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勝てなくなったエース 桃田賢斗に何が起きているのか

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
東京体育館での世界選手権。2回戦で敗退した桃田賢斗(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

勝てない。もろい。立て直すことができない。バドミントン男子シングルスのエースで世界ランク2位の桃田賢斗(28歳、NTT東日本)が、第2シードとして登場した世界選手権の2回戦で世界ランク18位のインド選手にストレート負けを喫し、早くも姿を消した。

2018年9月から2021年11月まで3年2カ月(121週間)連続で世界ランキング1位になり、2019年には国際大会11大会を制してギネスにも認定されるなど無双を誇ったが、昨夏の東京五輪ではまさかの1次リーグ敗退。今年に入ってからもツアーやアジア選手権で1回戦負けが相次いでいた。

2020年1月に遠征先のマレーシアで交通事故に見舞われてから2年半あまり。桃田に何が起きているのか。

■「世界の男子シングルスは変わった」 朴HCが指摘

7月下旬、熊本で行われた日本代表合宿。桃田は精力的に汗を流していた。フィジカルトレーニングでは1つも手を抜くことなく体をいじめ、羽を打つ練習ではスタンドで見学する子供たちの前で真剣な姿を見せていた。きびきびした動作を長時間繰り返す様子やシャトルの正確性は眼福だった。東京で開催される世界選手権で、五輪のリベンジだ、という気概も見えた。

相手の出方をうかがいながら試合に入った
相手の出方をうかがいながら試合に入った写真:西村尚己/アフロスポーツ

ただ、合宿地で取材に応じた日本代表の朴主奉ヘッドコーチ(HC)が語る世界の趨勢や、桃田の現状を聞くと、決して晴れた空のような状況ではないことが分かった。

「世界の男子シングルスは変わった。今はパワー、スピードのゲームになっている」

朴HCが指摘した「パワーとスピードのゲーム」を体現している代表的な選手は、現在世界ランク1位のビクトル・アクセルセン(28歳、デンマーク)やリー・ジージャ(24歳、マレーシア)だ。アクセルセンは身長194センチでリーは186センチ。桃田がもともと苦手としていたアンソニー・シニスカ・ギンティン(25歳、インドネシア)は171センチで桃田と体格的には似通っているが、ずば抜けたスピードがあり、彼も現在の主流スタイルに入る。

「桃田は今、このスピードをフォローできない状態にいる。(最近の対戦では)攻撃が強いタイプに対して、スピードディフェンスもできなかった」

2019年世界選手権。勝って朴主奉HC(右)らに笑顔を見せる桃田賢斗
2019年世界選手権。勝って朴主奉HC(右)らに笑顔を見せる桃田賢斗写真:なかしまだいすけ/アフロ

さらに朴HCは、「桃田は本当に大きなアクシデントがあった」とし、交通事故から復帰した後の“試合勘不足”も指摘した。桃田は2020年1月に不慮の交通事故で骨折や打撲などの大けがを負った。ものが二重に見える複視の症状が出て目の手術もし、2020年の1年間はまるまる体の回復に充てたようなものだった。

強靱な精神力でマイナス状態のところからどうにかフィジカルを戻したものの、その後はコロナ禍により日本勢全体の海外遠征が見送られていたこともあり、交通事故から東京オリンピックまでの1年半あまりの間に桃田が国際大会を戦ったのは2021年3月の全英オープンだけ。準々決勝で敗退したため、プレーしたのは3試合だけだった。試合勘が欠落している中で迎えて敗れたのが東京オリンピックだった。

東京オリンピックでは1次リーグ敗退となった
東京オリンピックでは1次リーグ敗退となった写真:ロイター/アフロ

■ライバル勢はレベルアップ。桃田はフィジカルもパワーも足りない

2021年秋以降は国際大会に出るようになったが、12月に変則開催された世界選手権は腰痛のために欠場。ここでもブランクが生じ、2022年になってからはツアーやアジア選手権、トマス杯であっけなく敗れることが相次いだ。

「桃田選手は今、フィジカルも足りない。パワーも足りない。けれども、合宿では頑張っている。頑張っているけど、試合をやればフィジカルがない。勝っていた時のフィジカルも自信も全部なくなってる雰囲気です」

憂う朴HCが熊本合宿で組んだのはフィジカルを鍛えるメニューだった。

「攻撃型の選手はパパンっとラリーを終わらせるが、桃田選手はオールラウンドプレイヤーで後半勝負のスタイル。しかし、今は後半の勝負まで行けない。理由はなぜか? 昔はアクセルセンやリー・ジージャが攻撃的に来ても守れたが、彼らは昔よりレベルアップしました。逆に桃田は、最近はキープよりも少し下がりました。だから今、差があります」

相手のスマッシュに対してまったく触ることができずに決められてしまうことが増えていたのも、桃田自身にとって大きな不安要素だった。交通事故で目を痛めた影響がまだ残っているのではないかとも考え、病院で精密検査を受けたが、問題はないという診断。また、スマッシュに対して体をうまく使えていないという感覚があったため、新たなトレーナーと組んで早いスマッシュに対応するためのフィジカル強化を開始。しかし、まだ結果にはつながっていない。

