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内戦終結15年後のスリランカ戦場跡探訪~④多宗派混在社会と衝撃のイスラム・テロ

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
イスラム教徒が多く住む西部の町・プッタラム。テロ・グループが活動拠点にしていた。

多宗派が混在する国

 スリランカは北海道より少し小さい島国で、2023年の最新統計では人口は約2310万人です。民族的には多数派はシンハラ人で約75%。次いでスリランカ・タミル人が約11%。さらにスリランカ・ムーア人(タミル語系イスラム教徒)が約9%、インド・タミル人が約4%となっています。

 シンハラ人の大多数は仏教徒で、少数のヒンズー教徒とキリスト教徒もいます。タミル人の多数はヒンズー教徒で、他にイスラム教徒とキリスト教徒もそこそこいます。

 宗派統計では、スリランカ国民で仏教徒は約70%、ヒンズー教徒は約13%、イスラム教徒は約10%、キリスト教徒は約7%です。多数派の仏教徒はスリランカ南部・中部では圧倒的に多く、ヒンズー教徒は北部に多くいます。イスラム教徒は東西の沿岸部に多く住んでいます。キリスト教徒は各地に点在しています。

 ただ、スリランカを旅して感じたのは、宗派は地区で分断されているというより、混在していることです。もちろん地域によって宗派の多数派・少数派はありますが、多くの町で仏教寺院、ヒンズー教寺院、イスラム教寺院(モスクあるいはマスジドといいます)、キリスト教会が近所で混在しており、それぞれの信者が集っています。少なくとも表面上、あからさまな宗派対立は感じられません。筆者の知るかぎり、これほど多宗派が併存している社会は、世界でもかなり珍しいと言えます。

 とはいえ多数派のシンハラ人主導のスリランカ政府は、実際にはそのメインの宗派である仏教を優遇しています。あからさまな宗派弾圧はされていないようですが、そうした政治的な差別はあるようです。

 2009年まで26年間にもおよんだ内戦は、シンハラ人主導の政府に対する一部のタミル人勢力の分離独立運動でした。仏教徒主体の中央政府とヒンズー教徒主体のゲリラの対立でしたが、民族主義が前面に出され、ゲリラも左翼の系譜でしたので、宗派対立の要素は比較的ありませんでした。

本稿(写真含む)に登場する場所を示す。凄惨なテロが起きたのはコロンボ(周辺含む)と東部のバッティカロア。イスラム教徒が多く住むのは東部のアンパラ、バッティカロア、トリンコマリー、西部のプッタラムなど。
本稿(写真含む)に登場する場所を示す。凄惨なテロが起きたのはコロンボ(周辺含む)と東部のバッティカロア。イスラム教徒が多く住むのは東部のアンパラ、バッティカロア、トリンコマリー、西部のプッタラムなど。

270人を殺害した連続爆破テロが発生

 ところが、そんな多宗派併存のスリランカで、宗教過激派による凄惨なテロが発生したことがあります。2019年4月、キリスト教のイースター(復活祭)の日に、9人のイスラム過激派グループが、中心都市コロンボとその近傍エリアの複数のキリスト教会、高級ホテル、ゲストハウス、集合住宅、さらに同国東海岸の町・バッティカロアの教会を連続爆破し、270人もの市民を殺害したのです。

 この過激派グループは、中東で一時期大きな勢力を持っていたイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)に繋がるグループで、シリアの戦場から帰還したメンバーもいました。スリランカのイスラム社会でもきわめて少数派のグループでしたが、それまでまったくイスラム過激派テロがなかったスリランカで、これだけのテロが起きたことは世界的な大事件でした。

 当時、ISのテロ人脈に関する分析記事を扱っていた筆者も、下記のような記事を執筆しました。

爆弾テロ実行犯のアジトがあった町へ

 こうした大規模テロが発生したとはいえ、スリランカのイスラム過激派組織はきわめて小規模のレアケースです。スリランカでイスラム教徒が多いのは、前述したように東西の沿岸部で、とくに東部のアンパラ、バッティカロア(南部のカッタンクディ含む)、トリンコマリー、西部のプッタラムなどです。

 たとえばプッタラムでは、テロの3か月前の同年1月、イスラム過激派のメンバー2人が逮捕され、彼らが隠匿していた100kgの爆薬と100個の起爆装置が警察に発見されるという事件が発生していました。テロ・グループの活動拠点がプッタラムにあったということです。実際、テロ実行犯の兄弟のアジトの存在も明らかになり、事件後に警察の捜索を受けています。

 今回、筆者はそのプッタラムにも足を延ばしてみました。町にはモスクが点在し、イスラム的な衣装の男女が多くいます。しかし、イスラム教徒だけというわけではなく、仏教寺院やキリスト教会も多く目にしました。

