大きく展開しつつある新潮社のコミック部門でのこの1年間の様々な変化
集英社、講談社、小学館の大手3社とはまだかなり水があいているが、新潮社のコミック部門は20年以上の歴史を持つ。2001年、『週刊少年ジャンプ』元編集長の堀江信彦氏を代表とする「コアミックス」という会社を立ち上げ、『週刊コミックバンチ』を創刊した。2010年に同誌は休刊、新潮社は翌年、マンガ部門を内製化する方針のもとに『月刊コミック@バンチ』を創刊した(後に『月刊コミックバンチ』に改題)。一方、コアミックスは徳間書店と組んで『月刊コミックゼノン』を創刊、後に同誌を自社発行とし、コミックを中心とした出版社として成長している。
その後、新潮社のコミック部門は2013年に「くらげバンチ」というデジタルマンガサイトを立ち上げ、紙と電子の両輪で作品数も増やしてきた。その中から映像化やヒット作品も生まれ、売り上げも拡大。2021年にはコミック事業本部という組織となった。20年余の取り組みが奏功して、近年、コミックへの参入を図っている他の中堅出版社に比べて頭一つ抜け出た存在になっている。
その新潮社のコミック部門に、この4月、幾つかの変化が訪れた。長年コミック部門に関わってきた里西哲哉氏が、副本部長から本部長に昇格。同時に『月刊コミックバンチ』が紙の雑誌としての発行を閉じた。
3月にその里西副本部長(当時。現在は本部長)に話を聞いた。
「3月21日に最後の紙の『月刊コミックバンチ』が出ますが、4月26日をめどに『コミックバンチKai』がスタートします。編集長によると、Kaiはオールの櫂、改めるの改といろいろかけてるのですが、新しく船出するという意味が込められています」
既存の「くらげバンチ」というサイトとの棲み分けはどうなるのか。
「『くらげバンチ』は、ライトな作品、趣味性の高い作品、コメディーやギャグが中心でしたが、『コミックバンチKai』は、ストーリー性、キャラクター性の高い作品を中心にチャレンジしていく。新潮社ならではのものを立ち上げていきたい、ということです。雑誌が厳しい中で、紙代や流通費も負担になっているので、ウェブ連載にして、作品づくりに注力するというのも一つの狙いです。
また紙の月刊誌だと物理的にひと月待たないと更新ができなかったわけですが、ウェブの場合、やろうと思えば毎週、作品の更新も可能なので、コミックスの刊行ペースも調整できるわけですね。
『月刊バンチ』には私も最初から関わってきたので寂しい気持ちはあります。でも世の中の流れを考えると、作家さんの考え方も昔ほど紙にこだわる方が減りました。読者の方もマンガをスマホで読むのに抵抗がほとんどなくなってきた感じです。そういうことから編集長も交代して、若返りを図ることになりました。
新編集長の西川有正は37歳ですが、一迅社から転職してきた編集者で、新潮社では『くらげバンチ』にいて、大ヒット作品の『極主夫道』などを担当してきました。アニメにも詳しい編集者です。
『極主夫道』のアニメはネットフリックスが制作し、13カ国に配信され、海外で去年すごい売り上げをあげました。今は、国内で作る時にアニメ化と海外展開というのはセットで考えていく。そういう時代ですね」(里西副本部長)
2023年から女性レーベルを立ち上げ
コミック事業本部では、2023年、女性ものの新レーベルも立ち上げた。
「レーベル名は『バンチコミックス コラル』です。コラルは日本語で珊瑚という意味で珊瑚は3月の誕生石の中でも特に女性のお守りとして愛されています。また、新潮社のレーベルは海に寄せてるんですね。そもそも会社が新潮社だし、『波』を出していたり、『くらげバンチ』とか、さっきの『Kai』も漕ぎ出すという意味で、何となくその海関係に統一してるんです。
今回のレーベル立ち上げで、新潮社がコミックスを出す時のレーベルは『BUNCH COMICS』と『バンチコミックス コラル』の2つになりました。作品の本数が毎月12本とか13本となってきたので、そろそろもう少し分けた方がいいのかもしれないと思っています。
『バンチコミックス コラル』では『おひとりさまホテル』という作品が売れています。女性がひとりで癒しを求めて高級ホテルだったり、クラシックホテルだったりに旅をするという内容ですが、女性向けとしてすごく評価をいただいています。
