Yahoo!ニュース

井上尚弥vs.TJ・ドヘニーの楽しみ方。映画ロッキーを呼び起こすストーリーに期待

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
TJ・ドヘニーvs.ブリル・バヨゴス(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

勝てば映画になる

 1週間前、スーパーバンタム級4団体統一チャンピオン井上尚弥(大橋)の次回防衛戦が発表された。挑戦者はWBO2位を筆頭に4団体すべてでランキングされるTJ・ドヘニー。豪州在住でアイルランド国籍を持つ37歳。戦績は26勝20KO4敗。サウスポー。2018年8月、岩佐亮佑(セレス)からIBF世界S・バンタム級王座を奪い、19年1月、高橋竜平(横浜光)を下して初防衛に成功。23年6月、中嶋一輝(大橋)に勝ってWBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王座獲得。同年10月には井上のスパーリングパートナーを務めたジャフィズリー・ラミド(米)に初回TKO勝ちで同王座防衛。米国で行われた高橋戦以外は後楽園ホールでの試合。最新戦は東京ドームでの井上vs.ルイス・ネリのイベントでブリル・バヨゴス(フィリピン)に4回TKO勝ち。以上のように日本リングと関係が深い選手である。

 その背景が井上挑戦を後押ししたことは間違いない。それでも勝敗予想となると、もしかしたら絶頂期はまだ先かもしれない井上に勝つのは奇跡に近い。海外ではミスマッチと酷評するメディアもある。だが9月3日、東京・有明アリーナでゴングが鳴る一戦は、角度を変えて見ると興味をかき立てられる展開が待っているような気がする。

 米国マサチューセッツ州でトレーニングキャンプを実行しているドヘニーはキャリア最後のビッグチャンスかもしれない一戦に備えてフル回転中。代わって発表会見に出席したマイク・アルティムラ・プロモーターは「勝てば映画化されるだろう」とドヘニーに直言したという。

井上尚弥戦が決定「いくらもらえるんだ!?」 挑戦者ドヘニーが興奮「勝てば映画化だ」 陣営説明

ロッキーのモデルになった男

 絶対不利の立場からスーパースターに挑む――それで思い出したのが“ザ・グレーテスト”モハメド・アリ(米)に挑戦した無名選手チャック・ウェプナー(米)。「象をも倒すパンチ」と恐れられ、ヘビー級最高の強打者といわれたジョージ・フォアマン(米)を倒し2度目の王座に君臨したアリが初防衛で迎えたのがウェプナー。試合は75年3月24日、米オハイオ州クリーブランドで開催された。

 アリに油断があったのは間違いない。とはいえ大抜擢されたウェプナーは健闘する。乱戦気味の前半を乗り切ると髪を振り乱しながら突進を繰り返す。そこに待っていたのはアリの鋭いジャブとコンビネーション。しかし9ラウンド、ウェプナーが右ボディーをねじ込むとアリが背中からダイビングしノックダウンが発生する。

 だが挑戦者の善戦はそこまで。次の10ラウンドから強打とコンビネーションでアリが仕掛けるとウェプナーの足もとが危うくなる。相手を弄ぶような対応をするアリに挑戦者はピンチの連続。それでも勇敢に立つ向かうウェプナーだったが最終15ラウンド、アリのコンビネーションを浴びて刃折れ矢尽きるように沈みストップされた。試合終了まで19秒を残す時点だった。

 当時36歳のウェプナーに心を打たれた俳優シルベスター・スタローンが脚本を書き、主演した映画「ロッキー」が大ヒット。シリーズ化したロッキーのモデルになったのがウェプナーだったといわれる。無敵のモンスターに挑戦するドヘニーにウェプナーの面影を感じると言ったら語弊があるだろうか。

モハメド・アリvs.チャック・ウェプナー(写真:NJ.com)
モハメド・アリvs.チャック・ウェプナー(写真:NJ.com)

味のある男ドヘニー

 もちろん、2人のバックグラウンドは異なる。プロボクサーになるまでのウェプナーが荒れた暮らしをしていたのに比べドヘニーは妻と3人の子供の良き夫、父親として映る。無名の存在だったウェプナーに対しドヘニーは世界タイトルを手にしている。

 だがキャリア後半にビッグチャンスが舞い込んだ共通点がある。井上は、その時のアリのように調整を怠ったり、相手を甘く見ることがないだけに、本当に中谷潤人(M.T=WBC世界バンタム級王者)がビンセント・アストロラビオ(フィリピン)を初回でノックアウトしたような早期決着も想定できる。これまでドヘニーは井上なら絶対に倒している相手に敗れたり、苦戦を経験している。どう転んでも太刀打ちできないと推測される。

 とはいえ、そこはボクシング。リングで何が起こるか誰もわからない。彼がどんな対策を講じて無敵モンスターに立ち向かうか予測しながら観戦するのも面白いだろう。ドヘニーは経験豊富な味のある男である。英語で表現すれば“seasoned”(味付けした。熟練した)が適切だろうか。これまで3人の日本人と戦った彼が我々が知らないクセを発見しているかもしれない。そう思っているうちに早々と井上がカタをつけてしまう可能性もあるが、それはそれで改めて井上の強さが引き立つことになる。モンスター・ファンは満足するはずだ。

 このカードのオッズはこれまでの井上の試合の中でも最高に差が開くのではないか。だが井上がドヘニーという素材をどう料理してファンに提供するかに興味を惹かれる。そのプロセスを楽しめる一戦。例えばドヘニーが超ディフェンシブな対応を見せても井上がどうやってフィニッシュに持ち込むか、ネリ戦でダウンを喫した井上が同じサウスポーとどう戦うかなどテーマは多岐にわたる。そしてドヘニーが大いに抵抗して試合を盛り上げてくれることを切に祈りたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事