・ロムニー共和党候補の副大統領候補として出馬した経験をもつ。ティーパーティーから支援を受ける。
米国憲法は三権分立が厳格で、大統領といえども議会の独立性は脅かせない。連邦議会が大統領の手足を縛る法律を作ることも珍しくない。裏を返せば、トランプ新政権が順調に進むためには、議会の協力が不可欠。
しかし、大統領選挙終盤に発覚したトランプ氏の女性蔑視発言で、ライアン氏をはじめ共和党主流派との対立は決定的となった。その後、トランプ氏の当選により、ライアン氏の立場は一気に苦しくなったが、ライアン氏も下院議長の座を守ったことで、両者はいわば痛み分け。ただし、現状においては一応の友好関係を演出しているが、状況次第では議会でのトランプ新政権批判の中心になることもあり得る。
軍人、安全保障専門家
ジェームズ・マティス(国防長官)
元海兵隊中央軍司令官。イラクやアフガニスタンで司令官を務めた軍歴をもつ。反米感情が渦巻くイラクで、「イラク市民への怒りを持つことはアルカイダの勝利」と説くなど、厳しい軍律を求めた一方、2005年にサンディエゴのパネルディスカッションで「ある種の人々を撃つことは楽しいものだ」と発言したことで、「狂犬」の異名をとるようになる。
イランに敵対的で、オバマ政権が進めたイラン核合意を批判したことで、2013年に解任された。サウジやエジプトなど、伝統的に友好的なアラブ諸国との関係を重視する一方、ロシアに対しては警戒感を隠さない。この点で、ロシアとの関係回復を重視するフリン国家安全保障担当補佐官(後述)やムニューチン次期財務長官(後述)との関係が注目される。
また、法律で軍人が退役から7年間は国防長官に就任できないため、今回は特例措置を議会に求めることになる。
マイケル・フリン(国家安全保障担当補佐官)
元陸軍中将。オバマ政権下で国防情報局長官を務めるが、2014年に「組織運営に問題があった」として解任された。その後、コンサルティング会社を経営。早くから一貫してトランプ氏を支持していたため、フリン氏に対する信頼は厚く、トランプ氏が次期大統領として受けるブリーフィングや、安倍首相との会談にも同席している。
その一方で、事実か否かが定かでないことを吹聴する傾向があるといわれ、情報局職員の間では「フリン・ファクト」と呼ばれていた。最近では「イランとイスラーム国が結びついている」という、一般的な常識からかけ離れた自説を展開しており、それをオバマ政権が「政治的な理由で隠ぺいしている」とも述べている。
イスラームを嫌悪し、「ガン」と表現する一方、ロシアとの関係は深い。ただし、ロシアを中国や北朝鮮とともに米国の「敵」と位置付けており、イスラーム過激派対策を何より最優先にする立ち位置にある。
トーマス・ボサート(国土安全保障担当補佐官)
リスク・マネジメントのコンサルティング会社経営。ブッシュ政権下で国土安全保障副補佐官を務めた経験をもち、今回は補佐官に「昇格」。
ブッシュ政権時代、国内をカバーする「国土安全保障補佐官」と海外を中心とする「国家安全保障補佐官」は別々のポストとしてあったが、オバマ政権のもとで統一されていた。トランプ新経験のもとで、再び別々のものとなった。
ビジネス関係者
レックス・ティラーソン(国務長官)
エクソンモービル会長兼CEO。ロシアの国営企業ロフネスチとの合弁事業を展開していたため、ウクライナ情勢をめぐる対ロシア経済制裁に反対してきた。プーチン大統領とも近く、2013年にロシア友好勲章を授与されている。
ロシアとの関係が深いだけでなく、その関係改善によって自らが大きな利益を受けるだけに、「利益相反」にあたるとして、議会では民主党だけでなく、共和党からもその就任に反対の声があがっている。また、巨大石油企業のCEOであるだけに、温暖化問題には極めて消極的。エクソンが温暖化対策を怠っていたとして起こされている訴訟に、トランプ次期大統領の就任前に、証人として出廷する可能性がある。
