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子どもに対する「喫煙防止」教育の重要性〜京都府での活動から

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 タバコを習慣的に吸い始めるのは未成年からが多い。そのため、タバコ対策では子どもに対して喫煙防止を働きかけ、成人してからもタバコに手を伸ばさないようにすることが大切だ。今回の記事では、京都府の学校現場で積極的に喫煙防止授業を行っているNPO法人の活動を紹介したい。

子どもへの喫煙防止教育はなぜ大切か

 成人前のまだ年齢が低い間にタバコを吸い始めると、短期間でニコチン依存の状態になる。中学生くらいの年齢でタバコを吸い始めると、数週間から数か月間でタバコを止めることが困難になる(※1)。また、喫煙者の8〜9割が未成年からタバコを吸い始め、世界各国の青少年の喫煙者を対象にした調査によれば、その半分以上がタバコを止めたがっているようだ(※2)。

 日本でもタバコを止められなくなっている子どもが少なくない。禁煙外来を受診する未成年者の数も増えているようだ。このため、子どもに対する喫煙防止教育や禁煙治療はこれからも重要と考えられる。

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喫煙者が最初にタバコを吸った年齢(左)、毎日タバコを吸う喫煙者の最初にタバコを吸った年齢(中)、毎日タバコを吸う喫煙者が毎日タバコを吸うようになった年齢(右)。青は18歳以下、赤は26歳以下、緑は26歳以上。Via:米国で行われた「薬物使用と健康に関する全国調査(National Survey on Drug Use and Health)2010年」より(※3)

京都府での活動とは

 子どもや未成年者、社会人を対象にした喫煙防止教育を行っている個人や団体は全国に多いが、京都で熱心に活動しているのがNPO法人京都禁煙推進研究会(タバコフリー京都)だ。タバコフリーは「タバコのない」という意味で、京都の喫煙防止授業は京都の医師らが保健所、大学などと協力して2001年に始まり、その後、医師会や教育委員会などからの協力で事業化したタバコフリーキャラバンが母胎になっている。

 京都タバコフリー授業は、京都府の約90校、約1万人の小中高校生に対して行われ、医療関係者以外にも学生ボランティアや地域の保健師などが参加し、多種多様な講師による喫煙防止教育になっているようだ。同NPO法人にメールで質問し、喫煙防止教育について聞いた(※4)。

──京都府における子どもの喫煙状況、この十数年ほどの推移、問題点について教えてください。

同NPO法人「子どもの喫煙は減っています(※5)。減ってきたために、学校が『今、生徒が喫煙しないので、教育の必要がない』と思い、禁煙(無煙)教育がおろそかにされている、と私は感じています。また、せっかく、生徒さんたちに、知識を伝えて、それを家庭で伝えてもらうようにしても、『がんになるし止めなあかんで』みたいな伝え方になることで、『大人のことに口出しするな』と怒られるケースもあり、吸っている人への伝え方(例えば、注意するのではなく応援しよう)も一緒に伝える必要があります」

──喫煙防止教育に対する学校側や保護者の態度・反応などについてはどうでしょうか。

同NPO法人「無煙教育がおろそかになってきている、防煙授業申込みがやや低下してきている一方、継続して参観日に実施している二つの小学校では親同士の情報が伝わり、どんな授業なのかと参観者が増え、喫煙中の親が参観に来るという状況もあります。禁煙を考える機会になったり、『この授業のために昨日から吸ってない、CO測定してみたい』など体験コーナーに一緒に参加し、子どもは喫煙する親が参加してくれたことに笑顔になったり。これらの学校では防煙授業の家庭への案内にも工夫をされています(喫煙者を責めない。タバコは怖いなどと表現しない)。授業後、家庭に戻り、子どもの応援や情報伝達で禁煙外来を受診した親もいます」

──子どもを対象にした喫煙防止教育は、ともすればタバコへの興味をいたずらに刺激し、喫煙へのゲートウエイにもなりかねない、といった指摘もありますが、そうならないためにはどうすればいいとお考えでしょうか。

同NPO法人「一つは、生徒自身に考えてもらうことです。こちらが『○○だからタバコを吸わないようにしよう』と答えを提示することで、一部の生徒にとっては、呼び水になり、却って、喫煙にチャレンジする気持ちを持たせてしまうからです。ですから、タバコを断る一言をコンテスト形式にして生徒に考えてもらうと、思いつかなかった生徒にも、同じ仲間から出された言葉は響く可能性があります。自分のことは自分で決めることを意識してもらいます。また、後戻りできないこと(タバコの場合は依存症になること)に挑戦する意味を考えてもらいます。総じて、こちらが行動を指示するのではなく、タバコのことを知って、皆さんはどういう行動を取ろうと思いますか、という問いかけに留めることで、専門家という大人からのウエから目線だったり、やらされ感だったり、自由のなさを体現するのではなく、自分で決めるように促すことが大切だと思います」

記憶に残る喫煙防止教育

──喫煙防止教育をした後、アンケートなど子どもからの反応はどのようなものがありましたか。

同NPO法人「受動喫煙を人権問題と捉え、人に迷惑を掛けたくないから吸わない、というのは日本人的ですが、性格としてのsupporter(※6)が強い人には響く伝え方です。また、経済的側面からのタバコについても伝えていますが、経済的損失(税収より医療費が掛かっている)を説くのではなく、タバコで生活をしている人がいて、それは明治時代に国が売る仕組みを作ったことによるもので、吸っている人も、売っている人も、作っている人も(個人的にはタバコ産業は許せませんが)悪くないと伝えることで、未来志向で、自分たちがそういったものをなくしていくんだ、ということを感想に書いてくれることもあり、そういう文言はとても嬉しいです」

