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新学習指導要領で英語も変わったといわれるが、「生徒のニーズはテストで点数をとること」に変わりない

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:ohayou/イメージマート)

 今年4月から中学校でも新学習指導要領が本格実施となった。英語科でも従来とは違って「話す」ことにも重点を置く内容になっているが、それでも生徒のニーズに大きな変化はない。大手学習塾を展開する花まるグループの進学塾部門である「スクールFC」の教務部英語科教科長の大中康弘氏に聞いた。

|受験というニーズに合わせる

――新学習指導要領が中学校でも今年4月から全面実施になりましたが、学習塾でも新学習指導要領は意識するものなのでしょうか。

大中 意識しないとは言いにくい部分があります。塾のカリキュラムは受験に向けて作られるので、上位層を見ればあまり影響がないようにも思えます。ただ、「先取り」は行いにくくなったので、新たにカリキュラムを作り直さなければいけない面もあります。学習指導要領の影響は大きいですが、学校のように授業しているわけではないので、「それ学校でやった」とか「やっていない」という反応をみて新しい学習指導要領がこういうふうに変わっているのかなと感じはします。「一年生のその時点でもうcanを習ったの?」という風に。ここから塾のテキストやカリキュラムもアジャストが始まっていくとは思います。

――新学習指導要領では「話す」ことに重点が移っているようで、それは大きな変化だと思えます。学習塾としても「話す」ことに重きを置いているのでしょうか。

大中 そうしたいところではあるのですが現状では難しさもあります。そこに生徒のニーズがあるのかどうかを図りづらいのと、教えなければいけないことの多さにスピーキングまで手が回りづらいということの2つが大きくあります。生徒のニーズはまずテストで点数をとるための知識を得ることなので、まだ「話す」ということへの意識や要望が強まってはいないように感じます。これからそうなっていくかもしれませんし、やってみないとわからないということもありますが。(東京では2023年度の入試よりスピーキングを課すとのことでした。これによって機運が変わってくるかもしれません)

――学習指導要領が変わってもテストや入試には影響がないということですか。

大中 遠因としてはあると思います。学習塾の授業が大きく変わるには、まずはテストや入試が変わる必要があります。「話す力」をAIとかで公平に正確に採点できるようになればいいのでしょうが、それをマンパワーでやるのは現在のところ難しさもあるのではないでしょうか。新学習指導要領で「話す」に重きがおかれたからといって、それを採点する方法が不十分では入試にも反映しづらいのだと思います。

――そうであれば、ペーパーテストで点数をとるという学習塾の指導方針に変わりはないということですね。それが、生徒のメリットになる。

大中 現状ではそうだと思います。ただ塾や予備校によっていろいろな施策(4技能対策など)があるのも事実です。新学習指導要領では先生は英語で説明し、生徒も英語で話すことが、強制ではないとしても、奨励されています。学校の先生がやらなければならないことや要求される知識や技能も増えるので、まだ混乱があると思います。塾もそういう重荷を背負っていかなければいけなくなるかもしれませんが、まだそういう「大波」は襲ってきていません。

 すでに、そのような授業を小中学校ではやっているようですが、「英語で説明されても理解できない」という生徒の反応がけっこうあるようです。そうやって学校で理解できない子たちが、学習塾にやってくるわけです。だから学習塾での授業は、日本語だし、説明的にならざるをえない部分もあります。「これはこういう意味で、こういう順番に並べると文がつくれるよ」といった説明です。乱暴に言ってしまえば「旧来型」ということになってしまいますが、そういった「旧来型」の英語の授業の価値を見直す、ということもまた起こりうるのではないでしょうか。子どもたちも、そういう説明を求めて学習塾にやってくるので、学校でやっている新学習指導要領が求めている英語で話すことが、塾でもまた主体になってしまっては納得してもらえない部分も出てきてしまう、という現状があります。

――学校で新学習指導要領が求めているような授業をやっていると、受験に対応できなくなるのでしょうか。

大中 時がたつにつれ最適化されて、互いに歩み寄っていくのだとは思いますが、そういったケースは起こりうると私は思っています。

――大学受験でも民間試験を導入して「話す」ことも採点する試験にしようとしましたが、結局は中止されました。

大中 いったん、「挫折した」というと言い過ぎかもしれませんが、落ち着いて考え直してみようという段階だと思っています。私の感覚としては、「話す」ことの採点はとても難しいだろう思っていたので、うまくいかないパターンもあるだろうとは考えていました。

――学習指導要領では、ずっと「英語でコミュニケーションがとれるようにする」ことを目標にしてきています。新学習指導要領でも同じですが、それを一歩進めるために「話す」ことを重視する内容になっているようです。

大中 正直に言って、学校の授業で話す機会を多くしたら話せるようになる、という発想はちょっといただけないな、という反感はありました。外国語の習得にはかなり複雑な要素が絡み合っているので、単純に考えすぎていやしないか、と。私自身の経験でも、英語で話せるようになるために訓練した時期がありましたが、かなりの苦行でした。それでもやりたい理由が私にはあったので、やれました。それを中学生に、しかも全員に課すというのは…。いろいろな子が外国語に対してはいろいろなとらえ方をするわけですし、学力が伸びていくスピードも様々ですから。

――新学習指導要領では中学校で英語の語彙は1800語を学ぶことになっています。ただし、そこには教え方の濃淡があっていいように書いてあるんですが、どの語彙が濃なのか淡なのかは示されていません。新学習指導要領を実践しようとすれば、教員は迷うのではないかと思います。

山中 濃淡があっていい、とは、とくに難関校では考えないのではないでしょうか。1800語をやったことになっているから、入試問題には出しますよ、となると思います。さらにその上のレベルが出てくる可能性も上がります。もともと難関校向けに構えている塾はそれほどいろいろと調節しなくて済む、という楽さはあるのかもしれませんが、学校の学習を補助するスタイルの塾ではいろいろ大変な部分も出てくると思います。「出された範囲は全部カバーできるようにやりなさい」と多くの塾は教えます。そのほうが、受験という子どもたちのニーズにも合致していているとはいえるかもしれませんが、大変になるのはほかでもない子どもたちだと思います。かさの増えた範囲をカバーしきるために、小学生から塾で英語の授業をとる、というケースも増えると思います。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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