「ロシアは『第三次世界大戦』を引き起こそうとしている」のか
4月25日、ウクライナのヤツェニュク首相はロシアが「第三次世界大戦」を引き起こそうとしていると強く非難しました。これは4月24日、ウクライナ東部でウクライナ軍が親ロシア派勢力の強制排除を開始し、これに対してウクライナとの国境付近に3月から配備されていたロシア軍が演習を開始したことを受けて表明されました。この発言は、ウクライナ情勢の緊迫の度合いだけでなく、その外交戦の複雑さをも象徴するといえます。
ウクライナの緊張
4月17日、ウクライナ、米国、EU、そしてロシアの外相がジュネーブに集まり、事態解決の協議を行いました。共同声明のなかでは、全ての当事者に暴力、威嚇、挑発の自制が求められ、違法な武装集団に対する武装解除と、合法的な所有者への返還が呼びかけられました。そのうえで合意には、武器を放棄すれば免責されること、ウクライナ全土での対話促進なども盛り込まれました。
しかし、その後も東部スラビャンスクなどでは武装集団による視聴者の占拠が続き、24日にウクライナ軍は装甲車やヘリを投入した作戦を展開。暫定政権側の発表によると、親ロシア派5人が死亡、兵士1人が負傷しています。冒頭で述べたように、ロシアが軍事演習を開始したのは、その直後です。さらに25日、ウクライナ国防相はロシア軍が一時ウクライナとの国境から1キロの地点にまで迫ったと発表。また、米国防省の発表によると、ロシア空軍機が数回にわたってウクライナに対する領空侵犯を行っているといわれます。
ウクライナ暫定政権とともに、米国防省はこの軍事演習を強く非難し、ロシアに対して緊張緩和に向けた措置をとるように求めました。そのうえで、米国と英独仏伊の欧米5ヵ国は、協調して対ロシア制裁を強化することで一致しました。
「ロシアが戦争を起こそうとしている」への疑問
緊張が高まるなか、「ロシアあるいはプーチン大統領の領土的野心」を強調する論調も珍しくありません。
ロシア軍の展開が緊張を高めたことは確かです。また、報道でいわれているように、ウクライナ東部の武装勢力にロシアがなにがしかの支援を行っていたとしても、全く不思議ではありません。
とはいえ、「ロシア軍が戦争によってウクライナ南東部をもぎとることを目指しているか」と言われれば、そこには大きな疑問符がつきます。
第一に、電光石火の早業でクリミアに部隊を展開させたことと比較して、今回ロシア軍はウクライナ領内でほとんど動いていません。東部の州庁舎などを占拠する親ロシア派武装勢力からは、再三にわたってロシアへ部隊派遣が要請されています。いわば絶好の口実があるにもかかわらず、そして後述するようにNATOが本格的に介入するかが疑わしいにもかかわらず、その動きはあまりに緩慢です。
第二に、ドネツクなど東部一帯はロシア系住民が多く、ロシアへの親近感が強いとはいえ、クリミアとは事情が異なります。ロシア語週刊誌がドネツクで行った調査では、ウクライナ内部の分権化や連邦化に賛成の意見が合計で80パーセント近くに上ったのに対して、ロシアへの編入を望むひとは27.5パーセントにとどまりました。他方、ロシアの軍事介入に反対の意見は66.3パーセントにのぼりました。
この手の世論調査は、一定のバイアスと無縁でなく、無垢のデータとして取り扱うことはできませんが、それでもクリミアで圧倒的多数の人がロシア編入を支持したこととは対照的です。つまり、ウクライナ東部、南部では、キエフの暫定政権に対する反感は強くとも、ウクライナという枠組みからの離脱には消極的なひとが多いとみられます。この状況下、仮にロシアが強引に南東部を編入した場合、ロシア自身が火種を背負い込むことになります。
第三に、近代初頭以来、ロシアの一貫した関心ごとの一つは、西欧との境界線、言い換えれば緩衝地帯を設けることでした。つまり、直接的に西欧世界と隣接する状況は、ロシアにとっての脅威であり、間にクッションを設けることが、ロシアにとっての利益であったといえるでしょう。かつてポーランド王国をドイツと分け合ったのも、冷戦期に東欧圏を支配下に置いたのも、基本的には同じ発想です。これに鑑みれば、仮にウクライナの多くの部分を直接的に支配することになった場合、ロシアはポーランドなどEU/NATO加盟国と隣接することになります。ジュネーブでの会合以前から、ロシアがウクライナへの連邦制の導入を主張してきた大きな要因としては、暫定政権が親欧米派に握られたとしても、高い独立性をもつ地方政府がウクライナ各地に生まれれば、緩衝地帯にしやすいことがあげられます。
ロシアが軍事的な威嚇に向かった近景
仮に戦争を望んでいないとするならば、なぜロシアは軍隊をウクライナ国境付近で展開し、軍事的な緊張を高めているのでしょうか。一言でいえば、それは「ウクライナ暫定政権をおとなしくさせるように欧米諸国のお尻をたたくため」といえます。
大前提として、ロシアとて欧米諸国と正面衝突する事態は避けなければなりません。また、ウクライナの混乱を少しでも早く収束させることが、ロシアにとっても利益であることは確かです。