そのほか祥伝社から移籍してきた編集者が担当していたBLを扱ったコメディーが新潮社から出ることになり、タイトルが『絶対BLになる世界VS絶対BLになりたくない男』です」(同)
女性レーベル立ち上げの狙いはもうひとつあるという。
「青年誌というくくりでスタートしたにもかかわらず、結構女性が読む作品が多いんです。だけど、『このマンガがすごい』とか、オトコ編とか男女分けられてるマンガのランキングなんかでは、せっかく女性に支持されてるのに、男性の方にカウントされたりというのがよくありました。これを変えようというのもスタートした理由の一つです」(同)
女性レーベルの作品は、これまでどこの編集部が担当していたのだろうか。
「『おひとりさまホテル』は『月刊バンチ』の連載で、『絶対BLになる世界VS絶対BLになりたくない男』は『くらげバンチ』でした。編集部はこの2つのほかにもう一つあって、『デジタルコミック編集部』と言いますが、これは編集内のプロダクションですね。全員遊軍みたいな感じで『月刊バンチ』や『くらげバンチ』にも作品を提供しますし、めちゃコミやLINEマンガとかピッコマとか、外にも直接作品を提供している、そういう部署です。
ピッコマさんとかLINEで独占先行配信しても、結局は新潮社でコミックスにしていくことになるのですが、ピッコマさんとかLINEさんとかめちゃコミさんは読者の分析がしっかりしているんです。例えばめちゃコミさんは主婦の方が買ってるんで不倫ものとか溺愛ものが多いとか、コミックシーモアさんもどちらかといえば女性向けが強いとか、ピッコマとかLINEはウェブトゥーンはじめ規模が大きいので総合漫画雑誌的だとか、そこのサービスと情報交換してデータを提供してもらいながら、オーダーメイドで作るとか、だから編プロですよね。その部署は各サービスのデータを基に読者を明確にして作るんで、異世界ものとか流行っているものも含んでるんですが、要するに勝率が高いというか、失敗しない作品作りというのが、コンセプトです」(同)
女性向け作品は電子の方が売り上げが多いとよく言われるが、今の女性レーベルの作品はどうなるのか。
「女性向けに限らず、新潮社のコミックも紙より電子の売上が大きくなりました。業界全体で見ても電子はコミックで回ってるみたいな感じになっちゃってますね。電子は巻売りのほか話売りとか分冊売りとか、全部入れての数字ですけれど」(同)
新潮社では、新潮文庫などの作品のコミカライズをという話が元々あったが、それは今どうなっているのだろうか。
「『週刊コミックバンチ』の時代から、『眠狂四郎』とかコミカライズをやってましたが、正直に言うと、原作があってそれをマンガ化するというのはなかなか難しい。失敗例のほうが多いんですね。ノンフィクションは比較的成功率が高いと思うので、今、力を入れています。『ケーキの切れない非行少年たち』や『「子供を殺してください」という親たち』、北九州市の一家殺人事件とか、そういうダークな部分のノンフィクションはコミックにしても売れるので、ここは一つのジャンルとして力を入れています。
文芸もののコミカライズは、スタートから一緒に作らないとなかなか厳しい。『燃えよ剣』や『白い巨塔』などもやりましたが、なかなかコミックで数字が取りきれていません。
新潮社は、文芸資産はしっかりあるし、『新潮文庫nex』など、ちょっとライトな若年層向けのレーベルもあるので、連携については以前から考えてきましたが、ちょっと視点を変えて、小説の企画の段階で小説家とマンガ家と編集者が一緒になって作品のゴールまで見据えた展開をしていくような企画に挑戦したいと思っています。そうすれば、アニメ化映像化など、いろんな展開ももう少しやりやすくなるのかなと思います。
元々ライトノベルについては、ウェブサイトの『小説家になろう』『カクヨミ』とか、そういうサイトがいっぱいあって、出版社がそこから引っ張っていくわけですね。それを書籍化して、さらにマンガにするみたいな構造が今主流だと思うんですけど、だったら若い小説家の方と編集者、マンガ家さんとで、スタートから一緒に作るというコンセプトもあっていいんじゃないか。新潮社ならではのチャレンジになればいいなと思っています」(同)