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『ワンパンマン』で「最強」と思われているキング。本当はどれくらい強いのか?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

たくさんのヒーローが登場する『ワンパンマン』において、特別な存在がキングである。

ランキングこそS級7位だが、これまでに幾多の敵を倒し、人々から「地上最強の男」「ヒーローの頂点」「生態系最強」と称えられ、怪人たちからは恐れられている。左目に走る3本の爪痕は、災害レベル神(人類滅亡の危機をもたらす)の敵と戦った名残だ。

その圧倒的な強さは、街に出現したある怪人の反応に表れていた。目の前にキングがいるのに気づくと、いきなり土下座! そして泣き出す! 果ては痙攣!

このとき、あたりには「ドッドッドッドッドッドッ」という不気味な音が鳴り響いていた。これぞ「キングエンジン」。ナレーションによれば「地上最強の男・キングが戦闘態勢に入ったときに鳴る音。この音を聞いて生きて帰った怪人はいないと言われている」。なんてオソロシイ……!

が、実態はまるっきり違うのである。

本人によれば「無職でオタクで引きこもりなだけの29歳」。

語り伝えられる武勇伝も、たまたま強大な怪人が現れ、恐怖で目を閉じているあいだに誰かがやっつけただけ。

左目の爪痕は、災害レベル虎(5段階の下から2番目)の怪人に一方的にやられた傷。

そして怪人たちが恐れる「キングエンジン」は、あまりにビビって、鼓動の音が他人にまで聞こえちゃうだけ!

わははは。名声と実態がここまでかけ離れたキャラも珍しい。そして楽しい。

そこで考えてみよう。恐怖のあまり心臓の音が人に聞こえる、などということが実際にあるのだろうか?

◆めっちゃ評価が高い!

キングをS級7位にランクづけしたのは、ヒーロー協会である。この団体は、キングをどれほど強いと認識しているのだろう。

協会に属するヒーローは、S級17名、A級38名、B級101名、C級390名。つまり546名いるヒーローのなかで、7番目に強い!

しかも、それもランク上の話で、他のS級ヒーローたちは、キングを「最強」と認めている。

キングに対する高評価は、『ワンパンマンヒーロー大全』の「データ」にも表れている。

これは、ヒーローたちを「体力」「知力」「正義感」「持久力」などの8項目で10段階評価したもの。よほどのレベルでないと満点はつかないらしく、S級2位の戦慄のタツマキでさえ満点は2項目、3~6位だと1項目ずつ。にもかかわらず、キングは全8項目で10点満点なのだ! どんだけ実態を見てない評価なの!?

それでも、S級ヒーローたちの信頼は厚く、地球に危機が迫った戦いの現場では、まずキングに戦術への意見を求めている。無言のキングの周囲では、キングエンジンが鳴り響く。「ドッドッドッドッドッドッドッドッドッ」。わはははー。

◆どんな心臓の音なのか?

それにしても、心臓の音が周囲の人々に聞こえるとは、スゴイ話である。

普通、どんなに運動しても緊張しても、他人の心臓の音が聞こえることはない。それなのに、自分の心臓の音が聞こえたり、医師が聴診器を使って他人の心臓の音も聞いたりできるのは、音が体を伝わる「骨振動」を聞いているから。

人間の耳にギリギリ聞こえる小さな音を「最小可聴音」という。心臓の音は、骨振動では最小可聴音より大きいが、空気を伝わると最小可聴音に達しないということだ。

だが、キングエンジンは、最小可聴音どころか、怪人たちを怯えさせるほどの大音量で響き渡る。いったいどれほどの音量なのだろう?

音の大きさは「デシベル」という単位で表す(記号はdB)。その定義は「最小可聴音を0dBとして、音の1秒あたりのエネルギーが10倍になるごとに、dBが10大きくなる」というもの。

具体例を示すと、ささやき声が20dB、図書館など静かな室内が40dB、普通の会話が60dB、叫び声が80dB、地下鉄の車内が100dB、近くで聞くジェット機のエンジン音が120dBだ。

では、普通の人の心臓の鼓動が空気を伝わるときの音は?

これは聞こえないのだから、最小可聴音を下回っており、dBはマイナスになるはず。ここでは「マイナス20dB」と仮定しよう。

一方、悪人にも聞こえるキングの心臓の音は?

図書館のような静かさではないだろうし、叫び声ほどデカいこともないだろうから、ここでは60dBと考えよう。

すると、「キングエンジン」は、普通の人の心臓の音より80dBも大きいことになる。前述のとおり、デシベルには「dBが10大きくなると、1秒あたりのエネルギーは10倍になる」という法則があるから、dBが80大きいと、1秒あたりのエネルギーは10の8乗倍、すなわち1億倍。「キングエンジン」の音は、一般人の心音より1億倍も大きい。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

それほどの大音量を出すキングの心臓は、いったいどうなっているのか。

単純に考えると、心臓が出す1秒あたりのエネルギーは「拍出量×心拍数の3乗」に比例するはずだ。拍出量と心拍数の増大率が同じになら「増大率の4乗」に比例することになり、それが1億倍ということは、心拍数も拍出量も常人の100倍ということになる。

これはすごいですよ。成人の心拍数は平均して1分に75回だから、100倍のキングは7500回。

たった1秒間に「ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ」と125回も拍動する! しかも1億倍も大きな音が! やかましい!

◆さて、本当の能力は?

しかも、拍出量も一般人(70mL)の100倍で、1回あたり7千mL=7L。1分間に全身に送り出せる血液の量は、「心拍数×拍出量」で求められるので、どちらも常人の100倍のキングなら1万倍だ。

こんな心臓を持っているキングには高血圧に気をつけてもらいたいが、それを克服して、肺も鍛えれば、キングには明るい未来が待っているかもしれない。

1分間に全身に送る養分や酸素の量も1万倍になるから、1秒間に発揮できるエネルギーが1万倍になるのだ。これは身体能力がモノスゴク上昇するだろう。

走る速度は21.5倍。普通の29歳が100mを15秒で走れるとすれば、キングは0秒70!

力やジャンプ高度は464倍。普通の29歳が30kgを持ち上げ、垂直跳びで60cm跳ぶとすれば、キングは14tを持ち上げ、278m跳び上がれる!

S級7位にふさわしい未来が待っているではないですか。意外や意外、というか、やっぱりキングは強いのである。スバラシイ。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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