エムバペの移籍問題とエースの退団ブースト。パリ・サンジェルマンが抱く野心。
欧州制覇への道のりは簡単ではない。
今季、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦で、パリ・サンジェルマンとレアル・ソシエダが激突した。結果は2試合合計スコア4−1で、パリSGがベスト8進出を決めている。
「パリ・サンジェルマンがあのレベルであれば、チャンピオンズリーグのファイナリストの筆頭候補だ。我々がそういった相手と競うのは難しい」とはソシエダのイマノル・アルグアシル監督の言葉だ。
「パリ・サンジェルマンは個人の能力とフィジカルの高さだけのチームではない。チームとしてのプレッシング、守備が機能していた。確かに、我々は素晴らしい時期を過ごしていなかった。しかし、ファーストレグの最初の15分では我々が劣っていると思わなかったが、セカンドレグでは確実に彼らが上回っていた」
■カタールと投資 大型補強
パリSGは、2011年に、カタール投資庁の子会社であるカタール・スポーツ・インベストメンツ(QSI)がクラブを買収。ナセル・アル・ケライフィ会長が就任して、実質的に国家クラブになった。
それ以降、パリSGは積極的に補強を行うようになった。ハビエル・パストーレ、エセキエル・ラベッシ、ズラタン・イブラヒモビッチ、チアゴ・シウバらを筆頭に、マーケットが開くたびに大物選手を確保。お金に糸目をつけず、チャンスがあればスタープレーヤーを狙うスタイルでチームの強化を進めた。
極め付けは2017年夏だ。ネイマール(契約解除金2億2200万ユーロ/約352億円)、キリアン・エムバペ(移籍金1億8000万ユーロ/約288億円)を一挙、獲得。バルセロナからネイマールを引っ張ってきたニュースは当時、世界に衝撃を与えた。
■パリ・サンジェルマンの目標と目的
パリSGが大型補強を続けてきたのには、理由がある。チャンピオンズリーグで優勝して、クラブのブランド価値、またはカタールのブランド価値を高める狙いがあった。
だが、その道は平坦ではなかった。QSIの買収劇から、12年が経っている。パリSGが最も欧州の頂に近づいたのは2019−20シーズンだが、その時でさえ決勝でバイエルン・ミュンヘンに敗れ、王者になる夢は叶わなかった。
その間、パリSGを牽引してきたのは、間違いなくエムバペである。
パリ郊外にあたるボンディ出身のエムバペは、決して、恵まれた環境で育った選手ではない。ボンディというのは移民が多く、失業率の高い地域だ。そこから出てきて、モナコのカンテラ(下部組織)で育ち、2018年にはフランス代表の10番を背負い母国にジュール・リメ杯をもたらした。
かつて、ボディのシルヴィーヌ・トマサン当時市長は、「エムバペはフランスの若者の模範になる存在です」と語っていた。ストライカーとして、フットボーラーとして、その影響力は絶大なものになっていた。
■ラストイヤーの可能性
パリSGはこの夏、ネイマール、リオネル・メッシ、マルコ・ヴェッラッティらを放出した。
一方で、パリSGはランダル・コロ・ムアニ(移籍金9500万ユーロ)、マヌエル・ウガルテ(移籍金6000万ユーロ)、ウスマン・デンベレ(移籍金5000万ユーロ)、リュカ・エルナンデス(4500万ユーロ)、ブラッドリー・バルコア(移籍金4500万ユーロ)、イ・ガンイン(移籍金2200万ユーロ)といった選手を獲得している。
ネイマール、メッシらを放出したパリSGは、ルイス・エンリケ監督を新たに迎えて、エムバペ中心のチームを作る算段だった。実際、より自由を与えられたエムバペは活躍しており、ここまで公式戦34試合に出場して34得点7アシストを記録している。
ところが、である。
レアル・ソシエダとのファーストレグ前に、エムバペは今季終了にクラブを去る決断をアル・ケライフィ会長に伝えたと言われている。急転直下、クラブにとって、エムバペにとって、ラストチャンス兼ラストイヤーが訪れる運びとなった。
■最後の挑戦とブースト
そう、パリSGはエムバペが移籍に迫っている。移籍先として有力視されているのはレアル・マドリーだ。
パリで年俸3500万ユーロを受け取っていたとされるエムバペだが、マドリーではその半額以下の年俸(1400万ユーロ)になりそうだ。ロイヤリティボーナスを含めれば、8000万ユーロを“捨てる”形で、エムバペは退団の意思を固めている。
エムバペはパリSGで最後の挑戦を迎えることが濃厚だ。また、チームメートが、クラブが、「エムバペのために」と団結する可能性はある。エースの退団ブーストが起こるかもしれない。
「我々は(ラウンド突破に)満足している。これまでシーズンでやってきたことに応じて、チームはプレーしてくれた。大胆に、野心を持って、試合に臨んでくれた。(ファーストレグの勝利に)浸ることなく、ラ・レアルに息を吹き返す暇を与えず、求められた試合をした」
「エムバペについてだが、彼をマネジメントする必要はない。彼はセルフ・マネジメントができる選手だ。しかし、クソったれを投げ込んでカオスを起こした方が、新聞が売れるのは明らかだろう。誰も真実になど興味を持たない。私はどの選手とも問題を抱えていない」
これはL・エンリケ監督のコメントだ。
先にパリが獲得した選手は、バルコア(21歳)、デンベレ(26歳)、コロ・ムアニ(25歳)、ルーカス・べラルド(20歳)、イ・ガンイン(22歳)と比較的若い選手が多い。
主力に関してもヴィチーニャ(24歳)、ジャンルイジ・ドンナルンマ(25歳)、ヌーノ・メンデス(21歳)、アクラフ・ハキミ(25歳)、ワレン・ザイール・エメリ(17歳)とヤングプレーヤーが揃っている。
クラブはポスト・エムバペ時代を見据えている、と言えるだろう。ただ、今季に関しては、エースの退団ブーストで、行けるところまで行く目論みだ。その野心が潰えることはない。