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「ゲーム依存症」実は正式な病名ではない 非公式な独自解釈が生む危険性とは

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
※写真はイメージ(写真:Paylessimages/イメージマート)

2019年にWHOが採択した「ICD-11」(疾病及び関連保険問題の国際統計分類)で、「Gaming disorder」の項目が新たに追加された。これが日本では、いわゆる「ゲーム依存症」あるいは「ゲーム障害」として知られるようになり、昨年4月1日に「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」が施行されるきっかけになった。

そもそも「ゲーム依存症」とは、いったいどんなものなのか? ゲームメディアに限らず、マスコミ全体でもその内容を詳しく解説し、読者の理解を深めるために書かれた記事が現時点では非常に少なく、その正体がわかりにくいというのが筆者の率直な印象だ。

ならば、コロナ禍による「巣ごもり需要」が増加したとされる昨今、そして正月休みを迎え、ゲームに触れる機会が増えることが予想されるこのタイミングで、「ゲーム依存症」の理解を深めておくことは非常に有意義であると思われる。

改めて「ゲーム依存症」の詳しい中身を知るべく、国内外の関連研究に基づき活発に学会報告や対談を発表している、IGDA日本(国際ゲーム開発者協会日本)アカデミック専門部会幹事兼任理事で、東京国際工科専門職大学デジタルエンタテインメント学科講師の山根信二氏にお話を伺った。

山根信二氏(※筆者撮影。以下同)
山根信二氏(※筆者撮影。以下同)

「ゲーム依存症」という名前の病気が存在するとされる「大きな誤解」

WHOが「Gaming disorder」の項目を追加したということは、今や「ゲーム依存症」が世界的に深刻な問題となっているのだろうか?

だが山根氏によると、実は当のWHOも現時点では「ゲーム依存症」を正式な病気とは認定しておらず、あくまで症例の項目を分類するための一項目で、依存症だと認定したわけではないという。

「そもそも『disorder』には『依存症』の意味はないんです。本来の意味は、病気とは言い難かった不調を医療の対象に含めるためのもので、これだけで『病気』であるとは解釈できません。以前から、WHOの分類には『病気ではないけれど、困っている人は確かに存在するので助けたほうがいいですね』といった程度のものが含まれ、『ICD-10』から『ICD-11』に変わったことで無くなった障害名もあります。

 今の問題は、そうして提案された『Gaming disorder』を多くの人が誤って分類してしまわないよう、明確な定義や診断基準を作ることです。しかし、日本の厚生労働省でも『ゲーム依存症』の正式な定義はまだ行っていませんので、今は非公式の日本語訳や診断基準が乱立している状況で、『ゲーム依存症』も非公式の日本語俗称のひとつです。今後も非公式な情報には注意が必要ですね」(山根氏)

(参考リンク)

・「Addictive behaviours: Gaming disorder」(WHOのホームページ)

WHOのホームページより。「該当するのはゲーマーの中でもごく少数」だと説明されているが、WHOが厳密な定義に基づいた指針を出すのは今後の課題である
WHOのホームページより。「該当するのはゲーマーの中でもごく少数」だと説明されているが、WHOが厳密な定義に基づいた指針を出すのは今後の課題である

なお、病気としての「ゲーム依存症」の定義を、文科省や厚労省がまだしていないことは、今年3月16日に参議院議員の山田太郎氏が行った内閣委員会での質疑で明らかにされている。

先の香川県の条例は、パブリックコメントの賛成派の投稿にコピペが多数発見されたことが問題となったが、「ゲーム依存症」が正式な病気と認められていない段階で予防法を成立させた観点からも、疑問の声が上がるのも無理はないだろう。

(参考リンク)

・【国会質疑】ゲーム・ネット・スマホ依存について内閣委員会で質問に立ちました!定義は?治療法は?原因は?(山田太郎議員のYouTubeチャンネル)

・【第460回】広がるゲーム規制問題(同上)

・ゲーム依存症条例のパブコメ「賛成意見の大半は同じ書式」原本を閲覧した議員が証言 香川(KSB瀬戸内海放送のYouTubeチャンネル)

「ゲーム依存症」が独り歩きする恐怖

前述の香川県の条例のように、まだ正式に病気と認定されていない「ゲーム依存症」が、日本ではいつの間にか独り歩きしている感がある。ゲーム業界や学界では、何か対策などを打ち出しているだろうか?

