シャンパーニュと日本の相思相愛 最高峰ブランド「SALON(サロン)」の庭での心温まる時間
最高級シャンパーニュと聞いて、どのような銘柄が思い浮かびますか?
シャンパーニュそのものが特別な飲み物というイメージですが、その中でも格別のプレステージを誇る銘柄があります。
ワイン通の方の口にのぼる高級シャンパーニュの一つが「SALON(サロン)」。ネットで検索するとわかりますが、1本が10万円を超えるシャンパーニュで、年間の生産本数は多くても6万本。しかも、優良なブドウが収穫できた年にしか作られず、1905年からこれまでの間にリリースされたのは43回。つまり3、4年に一度の割合でしか作られてきていないという、「幻の」という枕詞が使われるほどのシャンパーニュです。
シャンパーニュ産地の中でもとりわけ上質な白葡萄を産出することで知られるメニル・シュール・オジェという村に、「サロン」の本拠地(メゾン)があります。そこに去る5月16日、「日の丸」がはためいていました。
この日は、フランスで活躍する名だたる日本人シェフ、ソムリエの方々、そしてジャーナリストがメゾンに招かれ、「サロン」2012年ヴィンテージお披露目ランチ会が開かれました。幸運なことに、私も会に参加することができましたので、その様子をお伝えしたいと思います。
小さな村の一角にある「サロン」の中庭に入ると、社長のDidier Depond(ディディエ・ドゥポン)さんが両手を広げて、参加者を迎えてくれました。このシャンパーニュメゾンは一般の見学はできませんが、輸入業者など、いわゆるその道のプロ向けの迎賓館的な場所。外国からの訪問者も少なくありません。
けれどもコロナ禍の約2年間、そういう機会もほとんどないままでした。そしてここにきて、ようやく迎賓館としての貌を取り戻しつつあり、欧州委員会の面々を迎えた2日後に、日本人が招かれることに。つまり、このメゾンがいかに日本を大切に思っているかが伝わってきます。
「偉大なるワインの愛好家がいるように、私は日本の愛好家。もう2年以上日本に行くことができずにいましたが、ようやく7月に行かれます!」
と、開口一番、久々の日本行きを楽しみにしている想いを語ったドゥポン氏。それが叶えば、彼にとっては実に72回目の来日になるのだそうで、どれほど日本に親近感を抱いているかがわかります。
ところで、「サロン」の姉妹ブランド「DELAMOTTE(ドゥラモット)」も、ここが本拠地。「サロン」はまだ飲んだことがないけれども、「ドラモット」はお気に入りのシャンパーニュという方も多いのではないでしょうか? ドゥポン氏は2つのブランドの社長で、最高醸造責任者をはじめスタッフの方々も両方の仕事をしているので、「ドゥラモット」にも「サロン」の造りと精神が大いに反映されています。
優良なブドウが採れた年にしか「サロン」は作られない、と冒頭で書きましたが、「サロン」が作られない年のブドウはどこへ行くのか? と思った方もいらっしゃるでしょう。その答えは…。
そうです。「ドゥラモット」の醸造に使われるのです。
シャンパーニュ市場として、日本はとても重要な位置づけにあるというのはどのメゾンを訪ねても聞かれることです。加えて、高級シャンパーニュや通好みのものの需要が他国に比べて高い傾向にあり、「サロン」、「ドゥラモット」のようなこだわりのシャンパーニュは日本人が求めるところ。「ドゥラモット」の日本での消費量はフランスでのそれを上回るほどなのだとか。つまりこのメゾンと日本とは長きにわたって相思相愛の関係にあるのです。
昼食会は、「サロンの庭」と呼ばれるブドウ畑の中で行われました。この畑は、「サロン」の創始者ウジェーヌ=エメ・サロン氏が、まずは自分自身が納得する最高のシャンパーニュを作りたいという思いで白羽の矢を立てた畑。ここからメゾンの歴史が始まった特別な場所です。
5月の陽光を浴びて日一日と成長し続ける緑の畑の一角にテントが設置され、ミュージシャンが陽気なジャズを奏でるというお膳立て。まずはキリリと冷えた「ドゥラモット ブリュット」のグラスから幸せな時間がスタートしました。
※ランチの様子は、メゾンの熟成カーブなどとともにこちらの動画からご覧いただけます。
「ドゥラモット」は数年間、「サロン」になるとほぼ10年間、蔵の中でじっくりと寝かせて熟成させた上で初めて世に出るというシャンパーニュ。蔵出し直後の今はもちろん美味しい上に、20年後、30年後、40年後もまた美味しいという驚異の飲み物です。
「偉大なるワインというのは、ポテンシャルがあるかどうかです」と、ドゥポン氏は言います。その証拠に、この席でふるまわれた「サロン」の1997年ヴィンテージの素晴らしいこと!
収穫されてから25年も経っているのに、「若い」と形容されるほどにフレッシュさがあり、しかも若さだけでは表現できない玄妙な味わいに思わず唸ってしまうほどです。
「ごく少量しか作っていない貴重なシャンパーニュ。完璧なワインです。今日、私は皆さんと一緒にいただきます。誰とでも、というわけではないのです」
と、ドゥポン氏。
「高価なワインも一緒に飲む相手によってはつまらないものになりかねない。一方、とても安価なワインでも、分かち合う相手によってたちまち素晴らしいものになります。この偉大なるワインを、大好きな人たちを分かち合うこと。それは実に素晴らしいことです」
「大好きな人たち」とドゥポン氏が言うパリ在住の日本人シェフ、ソムリエの皆さんは、まさに日本のシャンパーニュ愛好家の代表です。日本とフランス、二つの国の間の渡航はまだ以前のようなスムーズなものではありませんが、ドゥポン氏の来日が可能になるなど、長いトンネルの先に光が見えています。
100年、200年という年月の間には、戦争も疫病もあり、それは決して過去だけのものではないということを私たちはいま実感しています。
だからこそ、先代からの土地で美酒を育み届ける人がいて、それを愛でる人が、1万キロメートル離れていても心を通い合わせることができるということの尊さを、この貴重なシャンパーニュが私たちにあらためて語りかけてくれるようです。