スティーブン・ムニューチン(財務長官)
元ゴールドマン・サックス(GS)幹部。ファンド会社経営。映画などでの資金調達でも知られる。
ムニューチン氏をはじめ、トランプ新政権にはGSからやはり元幹部のウィルバー・ロス氏が商務長官に、そして現社長のゲーリー・コーン氏が国家経済会議委員長に就任することが決まっている。GS三人衆とも呼ばれる。
トランプ氏は大統領選挙で既存の政治家などとともにウォール街を「普通の米国人の敵」として描き出し、批判を繰り広げたため、そこの齟齬が今後大きくなれば、「アウトサイダー」としてのイメージ化は困難になる。また、これらの資産10億ドルを超えるビリオネアが何人も閣僚候補となると、利益相反を防ぐために議会上院で行われる資産査定は、難航をきわめるとみられる。
ジェイソン・グリーンブラット(国際交渉特別代表)
トランプ・オーガニゼーションCLO(最高法務責任者)。弁護士。ハンガリー系ユダヤ人を父に持つこともあり、選挙期間中にトランプ氏のイスラエル-パレスチナ問題アドバイザーを務めた。
国際交渉特別代表は新設のポストで、その役割は明確でないが、中東和平問題の他、キューバ問題、貿易問題などを担当するとみられる。
トランプ氏の企業関係者の政権入りはグリーンブラット氏のみだが、他のビジネス関係者と同様、利益相反の懸念が指摘されている。
【補足】ジャレッド・クシュナー(無役)
トランプ氏の娘イヴァンカ氏の配偶者。不動産経営者。
トランプ氏の選挙顧問として選挙対策本部に大きな影響力をもっていた他、政権移行チームにも入っている。縁故採用を防止するため、法律により大統領の親族が公的ポストに就くことはできないが、意思決定には非公式に参加するとみられる。
ユダヤ教徒だが、トランプ氏らへの「人種差別主義者」という批判を擁護している。
その他
ピーター・ナヴァロ(国家通商会議議長)
カリフォルニア大学教授。著書『中国による死』などで、「中国の不公正な貿易により米国の製造業が衰退してきた」と主張してきた。トランプ新政権は大規模減税とともに、道路や港湾整備などのための(クリントン陣営が主張していた)インフラ銀行を設立して5500億ドルの投資を目指す方針を打ち出しており、ナヴァロ氏はこの計画の策定に関わっている。
若干の考察
ざっと見渡すと、まず政権メンバーに指名された共和党の政治家に関しては、保守本流との関係を意識した布陣になっていることは明らかです。熱心なキリスト教徒が多い一方、反中絶、反同性婚、反移民、反温暖化、反オバマケア、そして「小さな政府」路線など、米国の国内政治の文脈で保守と認められる要素は、ほとんどのメンバーに共通します。
一方、軍人や安全保障専門家に関しては、その多くに反イスラーム的言動が鮮明です。国防長官に決まったマティス氏や国家安全保障担当補佐官のフリン氏は、イランに対する敵対心だけでなく、オバマ政権下で解任された経緯まで同じです。ただし、ロシアに対する警戒感に関して、マティス氏とフリン氏の間には温度差があるようです。
最後に、ビジネス関係者に関しては、あからさまなほどに巨大企業の経営者が揃っています。これほどに「利益相反」が話題となる政権も珍しいといえます。
また、ほとんどが白人男性という点でも共通します。
こうしてみた時、トランプ新政権にはこれでもかという保守的な色が強いといえます。
このなかで、強いてキーパーソンをあげるなら、国家安全保障担当補佐官のフリン氏、国際交渉特別代表のグリーンブラット氏、国家通商会議議長のナヴァロ氏、そして娘婿のクシュナー氏の4人が要注意人物といえるでしょう。いずれも、議会承認が必要なポストにはありません。しかし、議会承認に必要なポストの布陣では、ペンス次期副大統領のように議会共和党との関係重視の人選か、国務長官に決定したティラーソン氏に代表されるように「利益相反」などの批判が噴出する人選が多いことに鑑みれば、議会承認が不要のポストの布陣は、それこそトランプ氏にとっての懐刀といってよいメンバーとみてよいでしょう。
