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「新・ガザからの報告」(14) (24年8月16日)ー教育の機会を失う子どもたちー

土井敏邦ジャーナリスト
(テント暮らしの子どもたち/撮影・ガザ住民)

【シンワールの選択は他の主要な指導者を守るため?】

(Q・今週は何が起きましたか?)

 昨日、カタールのドーハでガザの停戦について新しい交渉が始まりました。今回はハマスは交渉団を送らなかった。しかしイスラエル側は話し合いのために交渉団を送りました。アメリカとカタールとエジプトが参加しています。今夜、最初の結果が出るのを待っています。イスラエル交渉団がどういう提案、要求をしてくるかです。

 人びとはこの戦争が終わることを望んでいます。とりわけ現在、みじめな生活、ひどい健康状態で日々を送っている人たちは特にそうです。テントさえない人びと、家族がいます。彼らは木々の陰や海岸、空の下で生活しています。人びとはドーハでの交渉の結果を待っています。

 ハマスの最高指導者にシンワールを選択後に、新たな意見があります。

 ハマスがトンネルに隠れているシンワールを選んだのは、他国で生きる3人の主要な指導者を守るためだという見方です。モサド(イスラエルの諜報機関)にとって、シンワールを暗殺することは不可能ではない。テヘランの中心部にいたハニーヤを殺すことができたのですから。ハニーヤほど安全ではないカタールなどにいる他の指導者たちを標的にすることはさらに易しい。だからこれらの指導者が脅かされるよりも、ハマスはガザにいるシンワールを指導者に選んだという見方です。これによって他の主要な指導者たちを守ろうとしたというのです。

(Q・つまり3人の主要な指導者を守るために、シンワールを選んだということですね?)

 シンワールはすでに指名手配されている。だからシンワールを選んだのです。遅かれ早かれ、彼は殺されます。だから彼を選んだのです。それが今、ガザのジャーナリストなどの間で語られていることです。

(Q・それはあなただけの意見ではないのですね?)

 通りでの主な意見がそうです。西岸やシリアなどの活動家たちもそうです。

 第二には、シンワールの行政力です。彼が選ばれて10日ほど経って、シンワールの支配力を疑っています。批判したり、冗談のネタにしています。

 イスラエル軍の攻撃によってハマスはガザ全体で血を流しています。それぞれの地区の部隊は連絡もとれず、孤立しています。政治部門も軍事部門もです。イスラエル軍の圧力でハマスは血を流し崩壊しかけているのです。その状況で、地下20~30メートルで暮らすこの男がどのように、現在、瀕死の状態にあるハマス全体を指揮できるでしょうか。人びとはこの状況を冗談のネタにしています。

【「停戦」を求める民衆と現場のハマス指導者たち】

(Q・今回の交渉をどう予想していますか?ハニーヤ暗殺の後、ハマスはさらに頑なになっていると思われます。イスラエルのどんな提案も拒否すると思われますが、あなたはどう予想しますか?)

 これはとても入り組んだ問題です。たしかにハニーヤやモハマド・デーフの暗殺というハマスにとってとても痛手となる暗殺は、政治部門と軍事部門の両方のトップを失うことで、ハマスにとってとても困難な状況に追い込まれています。その二つの暗殺はほんの数日の間に起きたのです。

 あなたが言うように、ハマスは攻撃的になるでしょう。この状況がハマスをイスラエルとの交渉においてさらに頑なにするでしょう。

 しかし一方で、パラドックス(逆説的)な面があります。矛盾もあります。

 ガザのハマスは破滅的な状態です。苦しんでいます。生き残っているハマスは、難民キャンプなどにいる下層のリーダーたちは叫んでいます。シンワールにどんな形でも停戦を受け入れるようにと。ハマスが崩壊しつつあるからです。イスラエルは攻撃を止めません。昼夜を問わず、24時間、イスラエル軍とりわけ空軍はハマスを攻撃し続けています。ガザのどこででもです。

 私たちには矛盾があります。2人の指導者を殺され、ハマスは強硬になるべきです。しかし一方で、ガザにおけるハマスは崩壊しつつあるのです。残っているハマスの下層の指導者たちはシンワールに「ハマスが完全に崩壊することから救ってくれ」と叫んでいるのです。「まだ残っているハマスの勢力を救ってくれ」と。だから、そこに矛盾があるのです。

 だから今回の交渉で何が起きるのか予想できません。シンワールが攻撃的になるのか、それとも今回は、現実的になり、軟化し、停戦の条件を受け入れるのか、ハマスがどういう態度を取るのか予想できません。

