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YouTubeは音楽を救うか

榎本幹朗作家・音楽業界誌Musicman編集長・コンサルタント
YouTubeも定額制音楽配信に参入した。音楽業界の期待が集まっている(写真:ロイター/アフロ)

■YouTubeに定額制配信が登場

 無料で音楽が楽しめるYouTubeでも定額制の音楽配信が始まった。J-POPを中心とした良質なプレイリストが並べられており、親しみやすい編成となっている()。

 「YouTube Music」はAndroid版が月額980円、iOS版が月額1280円。アルバム曲やおすすめプレイリストも楽しめるようになるのはApple MusicやLINE MUSIC、SpotifyやAWAと同様だ。広告も無く、スマホでバックグラウンド再生やオフライン再生も可能で、これまでのYouTubeと比べストレス無く音楽再生が可能になった。

 特にオーディオ・モードはギガと電池の節約になり、うれしいのではないだろうか。Googleの得意とする人工知能が、おすすめの音楽をひとりひとりの趣味に合わせて提案もしてくれる。

 同日始まった「YouTube Premium」に加入すれば、この「YouTube Music」も使用できる。こちらはAndroid版が月額1180円、iOS版が月額1550円。別途、YouTube Musicの料金を支払う必要は無い。見たいオリジナル番組があるならこちらがお得かもしれない。3ヶ月無料トライアルも用意されている。

 iOS版はおそらくAppleが手数料を取るぶん割高になっているのだが、ライブ映像やレア音源などApple Musicには無い、YouTubeならではのコンテンツも楽しむことができるのも勘定に入れたい。

 現在、日本における定額制配信のシェアはdヒッツが1位、Apple Musicが2位、LINE MUSICが3位と予測される。後発のYouTube Musicがどれほどの人気を得るか、音楽業界の注目が集まっている。

■ひとり負けの国内音楽業界

 定額制配信の急成長で音楽売上はここ三年、世界でプラス成長が続いている。特に2017年は8%増加の記録的な成長となった。加えてライブ売上も好調で、違法ダウンロードの爆発的流行とCDの衰退により始まった音楽不況は、日本を除き終焉したと見られている。

 しかし五年遅れで世界のトレンドを追いかける日本では、CD売上が8割を占めており、まだ定額制配信は普及していない。昨年の音楽売上も5%減とひとり負けの様相を呈し、世界2位の地位も危うくなってきた。

 一方で、日本は世界でも有数の「YouTube好き」な国だ。

 2017年には世界中で音楽を聴く時間の46%がYouTubeだった(IFPI調べ)。対して日本は、62%の人が主にYouTubeで音楽を楽しんでおり、これはCD(55%)やテレビ(48%)よりもすでに大きい(レコード協会調べ)。音楽にお金を使わない理由も、第1位は「無料の動画配信や無料の音楽アプリがあるから」となっている。

 だがYouTube Musicの登場で、新たな形でYouTubeの「無料」が音楽に貢献する可能性が出てきた。

 世界で定額制配信が普及したのは、Spotifyが基本無料を打ち出したことがきっかけとされている。音楽を無料で楽しんでいたタダ乗り層が基本無料のSpotifyに飛びつき、その便利さに気づいて有料会員になっていったことで定額制配信のブームが始まった。今月、Spotifyは1億9100万人の月間アクティブユーザー数に対して、有料会員数が8300万人に達した。

 「YouTubeが無料と有料を結ぶフリーミアムモデルを始める。Spotifyに続き、無料で音楽を楽しむタダ乗り層が、音楽にお金を払う課金層へ変わるゲートウェイが誕生するのではないか」と国内外の音楽業界から期待がかかっている。

 日本では音楽にお金を払う課金層が2009年には55%だったのが年々減り、2015年には33%にまで落ちた。だが日本で定額制配信元年となった2015年には下げ止まり、2017年には41%に急回復している()。

■YouTubeがもたらした、著作権法改正の動き

 世界の音楽業界では四年前より、YouTubeの無料視聴が違法ダウンロードに替わる最大の課題となってきた。YouTubeが定額制配信に乗り出した背景には、ミュージシャン側から集まる批判があった。