 テロ事件に対する意見を何人かの住民に聞いてみましたが、全員が非難しています。ただ、このテロ事件より以前に、仏教徒の過激派がイスラム教徒を襲撃した事件があったということで、そちらを非難する声も聞きました。

 街中で多宗派が平和裏に共存している様を見ていると、宗派対立の雰囲気はほとんど感じません。しかし、いずれの宗派にもごく少数の過激派がいるということなのでしょう。

中心都市・コロンボの中心街。ここより徒歩10分ほどのエリアに高級ホテルが多くあり、テロの標的になった。欧米人のキリスト教徒の観光客を狙ったものとみられる。
中心都市・コロンボの中心街。ここより徒歩10分ほどのエリアに高級ホテルが多くあり、テロの標的になった。欧米人のキリスト教徒の観光客を狙ったものとみられる。

スリランカは多宗派が混在している。筆者が訪問した時は、北部ジャフナ市の聖地「ナルル・カンダスワミ寺院」でスリランカのヒンズー教徒の最大の祭典が行われていた。ナジャフ市は住民のほとんどがヒンズー教徒だ。
スリランカは多宗派が混在している。筆者が訪問した時は、北部ジャフナ市の聖地「ナルル・カンダスワミ寺院」でスリランカのヒンズー教徒の最大の祭典が行われていた。ナジャフ市は住民のほとんどがヒンズー教徒だ。

筆者が訪問した時、たまたま仏教徒の最大の祭典もあった。日本でいえば京都のような仏教の聖地(仏陀の歯が納められているという仏歯寺がある)の町・キャンディ(世界遺産)にて開催中の「ペンヘラ祭り」に遭遇。
筆者が訪問した時、たまたま仏教徒の最大の祭典もあった。日本でいえば京都のような仏教の聖地(仏陀の歯が納められているという仏歯寺がある)の町・キャンディ(世界遺産)にて開催中の「ペンヘラ祭り」に遭遇。

多宗派混在とはいえ、中心都市コロンボでやはり多いのは仏教寺院。こちらはコロンボで最古の寺院であるガンガマーラ寺院。
多宗派混在とはいえ、中心都市コロンボでやはり多いのは仏教寺院。こちらはコロンボで最古の寺院であるガンガマーラ寺院。

内戦時代の「タミル・イーラム解放のトラ」の勢力圏の南端にあたるバブ二ヤ(本連載第3回で紹介)から南下した位置に、紀元前から仏教都市として栄えた町・アヌラーダプラがある(世界遺産)。仏教徒たちが参拝。
内戦時代の「タミル・イーラム解放のトラ」の勢力圏の南端にあたるバブ二ヤ(本連載第3回で紹介)から南下した位置に、紀元前から仏教都市として栄えた町・アヌラーダプラがある(世界遺産)。仏教徒たちが参拝。

スリランカには世界遺産が多い。こちらは有名な「シーギリヤロック」(別名「ライオンロック」)。経済破綻からの外貨稼ぎで外国人入場料がここ数年で急騰。スリランカ人は60円だが、外国人は約5000円。
スリランカには世界遺産が多い。こちらは有名な「シーギリヤロック」(別名「ライオンロック」)。経済破綻からの外貨稼ぎで外国人入場料がここ数年で急騰。スリランカ人は60円だが、外国人は約5000円。

スリランカでは犯罪組織による子供の人身売買が大きな社会問題になっている。こちらはプッタラムで見かけたSAFE財団(米国国際開発庁と連携。人身売買はじめさまざまな問題の救済にあたっている)の看板。
スリランカでは犯罪組織による子供の人身売買が大きな社会問題になっている。こちらはプッタラムで見かけたSAFE財団(米国国際開発庁と連携。人身売買はじめさまざまな問題の救済にあたっている)の看板。

スリランカのSIMを使うと、SMSで送られてきた国防省「国家反人身売買班」からのショート・メッセージ。人身売買への注意を喚起し、被害者に連絡を求めている。被害はとくに北部地域で多いそうだ。
スリランカのSIMを使うと、SMSで送られてきた国防省「国家反人身売買班」からのショート・メッセージ。人身売買への注意を喚起し、被害者に連絡を求めている。被害はとくに北部地域で多いそうだ。

スリランカでは日本の中古車が多く輸入されている。こちらはジャフナ市内で見かけた車両。
スリランカでは日本の中古車が多く輸入されている。こちらはジャフナ市内で見かけた車両。

テロ実行犯のアジトの一つからも近いプッタラム近傍のラグーン(礁湖)。テロ犯もこうした平和な光景を日々の暮らしの中で見ていたはず。狂信的過激思想の危険性に思いをはせた(本稿写真はすべて黒井文太郎撮影)
テロ実行犯のアジトの一つからも近いプッタラム近傍のラグーン(礁湖)。テロ犯もこうした平和な光景を日々の暮らしの中で見ていたはず。狂信的過激思想の危険性に思いをはせた(本稿写真はすべて黒井文太郎撮影)

※本連載は了

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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