(Q・あなたはガザのハマスはほとんど崩壊しているというが、今どのようにハマスが弱体化しているか具体的に教えてください)

 10月7日の攻撃以前は、約3万人の戦闘員がいました。今はイスラエルがその半分を破壊しました。さらに戦闘員の中には負傷したか、イスラエル軍に拘束されたか、行方不明の者もいます。これに殺された戦闘員を加えると約2万人です。だからハマス戦闘員の3分の2が排除され無力化されました。残りは3分の1、つまり1万人の戦闘員です。つまり以前の戦力の3分の1しかありません。

(ガザの地図/作成・土井敏邦)
(ガザの地図/作成・土井敏邦)

 ガザには5つの地区に分けられます。①ガザ地区北部、②ガザ市、③中部、④ハンユニス地区、⑤ラファ地区です。それぞれにハマスは部隊を持っていました。これらの部隊には、最も強力な部隊から最も脆弱な部隊までランクがありました。現在のところ、ガザ地区中部の部隊はイスラエル軍とまだ交戦しておらず、健在です。デイルバラ町やヌセラート、ブレイジ、マガジの各難民キャンプ、そしてザワイダ村です。そこでは地上侵攻はまだ行われていません。だから5部隊のうち1つの部隊が生き残っています。

ラファについて言えば、ラファ侵攻から3ヵ月が経ちます。イスラエル軍はまだ完全にはラファに侵攻していません。ハンユニスもそうです。東部はまだ侵攻されていません。

 完全に破壊されたのは、ガザ北部とガザ市内です。ジャバリア難民キャンプ、ベイトラヒヤ町、ベイトハヌーン町とその周辺です。だから残っているのはラファ地区の一部とハンユニス地区の一部です。だから戦闘員の3分の1が残っています。3分の2は無力化されました。

 だからハマスの下層の指導者たちや戦闘員たちが叫んでいます。シンワールに、残りのハマスを救ってほしいと叫んでいるのです。ハマスのすべてを失いたくないのです。だから停戦の提案を受け入れるようにと圧力を加えています。だから交渉への圧力は、人質の家族のネタニヤフ首相に対する圧力だけではない。ガザでも下層の指導者たちやハマスのメンバーたちがシンワールに圧力をかけています。しかしメディアはガザ地区内のこの圧力について報じません。報じるのはイスラエルでの圧力だけです。

【金持ちが乞食になったガザの現実】

(Q・住民たちの反応はどうですか。これまで何度も期待し裏切られてきたので、もう何も期待していないんではないですか?)

 率直に言えば、ほとんどの人は希望を持っていません。過去に何回も裏切られてきたからです。ドーハやカイロでの交渉の結果はビック・ゼロです。だから正直に言えば、人びとは期待はしていません。「いい結果がでるとは期待していない」と人びとは言います。自分たちの目で実際にいい結果がでるのを目撃するまで信じません。ハマスもイスラエルも、お互い障害も設けているからです。人びとは悲しく、希望を失いました。どれほど失望しているか想像もできないでしょう。これまでの交渉は何かいいことを全く引き出せなかったからです。

(Q・人びとの失望についてもっと説明してください)

 昨日起こったことを話します。昨日、母がサンマの缶詰を買ってくるように頼みました。店に行くと驚く光景を目の当たりにしました。大学の同級生の友人の奥さんを見かけたのです。

 その友人は元々ガザ市で暮らしていました。とても金持ちで、贅沢な家を持ち、いい車を持ち、ポケットにはたくさんの金を持っていました。しかしこの戦争が始まって、他の何万人という人たちと共にデイルバラ町に避難してきました。

 kその店で私が何を目撃したかわかりますか。この友人の妻が人びとから金を無心していたのです。1~2シェケル(40~80円)の金をです。乞食となって金を乞うていたのです。とても幸せで豊かな生活を送る金持ちの男の奥さんだったのですよ。その金持ちの奥さんがお金を乞うているのです。10月7日の事件がパレスチナ社会に及ぼした影響を理解できますか。

 彼女が私に気付かないために、その場から立ち去りました。もし彼女が私を見たら、決していい気持ちではなかったでしょうから。これは10月7日の事件がガザの人びとに与えた影響のほんの一例です。これは昨日私が体験した本当の話です。