 2016年、欧米ではテイラー・スウィフトを筆頭に大物ミュージシャンたちが先頭に立ち、YouTubeに有利すぎるが、ミュージシャンに不利な著作権法を改正する運動が盛り上がっていた()。賛同者はポール・マッカートニー卿、U2、ジョン・メイヤー、マルーン5、Ne-Yo、ケイティ・ペリー、レディ・ガガ、デッドマウスなど枚挙に暇がない。

 かつてYouTubeは宣伝の場であり、ミュージシャンはそこでお金を稼ぐ必要は無かった。だが、スマートフォンの普及で事情が変わり、YouTubeなど動画共有サイトは世界で最も音楽が消費される場所となった。

 しかしYouTubeがミュージシャン側に払う音楽使用料は、定額制配信やiTunesミュージックストアと比べて極端に低い。YouTubeの音楽使用料は視聴者一人あたり平均で年間1ドル以下。これは定額制配信の王者Spotifyの支払いと比べると20分の1に満たない。有料会員のみのApple MusicやLINE MUSICなどと比べると、支払いの差はさらに大きくなる。

 結果、音楽消費の46%がYouTubeで発生しているにもかかわらず、YouTubeの広告売上は、世界の音楽売上の5%未満しか貢献していない現状となった()。なお日本では、音楽売上のわずか0.6%しか動画サイトの広告売上は貢献しておらず、これは欧米に増してミュージシャン側に不利な法律の穴が存在することを示唆している()。

 かようにYouTubeと定額制配信とでは、ミュージシャン側に支払う金額が大幅に異なり、この問題は「バリューギャップ」と呼ばれている。ミュージシャンたちの運動が実り、今秋、EUではYouTubeを圧倒的に有利にしていた法的抜け穴をふさぐべく、著作権法が改正された。アメリカでもストリーミング時代に対応した、著作権法の歴史的な改正が始まっているが、日本ではそうした動きはほとんど見られない。

 一方で、批判を受けたYouTube側も自主的改善に励んできた。違法アップロードされた音楽を自動検出する仕組みの拡充や、広告売上の支払い倍増などが進んだが、今回、「YouTube Music」で有料サービスに乗り出したのも改善の一環と考えられている。

■YouTube Musicは、日本の音楽を救うか

 日本では「音楽離れ」も問題になってきた。音楽に無関心な層は年々増え、2009年の15%から2015年には35%に急増したが、ここのところ改善を見せ、2017年には26%に減った()。

 知っている曲しか聴かない、音楽的な老化を起こした層も減っており、これには定額制配信のみならずYouTubeのおすすめ機能も貢献したと見られる。

 現在、おすすめ機能には人工知能が活用されており、さらに音楽キュレーターがおすすめ曲をまとめたプレイリストが人気を得ている。人工知能と音楽キュレーターの協業で、ひとりひとりの趣味にあった曲を紹介できるようになったおかげで、テレビ時代に強かった流行の押しつけから音楽ファンは解放されつつある。

 「日本はCD好きの国」と呼ばれているが、実はスマートフォンが普及するまで、世界でもトップクラスのデジタル売上を実現していた。デジタル売上が一時的に減ったのは、世界でも稀に見る着うたブームが終焉した特殊事情がある。

 さらに、CDプレイヤーを持たないスマホ・ネイティブ層が学生の大勢を占めるようになった。「J-POPアイドルがCDを出しても、聴く方法が無い」と子どもたちは語る。この地殻変動が、CDに頼らない第三次韓流ブームを下支えしたと見られている。BTS(防弾少年団)は原爆Tシャツやナチス帽で批判を受けたにもかかわらず、東京ドーム公演を学生たちで埋めることになった。

 このままCDプレイヤーが衰退すれば日本でもおのずと定額制配信は普及する。だが、Apple MusicやYouTube Musicなど定額制配信が普及すれば、日本の音楽産業はほんとうに復活するのだろうか。

■再販制度の崩壊という特殊事情

 定額制配信は月額980円が相場。そのうち音楽会社に入る使用料は500円ほどだ。1年で約6,000円、3,000万人が加入したとして1,800億円。昨年、日本のレコード産業売上は2,893億円だ。下げ止まりはするが、回復にはつながりそうにない。