その一方で、ウクライナをめぐる交渉で優位に立ち、「連邦化」に向けた動きを加速させるためには、暫定政権や欧米諸国に「一刻も早くそちらの方向に向かうように」プレッシャーをかける必要があります。「いざとなったら軍事介入も辞さない」という姿勢を強めることは、天然ガスの供給停止と並んで、そのための手段とみられます。
一方、ウクライナ暫定政権には、これまでの経緯からも、ロシアおよび親ロシア派への不信感、警戒心が根強くあります。そのため、基本的にロシアからの要求は全て突っぱねたいというのが本音でしょう。これを反映して、暫定政権は4月24日に強制排除に乗り出しました。
しかし、ジュネーブ合意の主旨からすれば、「全ての当事者」は暴力や威嚇の自制が求められており、これは政治的・外交的な意味合いでいえば、「暫定政権による親ロシア派への実力行使」も含まれます。つまり、ロシアの立場からすれば、ウクライナ暫定政権にも軍事行動を控えさせる言質を得ていたことになるのですが、これが破られた格好になったため、そして欧米諸国が実質的にこれを黙認したため、ロシア軍は演習や国境侵犯などの威嚇をエスカレートさせたのです。
ロシアの肩をもつつもりも、その義理もありません。しかし、4月25日にG7が「ロシアが緊張緩和措置をとっていない」ことを理由に追加制裁に乗り出したことは、「親ロシア武装勢力の行動は問題視するが、暫定政権側のそれは不問に付す」ものであり、先のジュネーブ合意の内容に照らせば、あまりに露骨に暫定政権を支持するものであり、これはこれでバランスを欠いたものと言わざるを得ません。
「危機があること」のそれぞれにとっての意味
いずれにせよ、暫定政権にとってロシアと対峙することは荷が勝ちすぎているため、欧米諸国のバックアップは不可欠です。さらに別の角度から眺めれば、「親ロシア武装勢力が跋扈し、ロシアの軍事的脅威がある」ことは、暫定政権にとって欧米諸国を引き付ける手段でもあります。すなわち、暫定政権にとっては「ロシアとの正面衝突は回避しなければならないが、ロシアの影響力はできるだけ排除したく、そのためには欧米諸国を自らに引き付けるために一定の軍事的緊張は意味がある」のです。
実際、既に述べたように欧米諸国は、ロシアの演習などを受け、制裁強化の方針を打ち出しています。のみならず、米国は4月23日に「NATOの訓練」として、ポーランドとバルト3国に600人規模の部隊を派遣しました。EUが旧ソ連圏諸国の加盟を視野に入れた「東方パートナーシップ」を進めたことがロシアの逆鱗に触れ、結果的にクリミア編入にまで至ったことに鑑みれば、その後EUが少しずつフェードアウトし、むしろ米国が前面に立つ格好になっていることは、三者の特徴やそれぞれの関係を示唆するものともいえますが、ともあれウクライナ暫定政権が欧米諸国と連携していることは確かです。
とはいえ、今回の部隊派遣が、4万ともいわれるウクライナ国境のロシア軍に対して、あまりに少数であることもまた確かです。NATOは基本的に米国の意向に大きく左右されるものであり、だからこそ冷戦終結後のEUでは、「米国抜きのEU軍の創設」が模索されたのです。すなわち、この部隊派遣は米国の意向を反映したものなのですが、その規模からは「NATO加盟国でもないウクライナのために心中はできないが、かといって何もしなければ完璧にロシアのペースになるし、さらに『頼りにならない同盟国』というレッテルを国際的に貼られかねない」という米国の意思や台所事情をうかがうことができるでしょう。
言い換えれば、ウクライナ暫定政権のヤツェニュク首相が「ロシアが第三次世界大戦を引き起こそうとしている」と主張する以上、米国としては知らん顔もできないので一応は反応したものの、仮にロシア軍が国境を超えたとしても、米軍や、ましてEU諸国の軍隊が動き始めるかは、極めて疑わしいといえるでしょう。ウクライナで軍事的な緊張があること自体は確かで、仮にロシア軍とウクライナ軍の衝突が発生したとしても、それをもって自動的に「第三次世界大戦」の発生と同義とはいえないのです。
ウクライナのロシアの綱渡りが向かう先
非常時にNATOがどこまで動くか怪しいなか、ロシアの威嚇が続く状況は、ウクライナ暫定政権をして、二正面での対応に迫られることになると考えられます。一方では、親ロシア派の武装勢力に対する軍事行動を継続することです。これは、少なくとも結果的には、ロシアとの緊張を深めることになります。したがって、もう一方の、ロシアが求める親ロシア派武装組織との交渉も欠かせなくなります。
他方、ロシアにしても、ウクライナ軍と親ロシア武装勢力の衝突があまりに激しくなると、本当に介入せざるを得なくなります。その意味でロシアは、「ウクライナ暫定政権をおとなしくさせるように欧米諸国のお尻をたたくため」に軍事的な威嚇を強める一方で、親ロシア派を支援しながらもこれが過激化しすぎないようにするという、綱渡りに臨んでいるとみることができます。
ウクライナ暫定政権、ロシア、米国をはじめとする欧米諸国が虚虚実実の空中戦を展開するなか、どこに着地するかは不透明です。しかし、制裁をめぐってEUが一体となれないことに象徴されるように、相変わらずロシア有利の状況に変化はないなかで、ロシアが最も恐れるのは、本格的な介入を余儀なくさせる親ロシア武装勢力の過激化と、ウクライナ内部の混乱の拡大といえるでしょう。