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中東の戦争が欧米で広げる差別とヘイト――ユダヤ人とムスリム どちらが標的にされやすいか?

六辻彰二国際政治学者
ロンドン中心部で行われた反差別デモとデモに反対する活動家(2024.9.28)(写真:ロイター/アフロ)
  • 英内務省の最新報告によると、ムスリムに対するヘイトクライム件数はユダヤ人に対するものを上回った。
  • ただし、ユダヤ人に対するものはほぼ倍増していて、増加率ではムスリムに対するものをしのぐペースである。
  • こうしたヘイトの応酬はイスラエルとパレスチナの「代理戦争」としての側面があるが、その一方で極右の関与も見逃せない。

ユダヤ人とムスリムはどちらがヘイトに直面しやすいか

 イスラエル=ハマス戦争は世界全体で反ユダヤ主義(英語ではanti-semitism)とイスラーム嫌悪(islamophobia)を爆発的に増やすきっかけになった。

 とりわけユダヤ人とムスリムがどちらも多い欧米ではヘイトスピーチ、暴行、器物損壊といったヘイトクライムの急増が目立つ。

 果たしてユダヤ人とムスリムのどちらの方がヘイトクライムに直面しやすいのか。以下ではイギリス政府の最新報告をもとに検証してみよう。

 イギリスはヘイトクライムが特に目立つ国の一つだが、その反動でヘイト規制も欧米で最も厳しく、データを信用できる国の一つでもある。イギリスの事例からは、欧米各国に広がる差別やヘイトの実態をうかがえるだろう。

英内務省の最新報告

 英内務省は毎年、国内で発生したヘイトクライム件数を公表している。10月10日に発表された2024年3月末までの1年間のデータは、この数年でも際立った特徴があった。

 ヘイトクライム全体(人種、LGBT、障がい者などを含む)は前年度から2%減少した一方、宗教を理由にしたものに限ると25%増加したのだ。

 宗教的ヘイト1万360件のうち、ムスリムを対象にしたものが3866件で最も多く、これにユダヤ教徒の3282件が続いた。その合計は宗教的ヘイト全体の約70%を占めた

 件数で比べると、ムスリムを対象にしたものの方がやや多い。

 ただし、イギリスの人口に占めるムスリムは6.5%、ユダヤ人は0.5%程度だ。そのため、一人当たりがヘイトに直面するリスクという意味ではユダヤ人の割合の方が高いといえる。

増加ペースはどちらが早いか

 次に、反ユダヤ主義とイスラーム嫌悪のどちらがより増えているかをみていこう。

 ムスリムへのヘイトクライム3866件は、前年度比で13.7%の増加だった。

 これに対して、ユダヤ人へのヘイトクライム3283件は、前年度比で117%増と、ほぼ倍増だった。

 つまり、件数ではムスリムに対するものの方が多いが、増加率ではユダヤ人に対するヘイトクライムがこれを大きく凌ぐ

 2001年からの対テロ戦争以降、欧米ではイスラーム嫌悪が急速に広がり、その後もムスリムは移民規制の問題などと絡んでヘイトクライムの主な標的にされてきた。ハマスによるテロへの批判はこれをさらに加速させた。

 一方、反ユダヤ主義は欧米とりわけヨーロッパで根深いが、イスラーム嫌悪の高まりによって覆い隠されやすかった。

 それにもかかわらず、この1年間の増加ペースで比べれば、ユダヤ人に対するヘイトの方が早いことから、それだけイスラエルによるガザ侵攻への拒絶反応が広がっていることがうかがえる(もちろんヘイトクライムは容認できないが)。

「代理戦争」もあるが…

 それでは、ヘイトクライムの主体は誰なのか。

 英内務省は、加害者の属性までは公表していない。

 しかし、個別のケースをみていくと、中東での戦争を反映して、ユダヤ人とムスリムによるヘイトの応酬も確認される。

 実際、イギリスでは昨年からムスリムに対するヘイトクライムでユダヤ人が逮捕された事案も、その逆にユダヤ人に対するヘイトクライムでムスリムが逮捕された事案もある。

 こうした応酬に、ロンドンのサディク・カーン市長は9月30日、「中東の戦争のエスカレートがロンドンのヘイトクライムを増幅させている」と述べ、そのための対策として新たに87万5000ポンドを支出することを明らかにした。