必死にシャトルを追った
必死にシャトルを追った写真:西村尚己/アフロスポーツ

■8度目の対戦で初勝利のインド選手「桃田はベストだった時期がもう過ぎている」

世界選手権の2回戦。桃田が敗れたインドのプラノイ・H.S.は、過去7度の対戦で一度も桃田に勝ったことがなかった選手だった。そのプラノイの試合後のコメントは衝撃的だった。トマス杯で優勝するなどこのところ絶好調のプラノイは「今日は行けると思っていた」と自信満々の表情で言い、このように続けた。

「(以前の桃田とは)大きな違いがあった。ベストだった時期がもう過ぎているのと、事故で失ったものがある。勢いと自信が低下している。それを元に戻す必要があるのだと思う」

桃田がプラノイに敗れた試合は、相手の強烈なスマッシュを返せなかったというより、その前の桃田の球が甘かったという印象だ。特にロブの高さや距離が甘くなり、強打される場面が目についた。さらに、桃田が得意とするこしゃくなヘアピンが影を潜めていた。足が動いていないのか、精度が足りずイージーな球になったり、ネットを超えないミスも目立った。ヘアピンで相手の体勢を崩して次のショットで仕留めたポイントは1度だけだった。

「1つ1つのショットに対して、ラケットを振り切れなかった。ミスを恐れて縮こまってしまったのが敗因だと思うし、途中でそれを分かったにもかかわらず、実践できなかった。自分の気持ちの弱さが悔しい」

敗戦後、桃田はどこかサバサバした口調でそう言った。

ラリーの組み立てについては、「(試合の)前半に攻めた時に何度かカウンターを食らって、フルスイングで決めにいくショットは有効ではないと思っていた」と説明した。だが、「クリア1つにしろ、ロブ1つにしろ、気持ちを押すことができず、その分、相手もどんどん前に来てプレッシャーを感じてしまった」という。

ただ、劣勢になったときにも攻撃姿勢に転じなかったように見えたがなぜかという趣旨の質問に対しては、首を振るようにしながら言った。

「スマッシュだけが攻撃だとは思ってない。スマッシュは多分、自分の持ち味じゃない。そこで決めるというよりも、もっと相手にプレッシャーを与えたいと思っていたが、それを実行できなかった。アップの時から体も動いていたし、練習でも感覚は良かったが、本番の緊張感の中でどれだけ練習通りのプレーをするか。その難しさをあらためて痛感した」

世界選手権連覇を果たした2019年の桃田。国際大会11大会優勝など無双を誇ったが、いつもつねに謙虚で感謝の気持ちを前面に出していた
世界選手権連覇を果たした2019年の桃田。国際大会11大会優勝など無双を誇ったが、いつもつねに謙虚で感謝の気持ちを前面に出していた写真:なかしまだいすけ/アフロ

■「復活したい気持ちはもちろんある」 桃田の目は輝きを失っていない

世界選手権の開幕前。桃田は「練習の中での感覚は悪くないが、まだ本番で出せていないので、不安の方が大きい。自分にフォーカスして、自分のベストを出すことを心がけたい」と話していた。今回の早期敗退もあり、世界ランキングは今後落ちてしまうが、「世界ランクはあまり気にしていない」とも言う。そして、このように語った。

「世界バドミントンというピンポイントで変われるかどうかわからないが、少しでも早く、皆さんが期待してくれる結果を出したいと思って、毎日練習に取り組んでいる。自分でもまだできると思っているので、そこの気持ちは折れないように頑張っていきたい」

久々に有観客で開催された世界選手権。試合終了後、応援してくれたスタンドの慣習に頭を下げて感謝する
久々に有観客で開催された世界選手権。試合終了後、応援してくれたスタンドの慣習に頭を下げて感謝する写真:西村尚己/アフロスポーツ

交通事故は桃田でなければここまで戻ってこられなかったかもしれないというほどの大事故だった。回復には日常生活のためだけでも相応の時間がかかる。ましてや世界のトップオブトップで戦うには進化という上乗せも必要だ。桃田が今歩んでいる道は、とてつもなくハードな道なのである。

コートの四隅をフルに使える繊細なテクニックで世界の舞台に躍り出た。不祥事による1年間の出場停止を経た後は感謝の気持ちを原動力とし、足りなかったフィジカルを身につけるなど、変わっていく自分を楽しむような一面も見せながら頂点に上り詰めた。

「今後については一旦気持ちを落ち着かせてまた考えたい。もう一度復活したい気持ちはもちろんあります」

そのように語る目の輝きは衰えていない。今の桃田に必要なのは、継続すべきことを愚直に継続しつつ、変化することに恐れずに挑むチャレンジャー精神かもしれない。次週にはすぐ「ダイハツ・ヨネックスジャパンオープン」が大阪で開催される。ファイティングポーズを失わない限り、道は必ず開けるはずと信じたい。

「復活したい気持ちはもちろんある」と語った桃田賢斗
「復活したい気持ちはもちろんある」と語った桃田賢斗写真:西村尚己/アフロスポーツ

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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