 テントで暮らす人びとはひどい生活を送っています。彼らの暮らしに比べれば、犬や猫の方がましかもしれません。前回にも報告したように、テント暮らしの人びとを蛇やサソリ、蚊や蠅が襲います。感染病とりわけ肝炎、ポリオ、胃腸の感染症などです。食料不足や劣悪な衛生環境、収集されないあふれるゴミ、プラスチックのテントが熱を吸収し信じがたい暑さ・・・。

【女性の間に売春も】

 新しい現象ですが、女性の間で金のために売春が広がっています。子どもを養うためにです。こんな現象も起きています。TikTokで自分の裸を見せています。他のアラブ諸国の男たちに見せて、お金を得るためにです。多くの女性たちが携帯のカメラの前でヌードを見せているのです。

 このまま戦争が続いたら、人びとはどうするのかわかりません。テントの周りを歩くと、とても胸が痛くなるような光景を目にします。それを言葉で言い表すことができません。すべてが“痛い”光景なのです。

(Q・ガザでは家父長制度が強く、父親が家族をコントロールしています。どうして父親がそれを制御できないのですか?)

 何千というファミリーがその父親を失っています。殺されたのです。たとえ父親が生きていても、ガザ地区北部の家族では、多くの父親が家に残りました。ガザ市やベイトラヒヤ町などです。だから死んだか、避難しなかったなどの理由で、父親が不在の家族は少なくありません。父親がいなくて、家族はどうやって金を稼ぐことができるでしょうか。売春したり裸体をさらす女性の大半はこの戦争で夫を殺された未亡人か、この戦争の前に離婚した女性たちです。

(Q・この絶望的な状況が、2014年以後に起きたように、自殺を増やさないだろうか?)

 すでに起こっています。いろいろな手段でです。この現象は今、起こっています。もちろんメディアでは伝えません。伝えられるのは砲爆撃の犠牲者たちです。しかし戦闘が止めば、この自殺の問題がもっと明らかになります。

【深刻な教育問題】

(Q・以前、あなたは子どもの教育への親たちの不安について語りましたが)

 これはとても痛い問題です。何十万人という生徒たちはこの1年、学校へ行けないでいます。1年、教育を受けることができなかったのです。おそらく次の年もそうなるでしょう。

 私もこの問題を抱えています。私の息子は6歳です。まもなく7歳になります。彼は学校に行けません。読み書きもできません。この賢い息子のことを思うと悲しくなります。1年だけ学校に行ったっきりです。だから私はガザ脱出を考えています。この息子によい学校をみつけてやりたいんです。とても頭が痛い問題です。私にも、妻にも、家族全員にとってです。

 息子の精神的な状態もよくありません。「パパ、いつ学校へ行けるの?勉強したい。鉛筆を持ち、絵や文字を書きたい。自分の名前を書きたい」といつも私に懇願します。

 私は個人教授を雇いました。しかし1カ月後、その女子学生は「すみません。私の住む町の東部ではときどき砲撃が続いています。だから安全のためにあなたの家にはこれ以上、行けません。息子さんにこれ以上、教えることができません」と言いました。だから個人教授をお願いした女学生も来れなくなり、とても悲嘆しています。

【ハマスの思想には同調しても、やり方に反発】

(Q・このまま戦争が続いていけば、ガザはどうなるのか?前にあなたは住民の道徳・倫理が崩壊しつつあると伝えてきました。他人のことを気にかけなくなったと。これがガザの“強さ”だった。彼らは占領下で苦しんできたが、お互い助け合った。それがガザ住民の最強の力だった。それが失われたとあなたは言う。この戦争が1年以上続いたら、何が起こるだろうか?)

 1つの比較をしてみます。これはとても重要な比較ですが、地元のメディアが決して伝えないことです。今の私たちの状況と、1987年に始まった第1次インティファーダとの比較です。

 第1次インティファーダでは、ファダイ(戦士)はチャンピオンでした。ヒーローでした。「ファエダイ」という言葉自体を愛していました。銃を持って(占領軍と闘うために)オレンジ畑に潜んでいました。ジャバリア難民キャンプ、ヌセラート難民キャンプ、ブレイジ難民キャンプなどでです。これはヒロイズム、勇敢さのシンボルでした。人びとはそれを愛していました。

