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EU崩壊の危機!?イタリア憲法改正をめぐる状況

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)
イタリアのマッテオ・レンツィ首相(写真:ロイター/アフロ)

今年最後の国際政治大一番?

さて、今年は5月にイギリスでは、EU離脱についての国民投票があり、11月にはアメリカで大統領選挙がありました。どちらも大方の予想を覆し、成熟した民主主義国である英米という両国で、保護主義、反資本主義の傾向が見られました。

ところで、実は今年の最後に、もう一つ大きな政治の重要日程が待っています。それはイタリアで憲法改正についての国民投票が、12月4日に実施されるのです。

問題児国家イタリア

イタリアという国は、「PIGS」という不名誉なグループでくくられてしまうくらいなので、G8やEUの中でもかなり問題児といっていい国です。戦後これまでずっと多党制により政権は不安定でころころ首相(正式名称を閣僚評議会議長といいます)がコロコロ変わります。イタリアでは、「ボンジョルノ!今日の首相は誰だっけ?」というジョークがあるくらいです。加えて、慢性的な財政赤字でEUに加入するときも対GDPの債務残高3%を達成するのに非常に苦労をしていました。日本と同じく高齢化が進んでおり、年金制度がかなり危なっかしい状況です。加えて、政治は腐敗しており、マフィアやカモッラ、ンドラゲタといった不法集団が政治や経済の中枢に入り込んでいて、現職の総理大臣や判事が暗殺されていたのもそう遠い昔の話ではありません。工業を中心に発展してきた北部と農業地帯の南部の経済格差が大きく、北部だけで独立するのだという北部同盟というグループまでいます。加えて、他の西欧諸国と同じように移民問題などにも頭を悩ませています。

これだけ多くの問題を抱えているので、戦後イタリア政治史をざーっと見渡すと、ほとんどの内閣が改革の必要に迫られている状況です。そしてその多くが頓挫し挫折し続けているのです。

そこで、そもそも一つ一つのイシューも大事だが、まずやるべきは物事を決めるしくみ、統治のシステムから変える必要があるのではないか?ということになってきます。そうです。問題は、国のガバナンスなのです。

イタリアの二院制

イタリアは事実上の議院内閣制を採用しているのですが、戦前にムッソリーニのファシスト政権を生み出してしまったということへの反省から、権力の分立を必要以上に行っていて、上院である元老院と下院である代議院の権限が対等なのです。民意の暴走を防ぐしくみです。

こうなりますと、暴走は防げるものの、上院と下院でねじれが生じた場合には法案が通過しづらくなり、「決められない政治」を生み出してしまうのです。ねじれ国会による議会の機能不全については、憲法からみる二院制 参議院の優越とは?をあわせてお読みください。

そこで、議会の改革を行おうという取り組みは以前からあり、最近だと2005年にも憲法改革案が提出されて議会は通過したのですが、国民投票で否決されてしまいました。

イタリア上院改革案

今回、現行のレンツィ政権が提出したのは、またもや議会の改革を含む憲法改正案でして、大きくいって以下のような点が主要な改変項目となっています。

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  • 上院議員の定数を315から100にまで削減する
  • 上院議員の選出方法につき、国民の直接選挙だったものを、100人のうち95人については、州議会議員やコムーネと呼ばれる市区町村のような基礎自治体の長から選出する(残りの5人は大統領指名による終身議員)
  • 両院がこれまで対等に保有していた議決権だが、一部法案については下院の優先議決権を認める
  • 上院も内閣不信任案の議決をすることができたが、今後は内閣(閣僚評議会)は、下院に対してのみ責任を持つこととし、したがって上院の内閣不信任案議決権をなくす

といった具合です。

今回の法案も両院を通過し、そうやって12月4日の国民投票にまでこぎつけたわけですが、当初は世論調査において70%がこの憲法改正を支持するという結果が出ていました。そこで、自信を見せたレンツィ首相が、「この憲法改正が否決されたら!オレは首相を辞めるぞ、ジョジョ〜!」と、勢いあまって、つい言ってしまったのです。

しかし。みるみるうちに、反対派が勢いを見せはじめ、直近の世論調査では、反対が賛成を11ポイント上回っているものもあります。何やらイギリスの例がフラッシュバックしてきます。

イタリアでも広がるポピュリズムのうねり

その背景には、もちろんイギリスのEU離脱などがあるのですが、それ以上に注目すべきは、五つ星運動と呼ばれる新興政党の躍進があります。

五つ星運動は、2009年に元コメディアンのベッペ・グリッロ氏が立ち上げた、極めて新しい政党です。そのころは、アイルランドやギリシャから起こったユーロ危機の真っ只中で、当時のモンティ政権が行った経済改革により、イタリア国中に雇用不安や増税による国民の苦悩が渦巻いていました。そんな中、中流層・下流層の間で急速に支持を拡大していったのが、五つ星運動でした。

党名の由来であり、シンボルでもある五つの星は、社会が守り抜くべき概念(発展・水資源・持続可能性のある交通・環境主義・インターネット社会)を指しており、EUに対しては懐疑的な姿勢を示し、離脱を訴えています。どちらかというと、トランプよりもサンダースの主張に近い「左派ポピュリズム政党」といっていいでしょう。

そして何よりも、元コメディアンのグリッロ氏の、既存の政治家とは一味違った、国民に直截語りかけるパフォーマンスが大衆に受けているのです。

大衆の支持を受けた五つ星運動は急速に勢力を拡大し、2013年に行われた総選挙で与党である民主党に続く第2政党にまで躍り出てしまいました。さらには、今年6月に行われた地方の市長選で、ローマとトリノで女性市長が誕生したことは記憶に新しいでしょう。

今回の憲法改正に対し、この五つ星運動が批判の声を上げていることが、世論の傾きの大きな要因となっているのです。

レンツィ首相は否決されたら辞職すると表明してしまっているため、もし仮に否決されるとなると、2017年に総選挙が行われ、その結果、五つ星運動が政権を獲ることだって大いにありえます。その場合、彼らはEUからの離脱を主張しているため、イギリスと同じようなEU離脱の国民投票を実施することもありえます(ただし、イタリア憲法は国民投票による条約破棄を禁止しているため、その前に憲法改正が必要)。

2017年、再びヨーロッパから目が離せない

GDP世界8位、EU内4位(イギリス含む)のイタリアがEUやユーロから離脱した場合、EUはさらなる不透明な状況に入ります。そして2017年は、3月にはオランダで総選挙、5月にフランス大統領選挙、6月にフランス国民議会選挙、9月にはドイツ連邦議会選挙が控えています。

オランダでウィルダース率いる自由党が政権を取り、フランスでマリー・ルペン氏が大統領になり、ドイツのための選択肢が躍進した場合、イギリスに続いて、イタリア、オランダ、フランスがEUから離脱する可能性もないとはいえないのです。そうなればEUが崩壊するのは明らかでしょう。

世界秩序が崩れるのはヨーロッパからとなってしまうかもしれません。アメリカ大統領選にしばらく目を奪われていましたが、2017年はまたヨーロッパにしっかりと注視していく必要があるでしょう。

まずは12月4日。イタリアの国民投票に注目です。

弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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