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水難事故にまつわる、あるある都市伝説集 これってありえないの?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
救助中に抱きつかれることなんて、実際にあるの?(筆者撮影)

 水難事故は人類が誕生する以前からあったので、うんと昔には、神の思し召し、すなわち「人智を超えたところにある運命の定め」と思われてきたふしがあります。

 現代人にとっては「良く聞くけれども、身近ではあまり経験がない」事故であり、そのため神秘的なところも手伝って、空想、あるいは自分は大丈夫という正常性バイアスが入り乱れて、それにまつわる多くの都市伝説が誕生しました。今回は、そのうち比較的良く聞く例を、あるあるとして選び、検証してみたいと思います。

ロープの都市伝説

状況  防波堤で釣りをしていた人が、誤って海面に落ちてしまいました。海面からの高さが大人の背丈ほどなので、あまり危険だと感じていませんでした。背浮きになって海面からよく見ると、防波堤の天端(てんば、上の平面)から図1のようにしっかりしたロープが垂れていました。ロープを使って腕力で上がるシーン、どこかの映画か何かで見たことあるから登れるだろう、「これで助かった」と思いました。

図1 防波堤から垂れ下がるロープを使って上陸できるか?(筆者撮影)
図1 防波堤から垂れ下がるロープを使って上陸できるか?(筆者撮影)

 多くの人が「ロープがあれば」と夢見ます。大人の身長くらいの高さだったら腕力で登れるように思いますし、実際に救助用としてロープが現場にあったりします。この都市伝説は正しいか、次の動画1をご覧ください。

動画1 ロープで上陸に挑戦してみた(筆者撮影)

実際の結果  無理でした。例えば階段を上る時を思い出してください。人は、足に体重を集中させて、段面にて踏ん張ることで高さをクリアして登ることができます。腕力で上がるという運動は、実は日常生活ではやっていないのです。ところが、水中では腕力だけで前に進むことができるものですから、その延長でロープさえあれば腕力でいけるだろうと確信してしまいます。

似たもの  天端と海面との高低差が50 cmくらいだったらどうでしょうか。水中でキックしながら手を伸ばせば、これくらいの高さだと頑張れば手が天端にかかります。天端にかかった手を支点にして腕の力であがろうとすると、手のひらが痛いです。そして指の皮がむけます。必死になって上がろうと頑張ると指の肉までちぎられます。梯子のように足で体重をささえるものがない限り、安全に上がることができません。なお、天端と海面との高低差が10 cmほどなら、誰でも這い上がることができます。

危険性  1人で落水したら、海面から携帯電話で救助をお願いするか、誰かに発見されるまでロープにつかまっているしかないです。夏なら水温が高く命をつなぐことができますが、それ以外の季節では10分から数時間で体が冷えます。冬は手もかじかみ、ロープを持つ手に力が入らなくなって、最後は海底に沈んでいきます。

正しい答え  ロープを手にもって背浮きをして、119番や118番で救助を要請し、救助されるまでしっかりと呼吸を確保します。

ブイに乗って漂流の都市伝説

状況  小型ボートで釣りをしていた2人が、ボートが転覆して海面に落ちてしまいました。背浮きになって海面からよく見ると、近くに発泡スチロール製の大型ブイがありました。「1人で上がろうとしても、ブイが傾いてバランスを崩して上がれないから、2人で別々の方向から上がろう」ということで、バランスを取りながら図2のように1人が無事に上がれました。「これで助かった。」

図2 大型ブイの上にバランスを取りながら乗ったものの(筆者撮影)
図2 大型ブイの上にバランスを取りながら乗ったものの(筆者撮影)

 発泡スチロールの大型ブイには、図2のようにネットがかけられたりしています。そのため、素手でよじ登ることができます。足をネットにかけながら、足の力で体を上げていけるためです。そして、その後に起こったこと・・・。この都市伝説は正しいか、次の動画2をご覧ください。

動画2 大型ブイの上に乗って救助を待つのは幻想か(筆者撮影)

実際の結果  2人とも落水しました。2人でバランスを取りながら上がらなければならないということは、上がった後も2人で息を合わせてバランスを取り続けなければなりません。これだけでもバランスをとる結構難しい運動になりそうです。

似たもの  図3のように薄くて広く、安定したフロートだったら、どうでしょうか。これくらいどっしりしていれば、安定しているので1人であがろうとする時にフロートがひっくり返ることはありません。でも、高さが50 cmくらいですから、腕力だけでは上がれません。ましてや、この格好では下半身がフロートの内部に潜り込んでいきます。そしてフロートの底部と脚がくっついてしまいます。そのまま手をフロートから離した時に、仰向けのまま下半身がフロートの下に潜り込むことになります。

