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生物はいつ「羽毛」を獲得したのか〜「体毛」の薄い我々ヒトを考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 寒くなりダウンジャケットを着た人を見かけるようになったが、我々ヒトにはほとんど体毛がないため、衣服の助けを借りざるを得ない。ダウンとは主にガチョウの羽毛(Feather)で、鳥類や哺乳類にはこうした羽毛や体毛が生えていることが多い。だが、生物進化の過程でいつ羽毛や体毛が出現したのか、いまだに議論が続いている。

翼の起源はいつなのか

 先日、空を飛ぶ爬虫類の翼竜にも羽毛があったという論文(※1)が出たが、この化石はジュラ紀(約1億6000万年前)のものらしい。だが、すでに現在の鳥類の羽に似た構造を持つ生物は、ジュラ紀の前の三畳紀(後期、約2億3700万〜2億130万年前)に出現していた。

 ロンギスクアマ(Longsquama)という絶滅した爬虫類の仲間だ。ロンギスクアマが翼を使って空を飛んだ最初の脊椎動物と主張する研究者もいて、古生物学者の間ではこの羽のような構造物とその機能について議論になっている(※2)。

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キルギスタンの三畳紀(後期)の地層(Madygen Formation)から発見されたロンギスクアマの想像図。左右に対で広がる滑空翼のような構造だったのかもしれない。Illustration:John Ruben and Terry Jones, Oregon State University

 恐竜にも羽毛が生えていたという事実はすでに広く知られているが、現在の鳥類に進化したと考えられている獣脚類(ティラノサウルスやヴェロキラプトルなどを含む恐竜の種類)の化石に羽毛の痕跡が多く確認されている。恐竜の羽毛ではモフモフしているものもあり(※3)、また同じ種類の恐竜でも羽毛型とウロコ型がいるものもいたらしい(※4)。

 脊椎動物の進化で歯については、魚類の祖先が現れたかなり早い時期(約4億2000万年前)に備わったと考えられている(※5)。だが、魚類のウロコとは別の、外皮に生える羽毛や体毛の起源はいつ頃なのか、実はまだよくわかっていない。遅くともロンギスクアマがいた頃には、すでに羽毛か体毛のようなものを持った生物が地球上に出現していたはずだ。

歯と外皮の進化の関係は

 羽毛は恐竜から鳥類へ、体毛は哺乳類の祖先から連綿と受け継がれてきた。有性生殖で受精して生命が発生すると、卵生胎生に関係なく、各器官を形成する細胞と同じ遺伝子の調節過程(Wnt/βカテニンのシグナル伝達)をたどって羽毛や体毛、ウロコになる。

 鳥類は身体に羽毛が生えるが、脚はウロコでおおわれる種がほとんどだ。鳥類で羽毛とウロコが併存することは、前述した羽毛型とウロコ型がいたジュラ紀の恐竜とのつながりも示唆される(※4)。

 我々ヒトの場合、胎児には、受精後5カ月くらいで全身に毳毛(ぜいもう)という産毛が生え始めるが、出産前までに頭髪以外がほとんど抜け落ちる。寒いと「鳥肌」が立ったり恐怖で頭の毛が「総毛立つ」ということもあるが、これは皮膚の下にある立毛筋(起毛筋)という筋肉が収縮して起こる現象だ(※6)。

 哺乳類の発生過程の場合、外皮にある皮膚腺と発毛させる毛包(もうほう、Hair Follicle)という器官に関係があり、前述したWnt/βカテニンのシグナル伝達が関与する。だが、別々の器官である皮膚腺と毛包の発生が、その過程でどのように重なり合うようになるのかもまだよくわかっていない。

 一方、恐竜についての研究では、生殖戦略など外界へアピールする羽毛の役割に注目する論文も多い(※7)。

 羽毛にせよ体毛にせよ外皮から生えているわけで、生物はすべからく外皮によって内界と外界を分け、外界からの刺激をセンシングしながら内界をコントロールし、あるいは外界の変化に内界を適応させつつ生存してきた。また、恐竜のように、何らかのアピールを内界から外皮を通じて外界へ発信するようなことも行ってきたのだ。

 実験動物を使った研究では、Wnt/βカテニンの経路シグナル伝達を遺伝子操作することにより、発生過程で歯の欠損と体毛の欠損に関係があることもわかっている(※8)。約4億2000万年前のオルドビス紀に出現した脊椎動物の先祖が歯を獲得し、爬虫類や鳥類の羽毛や哺乳類の体毛が先祖の外皮(ウロコ)から進化したとすれば、羽毛や体毛の起源も歯と同じくらい古いと考えることもできそうだ(※9)。

 恐竜は外界へのアピールや保温(?)のために羽毛を使い、やがて空を飛ぶための翼を獲得して鳥類になった。一方、ほぼ体毛を失った我々ヒトは、寒さに震えてダウン(鳥類の羽毛)をまといつつ冬を過ごしている。

 進化とは不思議なものだが、我々ヒトが裸になったのは内界を変えずに外界を変えようとしてきたからともいえる。そう考えると、羽毛や体毛の機能や我々ヒトが体毛を失った理由には深い意味があるのかもしれない。

※1:Zixiao Yang, et al., "Pterosaur integumentary structures with complex feather-like branching." nature ecology & evolution, Vol.3, 24-30, 2019

※2:Sebastioan Voigt, et al., "Feather-like development of Triassic diapsid skin appendages." Naturwissenschaften, Vol.96, 81-86, 2009

※3:Evan T. Saitta, Rebecca Gelernter, Jakob Vinther, "Additional information on the primitive contour and wing feathering of paravian dinosaurs." Palaentology, DOI: 10.1111/pala.12342, 2017

※4:Pascal Godefroit, et al., "A Jurassic ornithischian dinosaur from Siberia with both feathers and scales." Science, Vol.345, Issue6195, 451-455, 2014

※5:Martin Rucklin, et al., "Development of teeth and jaws in the earliest jawed vertebrates." nature, Vol.491, 748-751, 2012

※6:Ralf Paus, et al., "The Biology of Hair Follicles." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.341, 491-497, 1999

※7-1:Walter S. Persons IV, et al., "Bristles before down: A new perspective on the functional origin of feathers." EVOLUTION, Vol.69, Issue4, 857-862, 2015

※7-2:Graeme D. Ruxton, et al., "A continued role for signaling functions in the early evolution of feathers." EVOLUTION, Vol.71, Issue3, 797-799, 2017

※8:Thomas Andl, et al., "WNT Signals Are Required for the Initiation of Hair Follicle Development." Developmental Cell, Vol.2, 643-653, 2002

※9:Danielle Dhouailly, et al., "Getting to the root of scales, feather and hair: As deep as odontodes?" Experimental Dermatology, doi.org/10.1111/exd.13391, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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