人民日報論文に「沖縄も中国に領有権」との記述はない/報じられない琉球独立論議
「沖縄も中国に領有権」の見出しがこっそり改変
中国共産党機関紙「人民日報」が「馬関条約と釣魚島問題を論ずる」と題する論文を掲載した。その論文が沖縄も中国に領有権があると示唆していると、日本の一部メディアが報じた。中でも、読売新聞はニュースサイトのトップに「『沖縄も中国に領有権』人民日報が専門家の論文」との見出しで掲載。官房長官の会見でも取り上げられるなど、波紋が広がっている。
しかし、本当に、人民日報の論文が中国の沖縄に対する領有権主張を展開したのかというと、そんなことはない。原文を読むと「琉球王国は独立国家だった」と書いているうえ、琉球が明・清朝の冊封を受けた藩属国だったと指摘している。琉球・沖縄がかつて中国の領土であったとか、現在の沖縄に中国の主権が及ぶといった記述は全くない。
そのことに気づいたのか、読売のニュースサイト記事は、掲載から2時間余りで「『沖縄も中国に領有権』人民日報が専門家の論文」から「沖縄の帰属『未解決』人民日報が専門家の論文」に書き換えられた。本文も一部修正されたが、「中国に領有権があると示唆した」という表現は残し(日経、毎日、時事にも同様の表現あり)、9日付朝刊の1面で報道。(*1) 1面に載せたのは読売だけで、他紙と比べても扱いが抜きん出ている。(*2)
比較的冷静に報じていたのは、朝日と産経。産経は「沖縄の地位は未定」という主張がこれまでも中国国内の歴史研究者の間でで散見されていたと指摘。今回の論文が「中国に領有権があると示唆した」という解釈は示さなかった。
■【注意報】人民日報「沖縄も中国に領有権」の記述なし(GoHoo 5月9日付)
琉球独立論への視点の必要性
読者が知りたいのは、なぜこの時期にこうした論文が掲載されたか、その狙いは何か、であろう。
この点、読売は「尖閣諸島で対立する安倍政権を揺さぶる狙いがあるとみられる」、朝日は「領有権を主張する尖閣諸島問題に続き、日本に圧力をかける狙いがあるとみられる」、産経は「中国政府が日本に新たな圧力を加える狙いがあるとの見方も出ている」と、どこも判で捺したように書いている。しかし、こうした漠然とした見方を提供したところで、中国への漠然とした警戒感を、空気のように日本中に広めるだけで、冷静な分析や対処にはつながらない。
報道に求められているのは、読者に不安感を与えることではなく、問題を冷静に考えるための情報の提供のはずである。
たとえば、最近高まっているといわれる琉球独立論議との関係を問うような視点があってもよいのではないか。
とりいそぎ事実関係だけ挙げておくと、3月31日、琉球独立を研究し、かつ、実践することを目的とした「琉球民族独立総合研究学会」を5月15日に設立することが発表された。4月27日、その準備委員会が「琉球の主権回復を考える」シンポジウムを開催している。こうした出来事は沖縄の地元紙だけが報じ、全国紙は全く報じていない。
他方、最近発売された香港誌「鳳凰週刊」は、沖縄での「琉球独立」の動向を報じる記事を掲載している。
今回の人民日報の論文は、琉球王国が日本に編入される歴史的経緯や正当性に焦点を当てており、琉球独立論の動向には直接言及していない。しかし、「琉球の帰属は未解決」というのは、沖縄で勃興しつつある琉球独立論を側面支援するかのようにみえる。
今回の論文は中国の主流の考え方なのか、中国政府のどのような意向が反映しているのか。逆に、沖縄の人々は中国のこうした動向をどう受け止めているのか、両者の呼応や連携は杞憂なのか現実的にあり得ることのなのか。
ひきつづき冷静な分析が必要だ。
(*1) 読売は唯一、人民日報が、琉球の帰属は未解決で中国に領有権があると示唆したのは「初めて」と報じている。毎日、産経、時事は、こうした論文は「異例」と表現している。「初めて」というのはニュースバリューを示す常套句だが、人民日報の掲載から短時間のうちに調べられたのか、やや疑問がある。
(*2) 人民日報の論文を報じた5月9日付各紙朝刊の扱いは、朝日は12面・見出し2段、毎日は8面・見出し1段、産経は9面最下段・横組み囲み、日経は10面・見出し1段、東京は3面・見出し3段(いずれも東京本社発行)。