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終戦75年 「米国は原爆投下を謝罪すべきではない」と米専門家が言う理由 

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
原爆投下をめぐる議論は、今もアメリカで続いている。(写真:ロイター/アフロ)

 終戦75年。

 米紙マイアミ・ヘラルド電子版(8月10日付)に「アメリカは原爆投下に対する謝罪をせずに、日本ととともに、未来を見るべきだ」と題された論説文が掲載されている。戦争における謝罪の問題について論じたものだ。

 著者のシンクタンク「アメリカン・エンタープライズ・インスティチュート」の研究員ザック・クーパー氏は、その中でこう訴えている。

「アメリカには、日本に原爆を投下したことを公式に謝罪すべきだと主張する者がいる。しかし、第二次大戦で亡くなった人々を追悼する最善の方法は、戦争に繋がるような間違いを繰り返さないことだ。日米の指導者は過去ではなく、現在の課題を重視すべきだ」

 クーパー氏は「トランプ氏が原爆投下を謝罪することはありえない」と断言している。確かに、トランプ氏がアジア歴訪を前にハワイの真珠湾攻撃の追悼施設「アリゾナ記念館」を訪れた際に「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」とツイートしたり、今年5月、新型コロナウイルスの脅威について「真珠湾攻撃よりひどい」と発言したことからも、それは明らかだ。

 同氏はまた、トランプ氏だけではなく、オバマ元大統領も、2016年に広島を訪問した際、亡くなった人々を追悼したものの、謝罪はしなかったという点を指摘している。

謝罪は反発を生む

 そして、謝罪をしない理由について、ダートマス大学教授のジェニファー・リンド氏の著書『謝罪国家:国際政治における謝罪』を引き合いに出している。その中で、リンド氏は「起きたことを認めることは重要だ。謝罪は重要ではない。謝罪は、効果的というよりむしろ害になる。なぜなら、非生産的なナショナリストの反発を引き起こすからだ」と警告しているという。

 謝罪が有害になることは、現在の問題ではなく過去の問題にフォーカスしているために北東アジアで起きている壊れた関係を見れば明らかだという。壊れた関係とは、言うまでもなく、破綻している日韓関係に他ならない。

 確かに、慰安婦問題をめぐる謝罪は、これまで日韓の間で様々な問題を引き起こしてきた。日本のナショナリストからは韓国にさらなる謝罪をする必要はないという反発の声があがり、韓国のナショナリストからは日本の謝罪は不十分で、誠実なものではないという反発の声があがっている。「天皇がソウルに赴き、跪いて謝罪したとしても、完全には解決できないかもしれません」という国際関係学の研究者もいる。それだけ戦争における謝罪という問題は難しい。

過去の残虐行為を認めること

 リンド氏は、同著で、日本とドイツを比較しているが、ドイツが公式の謝罪を行ったり、教科書で歴史の事実を伝えたりすることで戦時中の敵国と和解した一方、日本は満足のいかない謝罪や戦時中の残虐行為を掲載しない教科書を認めたり、靖国参拝を続けたりしていることで韓国と緊張関係が続いているとし、謝罪という問題の難しさを訴えている。謝罪は国内のナショナリズムを駆り立て、反発を引き起こし、事態を悪化させるリスクがあるというのだ。

 そのため、戦後、国が和解するには、謝罪よりも、国が過去の過ちを認めることが重要だと同氏は主張している。過去の残虐行為を認めずに否定することは、不信感に火をつけ、国際的和解を阻害するという理由からだ。非難することなく、起きたことを心に刻み込むことが和解に繋がるというのである。

 クーパー氏は、日米関係においても、リンド氏の考え方をリスペクトしているようだ。ナショナリズムを駆り立て反発を引き起こすような謝罪をするよりも、原爆や東京大空襲、真珠湾攻撃など悲劇が起きたという事実を認め、そこから教訓を学んで同じ過ちを繰り返さないこと、そして、デモクラシーや人権、自由のために協力したり、北朝鮮の核問題や新型コロナウイルス問題など世界が現在抱えている様々な問題と共に闘っていくことが重要だと考えている。過去より現在、そして未来を見ようというのである。

戦争の記憶は消えない

 ちなみに、クーパー氏の論説文に先立ち、米紙ロサンゼルス・タイムズは「原爆投下は不必要だった」というアメリカの原爆投下の正当性を疑問視する論説文(8月5日付)を掲載していた。この論説文によると「原爆投下が不必要だった」のは、アメリカが、すでに確約されていたソ連参戦が日本を降伏に導くことを確信していたからだという。

 不必要な原爆をアメリカがあえて投下したという見方が高まれば、謝罪という議論に繋がる可能性があり、それは今、日韓で起きているような、終わりの見えない泥沼の非難合戦に繋がる可能性もあるかもしれない。クーパー氏の論説文は、その可能性を踏まえて、アメリカが原爆投下を正当化してきたことを問題視したロサンゼルス・タイムズの論説文に一石を投じたものであるようにも感じられる。原爆投下という日米間で起きた過去ではなく、日米の未来を見ようとポジティブに主張することで、非難合戦に繋がる謝罪を否定しているのだろう。

 未来を見て、ポジティブに前に進んでいくことは重要だ。しかし、大きな悲劇に襲われた人々にとっては、“戦争の記憶”は過去のものではなく、現在も続いているし、未来になっても風化することはない。それはいかなる国にあっても然りだ。

 戦争という過去のものにはならない“負の歴史”を心に刻みながら、どう未来へとポジティブに進んでいくのか? 

 終戦75年の今、その問いに向き合う必要があるのではないか。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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