 ただし、こうした「代理戦争」的なパターン以外のものも確認されている

 とりわけ逮捕者数などの規模で目立つのが、白人至上主義者など極右による事件だ※。

極右によるイスラーム嫌悪の加速

 例えば昨年11月11日、ロンドンでパレスチナ支持のデモとこれに反対する団体が衝突し、145人あまりが暴行、公務執行妨害、騒乱などの容疑で逮捕されたが、このうち約90人は極右活動家だった。

 移民排斥を主張するヨーロッパ極右は、これまでムスリムを主な標的にしてきた。そのため、イスラエル=ハマス戦争をきっかけに極右によるムスリムへのヘイトが増幅しても不思議はでない。

 ただし、それがユダヤ人の共感を生むとは限らない。

 例えば、“英国防衛同盟”(イギリス当局から危険団体として解散命令を受けている)創設者トミー・ロビンソンはイスラエル=ハマス戦争が始まると、ムスリム系排斥のトーンをさらに強め、その一方でイスラエルの軍事作戦を支持した。

 しかし、ロビンソンは昨年11月、反ユダヤ主義に反対するデモに参加しようとして起訴された。デモ主催者が参加を拒んだにもかかわらず無理やり参加したため、騒乱を煽動すると判断されたのだ。

 ロビンソンは昨年10月にガザ侵攻が始まる以前、しばしばSNSなどでユダヤ人に対するヘイトスピーチも行ってきた。

「偽りの連帯」を拒絶するユダヤ人

 ロビンソンに代表されるように、中東での戦争をきっかけに、イスラエル支持、反ユダヤ主義反対を唱える極右は珍しくない

 それは「ハマスのテロに反対」という大義名分のもとで移民排除の主張を正当化するとともに、イスラームを「最大の敵」と位置づけ、共同戦線をユダヤ人と作るためとみられている。

 しかし、ロビンソンがそうであるように、極右の反ユダヤ主義反対がどこまで実態をともなうかは疑問だ。

 例えば今年8月、「ムスリムが3人の少女を殺した」というフェイクニュースをきっかけに極右の大暴動がイギリス各地で発生し、ムスリムや移民を標的にした暴力行為によって1000人以上が逮捕された。

 この暴動の参加者たちのSNS投稿を調査したイギリスのユダヤ人団体は、表向きムスリムや難民を標的にしながらも、ユダヤ教礼拝所(シナゴーグ)の襲撃なども計画されていたことを明らかにした。

 そもそも欧米白人極右の間には「ユダヤ人もムスリムも結局ほとんど変わらない」と捉え、イスラエル=ハマス戦争に関して「殺し合わせればいい」という主張も珍しくない。

 念のために補足すると、ガザ侵攻批判の世論に便乗して反ユダヤ主義を積極的に拡散する極右活動家もあるが、その場合でもムスリムに積極的に共感を示すことはほぼいない。

 つまり、イスラエルを支持するにせよ、批判するにせよ、極右の主張は中東での戦争に便乗して、メッセージを補強する手段になっている

 だからこそ、とってつけたような反ユダヤ主義反対は「偽りの連帯」としてユダヤ人から歓迎されていない。

 とすると、中東での戦争によって欧米で「代理戦争」的なヘイトや差別がエスカレートしたことも確かだが、どさくさに紛れた欧米極右によるところも大きい。「悪いものは外からくる」とは限らないのだ。

※ユダヤ人が反ユダヤ的として逮捕された事案、アンティファなど極左集団がヘイトに関与しているという証言もあるが、報道などで確認できる範囲では、いずれも逮捕者や事件がかなり少なく、より詳細な検討が必要である。本稿ではイスラエル=ハマス戦争をきっかけにした欧米でのヘイトクライムの全体像を簡潔に描写を優先したため、上記のパターンを割愛した。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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