 しかし10月7日以降の中で、人びとは銃を持ちイスラエルと闘っているフェダイーン(戦士たち)、戦闘員たちをまったく信用していません。

 この比較を注視しなければなりません。これはとてもリアルな比較です。第1次インティファーダとこの戦争での戦士に向ける民衆の印象の違いに注目すべきです。今は銃を持った戦闘員たちのことを信用しません。イスラエルに向けてロケット弾を撃つ戦闘員たちを侮辱し非難しています。それによってイスラエルによる破壊的な反応を招くからです。イスラエルはこのロケット弾に対して破壊的な空爆で応じます。それが何十人という市民を破壊するのです。なのに、なぜ無益なロケット弾を撃つのか。そのロケット弾では、イスラエルの通りの1匹の猫やネズミさえ殺せないのです。一方で破壊的な反撃を民衆が受けるのです。その空爆がテントで暮らす多くの女性や子どもを殺しているのです。

(Q・あなたは以前に、ハマスの組織とイデオロギーは分離すべきだと言った。民衆はハマスという組織は嫌っても、ハマスのイデオロギー(思想)は信じている。そのイデオロギーとは何か?「パレスチナの解放」ですか。ハマスは10月7日の攻撃も「パレスチナの解放のためだ」と主張するでしょう。「ハマスのイデオロギーのためだ」と。人びとは今、「ハマスのイデオロギー」をまだ信じているのですか?)

 政治的なイスラムのイデオロギーを信じている者はたしかにいます。ハマスの戦略全体については同意するが、しかしそのテクニック(やり方)、戦略の採用の仕方は同意しません。ハマスの主要な戦略は、PFLPなど他PLOの左派と同じです。「すべてのパレスチナの解放」です。だからイスラム支持者ではなくても、マルクシストなど左派でも全ての人びとが、ハマスの戦略を信じます。オスロ合意ではなく、ハマスの戦略を支持します。だからイスラムのグループだけではないのです。「ヨルダン川から地中海まで全パレスチナの解放」を信じるのです。多くの人がハマスのその主要な戦略を正しいと考えています。イスラム信望者だけではありません。

 しかしこの戦争では、ハマスの戦略に賛成する人も、そのやり方、ハマスの戦術の採用の仕方を批判しているのです。ハマスは自殺的な戦争をやっていると。

 もしパレスチナを解放しようと思うなら、原爆さえ持つ軍事超大国のイスラエルを武力で攻撃すべきではない。車や馬車やオートバイを使って攻撃するなんて正気ではない。それは自殺行為です。イスラエル人の一般市民を1日で1200人も殺害した。それに対してイスラエルがどう反応するかはわかっていたはずです。もちろん、イスラエルはガザを破壊します。だからあれは解放のための戦争ではなく、破壊のための戦争です。それがこの戦争で起こったことです。

 だから大きな嘘や一般的な思想を語るのではなく、ハマスの行動、その適用の話をしましょう。それは自殺的です。決して賢明ではありません。だからこそ人びとはハマスを非難・攻撃しています。

 しかしハマスの総体的な思想について言えば、多くの人がそのハマスの思想に賛同するでしょう。誰も今やオスロ合意に賛同はしないし、ハマスの思想の主要な点に賛同します。

【ガザ社会が崩壊する】

(Q・このまま戦争が続けば、人びとに何が起こるだろうか?)

 私が予想していることは起こらなければいいが、ガザ社会の全面的な崩壊です。窃盗団は今や家族が家にいても攻撃しています。家が空家になるのを待とうともしないのです。

 毎日の犯罪の発生率は途方もなく高いです。どれほどの犯罪が横行しているのか外の人が想像もできないほどです。家の窃盗、住民からの窃盗、誘拐も起こっています。マーケットに行けば、食べ物を手に入れても、家で料理をしている時に、ギャングが誘拐し、その家族に1000ドルや2000ドルを要求するのです。その種の犯罪が横行しています。 

 前にも言いましたが、性的な犯罪も増えています。アルジャジーラでもムスリム同胞団系のメディアでもそういうニュースは聞かないでしょうが、性的な犯罪が急増しています。多くの女性が男たちに襲われています。そして処女性を奪っています。

 多くの人が自殺しています。いろいろな手段でです。状況はとてもひどいです。

 一方で内戦もあります。内戦によって多くの人が殺されています。殺されたら、復讐をします。有力なファミリー同士が衝突しています。商人が他の商人のトラックを攻撃している。深刻なカオス、内戦です。

 もし戦争がさらに1年以上続いたら、ガザ社会が完全に崩壊します。何が起こるかわかりません。ガザはジャングルのようになります。モラル・倫理が通用しない地域になります。無法地帯です。このような将来の状況が見えてきます。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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