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残業時間規制は、結局どうなったのか?

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

さて、何度か私もこのYahoo!ニュース個人で書いておりました、政府の「働き方改革」の長時間労働規制、結局、どうなったのでしょうか?

これは、いくつか報道があるとおり、労働関連の法律を作るときに、その手前で行われる労働政策審議会で「建議」がまとまっています。

休日労働抑制を努力義務に 残業上限、労政審が報告書(日経)

休日労働の抑制、努力義務に=残業上限規制で意見書-厚労省審議会(時事通信)

報道だと、イマイチ断片的な情報なので、実際の「建議」を見てみましょう。

※長いので労働時間の上限規制のところだけ解説します。

「時間外労働の上限規制」として、「時間外労働の上限規制については、以下の法制度の整備を行うことが適当である。」として、次のとおり、記載されています。

(1) 上限規制の基本的枠組み

現行の時間外限度基準告示を法律に格上げし、罰則による強制力を持たせるとともに、従来、上限無く時間外労働が可能となっていた臨時的な特別の事情がある場合として労使が合意した場合であっても、上回ることのできない上限を設定することが適当である。

ここまでは導入です。書いてあることは、「時間外限度基準」の大臣告示を罰則付きで法律に格上げしますよ、ということです。

続けて、本文で次の記載があります。

時間外労働の上限規制は、現行の時間外限度基準告示のとおり、労働基準法に規定する法定労働時間を超える時間に対して適用されるものとし、上限は原則として月 45 時間、かつ、年 360 時間とすることが適当である。かつ、この上限に対する違反には、以下の特例の場合を除いて罰則を課すことが適当である。(※以下、変形労働時間制の記載がありますが混乱を避けるため略します。)

まず、月45時間、年360時間が上限である、とうたいます。

これは現在の大臣告示です。

反したら罰則があります。

ここで終われば、いかにも長労働時間規制ということで、めだたい話になったところですが、さらに続きます。

上記を原則としつつ、特例として、臨時的な特別の事情がある場合として、労使が合意して労使協定を結ぶ場合においても上回ることができない時間外労働時間を年 720 時間と規定することが適当である。

このあたりから怪しくなってきます。

年720時間が登場します。

これは時間外労働の上限です。

ここで、少し注意が必要なのは、労基法では「時間外労働」と「休日労働」の概念が異なっている、ということです。

この「休日労働」というのは、労基法が取らせることを義務にしている1週間に1日(または4週間で4日)の休日に、働かせることを言います。

そして、ややこしいことに、過労死を認定する場合は、時間外労働と休日労働は合わせて考えます。

つまり、過労死ライン80時間という場合は、この「80時間」には休日労働と時間外労働を合わせた時間ということになります。

で、この720時間は「時間外労働時間」とあるので、「休日労働」を含まないことになります。

この時点で、あれ?という感じになりますね。

さらに、建議は、続きます。

かつ、年 720 時間以内において、一時的に事務量が増加する場合について、最低限、上回ることのできない上限として、

  1. 休日労働を含み、2か月ないし6か月平均で 80 時間以内
  2. 休日労働を含み、単月で 100 時間未満
  3. 原則である月 45 時間(一年単位の変形労働時間制の場合は 42 時間)の時間外

労働を上回る回数は、年6回まで

とすることが適当である。

えーっと・・。

さっきの720時間は休日労働は含まないんだけど、条件である1と2には休日労働が含まれる・・と。

頭が混乱してきますね。

要するに、

1は、休日労働+時間外労働で2~6か月で平均80時間以内にせよ、ということです。

1月 80時間

2月 85時間

というのは、ダメです。

1月 75時間

2月 85時間

これはセーフであることになります。

2は、その場合でも1か月で100時間未満にせよ、ということです。

つまり、

1月 60時間

2月 100時間

で、これだと平均80時間以内ですが、2月は100時間未満という制限に反するのでダメということです。

このあたりは過労死ラインを意識しているので、休日労働と時間外労働が合わさった時間制限になります。

しかし、年間の時間規制である720時間はあくまで時間外労働のみの規制となります。

建議は、まだ続きます。

なお、原則である月 45 時間の上限には休日労働を含まないことから、1及び2については、特例を活用しない月においても適用されるもの

とすることが適当である。

何を言っているのか分かりますか?

すぐには分かりませんね。

要するに、「特例を活用しない月」とは、「時間外労働が45時間以内である月」ということになります。

こうした月に、休日労働をかぶせて長時間労働をさせようとしても、1と2の制限がかかるぞ、ということです。

ということは、年間の残業時間は何時間規制になるでしょうか?

実は、960時間になります。

極端な話をすると、次のようなことが可能になります。

1月 80時間(時間外75+休日5)

2月 80時間(時間外75+休日5)

3月 80時間(時間外75+休日5)

4月 80時間(時間外75+休日5)

5月 80時間(時間外75+休日5)

6月 80時間(時間外75+休日5)

7月 80時間(時間外45+休日35)

8月 80時間(時間外45+休日35)

9月 80時間(時間外45+休日35)

10月 80時間(時間外45+休日35)

11月 80時間(時間外45+休日35)

12月 80時間(時間外45+休日35)

ちなみに過労死ラインは休日労動と時間外労働を合わせて月80時間です。

これが「働き方改革」で、政府がこれから法律にしようという内容です。

あまり「改革」感がありません。

やはりガッカリ感は拭えません。

<関連する過去記事>

残業時間の上限規制<80時間>が検討されていることについての注意点

時間外労働<月100時間>を許容して「働き方」改革と言えるのか?

残業時間の上限規制~問われる政府の<本気度>

残業時間上限規制<100時間>譲歩すべきは連合?経団連?

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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