「海外では、すでに心理学などの第一人者である学者たちも参加して、大きな論争に発展しています。ゲーム業界のデータを学者が精査する共同研究も進んでいまして、2019年にはNOA(米国任天堂)とオックスフォード大学による『あつまれどうぶつの森』のプレイデータを使用した研究が実施されたことがあります。

 日本ではIGDA日本や日本SF大会(※)など、草の根での議論を何度もしたり、業界団体でも勉強はしていますが、本格的な研究が進むのはまだまだ先になると思います」(山根氏)

※日本SF大会:今年8月22~23日にかけて開催された「第60回日本SF大会」で、有識者による「香川県ゲーム条例:ゲーム産業に与えるインパクト」などのトークセッションやシンポジウムが開催されたことを指す。

(参考リンク)

・『あつまれ どうぶつの森』など、「ゲームプレイは精神衛生上よい影響をもたらす」との研究をオックスフォード大学が報告。「実際のプレイ時間」を研究に用いる(AUTOMATONの記事)

山根氏によると、日本では公的な機関が非公式な解釈を広めてしまったため、学術的な議論をスタートさせる前に、依存症が大量発生しているのではないかという社会不安に取り組む必要があったという。

また、アルコールや薬物など、さまざまな依存症治療の施設を持つ久里浜医療センター(神奈川県)が、「ICD-11」の追加決定を受け「『Gaming disorder』とは、まさに以前から我々が言っていた『ゲーム依存症』のことだ」と非公式な独自解釈を行ったうえで、香川県の条例の検討委員会に同センターの樋口進院長が参加していたことも判明している。

「そもそもWHOに働きかけたのも、日本を中心とする東アジアの『ゲーム障害』の専門家たちで、日本の専門家には厳正な使い方を世界に発信する説明責任があります」(山根氏)

厚生労働省がまだ定義できていない状況下で、もし将来的に急進的な医療施設や、青少年教育施設で「ゲーム依存症」とみなした子供たちを預かる制度が始まった場合に、何か問題は起きないのだろうか? ひょっとしたら、かつて昭和時代にマスコミでも大きく取り上げられた、「戸塚ヨットスクール事件」のような悲劇が再び起きる危険があるのではないか?

「そこはまさに我々も不安に思っており、施設に預けられた子供が『大多数に該当するような診断基準はおかしい。家に帰りたい』とお願いしたときに、ちゃんと返してくれるのかどうかが懸念されるところです。もし施設のほうから『キミたちのためにやっているんだ。だから頑張ろう!』みたいな言い方をされたら非常に怖いですね」(山根氏)

(参考リンク)

・「ゲームは平日60分まで」はどのようにして決まったのか 香川県「ゲーム規制」条例案、検討委の1人にこれまでの経緯を聞いた(「ねとらぼ」の記事)

「ねとらぼ」の記事より。条例の検討委員会に久里浜医療センターの樋口院長が参加したことが明らかにされた
「ねとらぼ」の記事より。条例の検討委員会に久里浜医療センターの樋口院長が参加したことが明らかにされた

負の歴史を繰り返さないよう、業界で正しい情報を発信する体制作りが必要

「ICD-11」の決定を受け、昨年3月10日にはCESA(一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会)をはじめとする4団体が「ゲームを安心・安全に楽しんでいただくために」と題した共同声明を発表した。しかし、これ以降はゲーム業界側から「ゲーム依存症」に関する継続的なアナウンスが十分にされているとは言い難い。

(参考リンク)

・「ゲームを安心・安全に楽しんでいただくために」(CESAのホームページ ※PDF形式)

「ゲームを安心・安全に楽しんでいただくために」と題した共同宣言(日本eスポーツ連合のホームページより)
「ゲームを安心・安全に楽しんでいただくために」と題した共同宣言(日本eスポーツ連合のホームページより)

「もっと業界を通じて、健康的なゲームの楽しみ方をアピールする必要があると思います。例えば、海外ではeスポーツ業界に学者がすでに参入していて、選手たちの発言とのジョイントが進んでいます。

 遠からず、日本でもゲームメーカーだけでなく、eスポーツ選手のコミュニティから『いいプレイをしよう』と呼び掛けたり、あるいは心理学者とプレイヤー側が組んで『あの人たちにゲームを教わるといいよね』といった流れができるでしょう。今後はゲーム業界だけでなく、プレイヤーや研究者たちも協力して社会全体で取り組む必要があると思います」(山根氏)

近年は、国内でも「eスポーツを科学する」をコンセプトとした「福岡eスポーツリサーチコンソーシアム」や、「NASEF JAPAN(北米教育eスポーツ連盟 日本本部)」などの団体が立ち上がり、徐々にアクションを起こし始めている。

90年代に問題視された「ゲーム(光過敏性)てんかん」や、2000年代の「ゲーム脳」など、マスコミや教育関係者によって確かな根拠もないまま、ゲームだけが一方的に悪者扱いにされる不毛な歴史が繰り返されては何の進歩もない。

まだ「病気」と決まったわけではない「ゲーム依存症」が独り歩きしないよう、今後はゲーム業界団体、メーカーに加え医療、教育、心理学などの研究者、場合によってはプレイヤーが一体となり、正しい情報を発信できる体制作りがますます必要となりそうだ。

なお、本稿にご登場いただいた山根氏は、下記の対談記事にも登場している。学術的な観点からも興味のある方は、こちらも参考にされるといいだろう。

(参考リンク)

・「ゲーム障害は臨床的に必要な概念なのか?――病理化、スクリーニング、モラルパニック」(SYNODOSの記事)

・ネット・ゲーム依存を予防するために(香川県のホームページ)

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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