このうち、フリン氏は、先述のように、陰謀説に近い自説を吹聴する、虚言癖とさえいえる傾向の持ち主とみられます。かつてイラク戦争の際、ブッシュ政権は「フセイン政権からアルカイダに大量破壊兵器が渡ったら危険」という、それこそ虚言で一方的な攻撃を正当化しました。フリン氏のいう「イランとイスラーム国の関係」は、「イスラーム国の台頭で国際社会は結束を余儀なくされ、それがイランの国際復帰をアシストした」というストーリーで、「そうだとすればすべて説明のつく」ものであったとしても、何の確証も示されていません。少なくとも、中東を少しでも知っている人間なら、首をかしげる話です。
しかし、「一義的な敵はイスラーム過激派で、イスラーム国対策のためには(一時的にでも)ロシアと協力するべき」というトランプ氏の姿勢は、フリン氏の説く世界観に近いのも確かです。議会承認を必要としないポストがあてがわれたことに象徴されるように、トランプ氏はフリン氏を是が非でもそばに置きたかったとみてよいでしょう。だとすると、国防長官に決まったマティス氏を抑えて、フリン氏の親ロシア路線が採用される公算は高くなります。さらに、フリン氏の影響力が強まれば、仮にイスラーム過激派による大規模なテロが米国内で発生した場合(トランプ勝利により、それは十分あり得る)、イスラーム圏全体を敵に回してでも米国がアクションを起こすことさえ想定されます。
次に、グリーンブラット氏は、フリン氏のように際立ったパーソナリティは確認されていませんが、法律の専門家としてトランプ氏の長年のビジネスパートナーを務めたというその経歴と、国際交渉特別代表という新設ポストが目をひきます。
周知のように、トランプ氏はTPPに反対で、二国間のFTAを新たに各国と結ぶことを方針として打ち出していますが、その下準備の交渉はグリーンブラット氏が担当することになるとみられます。だとすると、利益相反が指摘されて議会承認が危ぶまれているティラーソン氏や、「狂犬」の異名をとるマティス氏ら、公式の国務長官や国防長官は、グリーンブラット氏が敷いたレールを進むだけになる可能性も否定できません。いずれにせよ、日本を含む各国の外交当局者にとって、このトランプ氏の忠実な代理人との対決が、トランプ新政権との交渉の第一関門になることは確かです。
第三に、「偉大な米国を取り戻す」ことを叫ぶトランプ氏にとって、製造業と中間層の復活は至上命題ですが、この点においてナヴァロ氏はキーになるとみられます。その他のメンバーが「小さな政府」路線にあるなか、大規模なインフラ投資という財政出動を促すトランプ新政権の方針は、概ねナヴァロ氏の所説によっています。その意味では、ポピュリストらしく多くの階層にウィングを広げているため、政権の方針に不一致があることは確かです。いずれにせよ、トランプ新政権にとって、ロシアは安全保障上の利益を共有できるかもしれない相手ですが、貿易問題を抱える中国は話が別です。米中関係をみる際に、ナヴァロ氏の影響は無視できないでしょう。
そして最後に、最も不可解なのが、娘婿のクシュナー氏です。トランプ氏は娘イヴァンカ氏の意見をよく聞く、ということで知られています。そのイヴァンカ氏を通じて、先述のように、クシュナー氏は数々の人事で影響力を発揮してきました。しかし、これまた先述のように、新政権でのポストはありません。公式の説明責任を負わない35歳の若者の行動が米国政府に大きな影響をもつことは、異例づくめの「アウトサイダー」政権を象徴するともいえるでしょう。
この異色の新政権は、2017年1月20日のトランプ氏の大統領就任によって発足します。