 では、なぜ世界の方は、定額制配信が音楽売上の回復につながったのか。

 それはCDの値段がもともと低かったからだ。たとえばCDアルバムが10ユーロ強で、定額制配信の月額が10ユーロ弱なら、毎月CD1枚分の支払いだ。一方、日本のCDは再販制度のおかげで2,3千円。定額制配信の月額980円はCDの1/2から1/3枚分になる。

 デジタル化で再販制度も崩壊するため、日本では定額制配信は救世主にはならない。救世主になったとすれば2012年頃の月額1980円を維持するか、日額100円とポイント制の組み合わせなどひと工夫が必要だったが、筆者のこうした問題提起はこの六年間、業界に聞き入れられることはなかった。

 加えて日本は少子高齢化が進んでいる。音楽の主要客層である16〜30歳の人口は、すでに前世紀末の3分の2に縮小している。しかも日本人は30代で急激に音楽離れして、音楽に使うお金が半減すると統計に出ている()。

■日本は自分で答えを出さなくてはならない

 おそらく定額制配信は、少子高齢化には有効だ。知っている曲しか聴かなくなり、やがて音楽に興味を失う音楽的老化に、定額制配信やYouTubeのおすすめ機能は効果がある。

 再生回数で収入が決まる定額制配信の普及は、音楽の質も変化させるだろう。これまで捨て曲が当たり前だったアルバムづくりでは稼げなくなる。全ての曲を何十回でも繰り返し聴けるアルバムに仕上げなければ再生数が稼げなくなるからだ。

 だが、それでも定額制配信は、少なくともこの国では最終解にはならないだろう。我々は欧米に答えを求めるのではなく、新たな答えをみずから出していかなければならない立場にある。

 かつてラジオ放送が普及したとき、無料で音楽が聴き放題になったせいで、アメリカのレコード産業は売上が25分の1となり、1930年代に音楽産業は文字通り崩壊した。だが50年代、Sonyからポータブルラジオが出ると、状況は一変した。若者がリビングから離れ、親の嫌がるロックを部屋でこっそり聴き、安価なシングルを買うようになった。

 ミュージシャンはシングルだけでは稼げなかったが、ラジオを聴いた若者はライブに行くようになり、これで音楽業界は回復した。現在の状況と似ている。さらに60年代、ビートルズを代表にコンセプト・アルバムが流行すると、シングルより単価の高いアルバム売上のおかげで利益は倍々となり、黄金時代が再来した。だが70年代末の経済不況、テレビゲームの流行と共に音楽不況が再来。売上は3分の2に落ち込んだ。

 このとき、SonyからWalkmanが出て、音楽消費の場を部屋から外へ解放した。ヘッドフォン文化は人類の歩く場所すべてを音楽市場に変え、この後さらにCDを発明し、アルバムを持ち歩けるようにしたSonyは、三度目の黄金時代を世界の音楽界にもたらした(参考:筆者著書)。

 その後、ネット時代の到来で音楽不況が三たび到来したが、AppleからiPhoneが登場し、スマートフォンが普及すると定額制配信という新たなビジネスモデルが機能するようになり、世界は音楽不況から脱出した。

 iPhoneも、Sonyの主導した着うたと音楽ケータイにいずれiPodが駆逐されると、ジョブズが脅威を覚えたのが開発のきっかけだった()。音楽産業100年の歴史を振り返るなら決して、日本が音楽ビジネスの新たな答えを出すことを諦める必要はないはずだ。

 世界に先立ち壁に突き当たったことは、世界に先立ち新たなイノヴェーションを起こすチャンスでもある。

作家・音楽業界誌Musicman編集長・コンサルタント

著書「音楽が未来を連れてくる」「THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記」(DUBOOKS)。寄稿先はNewsPicks、Wired、文藝春秋、新潮、プレジデント。取材協力は朝日新聞、ブルームバーグ、ダイヤモンド。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビ等。1974年東京都生まれ。上智大学英文科中退。在学中から制作活動を続け2000年、音楽TV局のライブ配信部門に所属するディレクターに。草創期からストリーミングの専門家となる。2003年、チケット会社ぴあに移籍後独立。音楽配信・音楽ハード等の専門コンサルタントに。2024年からMusicman編集長

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