図3 大型フロートも水面からの高さがあるとよじ登れない(筆者撮影)
図3 大型フロートも水面からの高さがあるとよじ登れない(筆者撮影)

危険性  大型ブイでも、大型フロートでも、這い上がることにこだわると、うまくいかない限り体力を消耗するだけに終わってしまいます。また、最初から背浮きになってブイやフロートの一部につかまろうとすると、波や流れの条件によっては身体がフロートの下に潜り込む危険性があります。

正しい答え  手でつかめる箇所を探したら、そこを握りつつ、ブイやフロートの下にならないようにして、背浮きになって救助を待ちます。携帯電話をもっていたら、浮きながら、119番や118番で救助を要請します。

抱きつかれて溺れる都市伝説

状況  「溺れる人を見たら、飛び込んじゃだめだ。パニックになっていて抱きつかれて一緒に溺れるぞ」というコメントが報道番組で流れていました。ということで、動画3のようにやってみました。

動画3 水中で抱きつこうとすると、イメージが思ったよりも弱々しい印象(水難学会撮影)

実際の結果  男性が女性に近づいて、最後の力を振り絞り、両腕を前に出した時、男性の身体が後ずさりしました。物理で簡単に説明できるのですが、水中で手を前に出せば、その反動で体は後退してしまいます。これでは最後の力を振り絞っても人に抱きつくことはできません。

 この現象は、水中にて素手で救助技術を学ぶ講習会でもよくわかっていて、実際に練習ではわざわざ両腕を空中に出して動画4のように救助者役に飛びかかります。こういうことをしなければ抱きつくことはできません。

動画4 浅い水辺なら抱きつけるが、救助シーンではこれは不自然(筆者撮影)

わずかな可能性  抱きつかれる可能性は全くないわけではありません。まずは、足が十分に届く水辺。足が届けば動画4のように腕を空気中で動かすことができます。次に、溺れている人がライフジャケットなどを着用している時。浮力があれば、腕を水面上に出すことができます。このような条件が整えば、抱きつかれることもないとは言えません。。

正しい答え  基本は心配する必要なしです。水に落ちた人がライフジャケットなどで浮いていたら、あるいは十分に浅い水の中にいたら、陸にいる人には飛び込む必要が元々ないのです。水の中にいる人に「ういてまて」と声を掛けて、119番や118番通報をして救助隊を呼びます

手を挙げて助けを呼ぶ都市伝説

状況  最近は聞かなくなってきた感のある「溺れる人は手を挙げて助けを呼ぶ」という都市伝説。これについては、水難学会の中でもこだわって調査研究している理事監修のもと、動画5のように実験をやってみました。

動画5 こうやって多くの人が命を落としていったのが昔の話(水難学会撮影)

実際の結果  助けを求めるこういうやり方は、無理です。女性がなんとか顔を水面に出して、最後の力を振り絞り、手を挙げました。そして「助けて」と言っているはずですが、「た」だけで沈んでしまいました。

 人の比重について図4で説明しましょう。空気をいっぱい吸った状態(a)では、人の比重はだいたい0.98です。ここで、比重とは水の密度に比較した値で、1だと真水に対して浮きもせず、沈みもせず、です。0.98だと、体の全体の2%だけ水面に出て、98%の体は水中になります。両手を水面に出す状態(b)では、手が水面に出ますが、顔は水中に完全に沈みます。そして、声を出したりして肺の空気を出してしまう(c)と、比重は1.03程度となり、身体が水中にて沈んでいきます。

図4 人の比重と真水での沈み方(筆者作成)
図4 人の比重と真水での沈み方(筆者作成)

似たもの  つい先日、水難救助訓練の様子がテレビで流れた時、溺れ役の人が手を挙げて、振っていました。テレビの視聴者に対する影響力は強くて、このような映像を見た人は、「溺れた時にはこのようにするのだ」と頭に刷り込まれてしまいます。

正しい答え  溺れたら、呼吸を確保することに全力を尽くします。水面に出すのは鼻と口。空気は呼吸時以外は肺にためておく。背浮きが最も効果的です。たとえ訓練でも、要救役は背浮きで、余計なジェスチャーを入れず、浮いて救助を待ちます。メディアが取材に来ているならなおさら。

まとめ

 要するに溺れたら、背浮きになって浮いて救助を待ちます。じたばたしないで呼吸と体力を温存します。

 水難学会では、このほかありとあらゆる水難事故の発生原因を可能性も含めて調査・実験して成果を得ています。読者の皆様から「これは都市伝説か」というなにか具体例があれば、水難学会メールアドレス(ansアットマークが入りますuitemate.jp)にお知らせください。頂いた情報を基にまとめて、都市伝説第2弾として皆様に記事をお送りします。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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