──反応として特徴的で印象に残っている言葉などあれば教えてください。

同NPO法人「具体的な言葉としては『僕は20歳になっても吸わない! そしてみんなに伝える事が大切だと思う』『優しく応援したい』『今まで学校で身体への影響を習っていたが、世界との違いや、タバコの止め方などの話はあまり聞いた事がない』などの声が多くあります。大きな事はできなくても、個々に吸い始めないことで社会は変わるという事に気付くことが大切だと思っています」

──喫煙防止教育を受けた生徒は、成人してからも授業のことを覚えているのでしょうか。

同NPO法人「この授業を受けて5~10年以上経過した若者に数人出会ったことがあります。『この授業受けたこと覚えている。大きなタバコやタール瓶見た』『断る言葉や応援の言葉書いたよ、優秀作品に選ばれた! あの時のこと覚えてる』『もちろん、彼氏はタバコ吸わない人です』という感想を聞くことができました。模型を見たり触ったり、実際に言葉を考えたりする事は子どもたちの記憶に残っているようです」

──家族の喫煙状況、経済環境、家庭環境など、子どもと喫煙の関係は複雑だと想像しますが、タバコ問題の根深さとどうつながり、社会問題として子どもに対してどう臨めばいいとお考えですか。

同NPO法人「子どもとして、一番、身近な家族の喫煙が大きな影響を与えていると思いますが、どこの地区でも40%以上の喫煙率はあるように思います。大人、社会のタバコに対する認識、特に『嗜好品である』とか『ストレスを解消する』という誤解により、タバコの社会的認知が歪んでいることが、社会的には一番の問題かもしれません」

──そうした問題をどう伝えたらいいのでしょう。

同NPO法人「それには、好きで吸っているのではなく薬物依存になってしまっているということや、タバコが解消するストレスは、ニコチン切れだけであり、もとを正せば、タバコを吸うから余計なストレスを背負い込んでいる、ということを理解してもらうことが大切だと思います。タバコを吸う人の喫煙開始年齢は、古い日本のデータでは、18歳以下が50%、20歳以下が90%で、25歳以上で吸い始めた人は2%といわれていますから(※7)、如何にその年齢までに、興味本位で試し吸いをさせないかが大切だと思います。また、小中での教育も大切ですが、高校から大学にかけて、タバコ産業のマーケティング戦略や、受動喫煙の人権問題などを、自分事として、考える機会を作ることが大切だと思っています」

──加熱式タバコや電子タバコなど、新型タバコが子どもへ与える影響はどうでしょうか。

同NPO法人「デバイスさえ手に入れば、恐らく、紙巻きタバコより、刺激性が少ないため、喫煙習慣が早期に根付くことが危惧されます。アメリカでの電子タバコ『JUUL(ジュール)』の未成年者への拡がりがその証明になっていると思います。タバコ会社による『有害物質がほとんど出ないから安全』とか『煙が出ないから受動喫煙の危険性はない』というプロパガンダが浸透していることで、子供の前で加熱式タバコを吸う喫煙者も少なくないので、子どもが受動喫煙の被害に遭うリスクが高まる可能性があります」

 タバコに対する正しい知識は、自分や身近な人の健康について正しく知ることにもつながる。未成年者に対し、タバコを吸わない態度やタバコについての知識、将来にわたって役立つヘルス・リテラシーを一緒に考えつつ、正確な健康情報を正しく判断できるスキルを身につけてもらうことも喫煙防止教育の目的の一つだ。

 次回は、神奈川県で長く喫煙防止の講話を続けている医師の活動を紹介したい。

※1:Sherry A. Everett, et al., "Initiation of Cigarette Smoking and Subsequent Smoking Behavior among U.S. High School Students." Preventive Medicine, Vol.29, 327-333, 1999

※2:Rene A. Arrazola, et al., "Current Tobacco Smoking and Desire to Quit Smoking Among Students Aged 13-15 Years ─ Global Youth Tobacco Survey, 61 Countries, 2012-2015." Morbidity and Mortality Weekly Report, Vol.66(20), 533-537, 2017

※3:U.S. Department of Health and Human Services, "Preventing Tobacco Use Among Youth and Young Adults." A Report of the Surgeon General, 2012

※4:NPO法人京都禁煙推進研究会:理事長 土井たかし、同理事 青木篤子、同理事 栗岡成人

※5:全国的には2000年前後に高校生では男子で約半数、女子では約3分の1に喫煙経験があったが、2014年には喫煙経験は高校生の男子で12%弱、女子で6%弱に減っている。京都府南部の高校の調査では、2000年と2010年で、男子の非喫煙者は、43.3%から77.5%に、女子の非喫煙者は、72.7%から88.0%に増加した。一方、常習喫煙者は、22.3%から4.0%に減少している

※6:コーチングのタイプ分け:supporter(サポーター)は「人を援助することを好み、協力関係を大事にする」。他のタイプにプロモーター(promoter)、アナライザー(analyzer)、コントローラー(controller)がある

※7:日本赤十字社和歌山医療センターの池上達義先生の調査

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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