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レバノン:経済危機下の刑務所メシ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 レバノンでは2019年秋以降深刻な政治・経済危機が続き、本稿執筆の時点でそれを改善するような内政・外交上の進展は見られない。レバノン通貨のレバノン・ポンド(LP)は、危機の発生前は1ドル1500LPだったものが、2019年秋に危機が顕在化した時点で1ドル3900LP、2021年4月の時点で1ドル1万2000LPだった。これが、2021年のクリスマスの相場が1ドル2万6600LPとなっていることから、危機がさらに深刻化していることは一目瞭然だ。

 そうした危機の中、レバノンの国家の統一を象徴するという極めて重要な役割を担っているはずのレバノン軍でも要員に満足な食事を提供できなくなった。レバノン軍が要員に提供する食事のメニューから肉類が消えたのは、世界的にも大きく報じられたベイルート港での爆発事件に先立つ2020年7月のことだった。現在、レバノン軍は様々な自力更生策を講じるとともに、諸外国から援助として食糧の供給を受けてその体裁、要員とその家族の生活を維持している

 レバノンにとってとても重要な機関である軍の状況ですらここまでである以上、刑務所に収監されている者たちの生活状況が一段とひどいことは想像に難くない。2021年12月25日付のレバノンのキリスト教徒資本の日刊紙『ナハール』は、そうした状況について長文の独自記事を掲載した。それによると、刑務所内でも生活必需品の入手が著しく困難となり、とりわけ貧しい階層出身の者たち状況は加速度的に悪化している。ある刑務所の収監者たちの証言によると、かつては1食あたり200グラムの食事が1日3回提供されていた「刑務所メシ」が、現在では1食あたり100グラムの食事が1日2回となった。食事の内容は乾燥の小麦製品やお米を材料とするものがほとんどで、とり肉は数か月間の供給途絶を経て1週間に1度だけ提供されるようになった。

 刑務所の状況悪化は食事面に止まらず、外部のレバノン社会一般が見舞われた物価の高騰とそれに伴う人民の生活水準の低下による影響を強く受けた。具体的には、刑務所内の購買を通じた物品購入価格に高騰、薬品をはじめとする医療物資・サービス供給の停滞に伴う、刑務所内での検査・診療状況の悪化とそれらのためにかかる費用の高騰、そして、収監者の家族の生活状況が悪化したことに伴う面会(と差し入れ)の回数減少である。収監者たちを支援する団体の代表は、刑務所内の厨房は清潔で、調理を担当する収監者たちも監督を受けつつ作業しているが、食材の質が著しく低下していると指摘した。女性刑務所の状況も一般の刑務所同様に悪化しており、食品をはじめとした必需品の供給が滞っている。

 筆者も某所で政治犯として収監された経験を持つ者から、収監中の境遇について話を聞かせてもらったことがあるが、その際食事について印象的だったのは「十人強の収監者に対してとり肉の提供量は1週間に1羽分」とか、「栄養不足を補うために食事に供された茹で卵は殻まで食べた」などがある。刑務所当局の者による嫌がらせや横領、差し入れに来る家族へのわいろ要求も日常茶飯事だったそうだ。この話は政治犯刑務所での逸話であり、今般紹介されたレバノンの一般の刑務所とは事情が異なってしかるべきはずだ。今般の報道のような状況がさらに続くようだと、レバノン軍に対するのと同様、刑務所に対しても外国からの食糧や医療物資の供給支援が必要となる状況が顕在化するだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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