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米大統領選挙 ハリス支持の “ボランティア”を英労働党が派遣――“内政干渉”を招いた3つの理由

六辻彰二国際政治学者
【資料】バイデン米大統領と握手するスターマー英首相(2024.7.10)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • イギリスの与党、労働党はアメリカ大統領選挙でハリス陣営を支援するため100人ほどの“ボランティア”が参加していることを認めた。
  • これに対してトランプ陣営からは“内政干渉”という批判も噴出し、選挙管理委員会に異議申し立てを行った。
  • あえて“ボランティア”を派遣したことからは、トランプ勝利に対するイギリス政府の警戒感をうかがえる。

旧宗主国の“干渉”

 英労働党は10月23日、アメリカ大統領選挙で民主党カマラ・ハリス候補を支援するため、100人程度の職員や関係者が“ボランティア”として活動していることを認めた。

 “ボランティア”の活動は民主党と共和党の支持が拮抗しているアリゾナなど、いわゆるスウィング・ステートで目立つと報じられる。

 FiveThirtyEightの最新調査によると、7つのスウィング・ステートの平均でハリス支持が優勢だったものの、ドナルド・トランプ候補との差はわずか1.9ポイントだった。

 勝負どころのスウィング・ステートに、ハリス支援の人員がイギリスから来たことを受け、トランプ陣営は英労働党を率いるキア・スターマー首相を“極左”と呼び、“あからさまな内政干渉”と批判して選挙管理委員会に異議を申し立てた。

 それはちょうどアメリカでイギリスに対する複雑な感情が出やすいタイミングでもあった。アメリカ独立戦争でイギリス軍の敗北がほぼ決定したヨークタウンの戦いが終結(1781年10月17日)した記念日の直後だったからだ。

 トランプはそれを引き合いに出して「英労働党とカマラ・ハリスは過去を忘れたようだ」と述べ、かつての植民地宗主国と現在のライバルを批判した。それは有権者の愛国心を鼓舞するものだったといえる。

そもそも“ボランティア”はありか?

 そのため、トランプ候補が大統領選挙で勝利した場合、米英同盟に確執が残る可能性も指摘されている。

 これに対してスターマーは「ニューヨークでトランプ候補と会った時に建設的な議論をした、良い関係にある」と強調し、米英関係に影響はないと強調する一方、“ボランティア”派遣について「悪いことはしていない」と主張する。

 その根拠になるのはアメリカの選挙法だ。

 アメリカでは外国人が選挙活動にかかわることが法的に認められている。そのため、歴史的にも関係の深い英労働党の関係者が米民主党の支持者の応援に、英保守党の関係者が米共和党の支持者の応援にそれぞれ行くことは、これまでにもあった

 ただし、それは私費での参加に限られ、報酬を受け取ったりしながらの関与は認められていない。それが外国政府による干渉をもたらしかねないからだ。

 これを踏まえてスターマーは「参加者は全員、余暇を利用している」「党から資金は出ていない」と強調している。

 一方、トランプ陣営は選挙管理委員会への異議申し立ての中で「労働党が渡航費などを出した疑いがある」と主張し、調査を要求したが、証拠は明示していない。

個人としての活動か?

 実は、こうしたトラブルは初めてではない。

 トランプが当選した2016年大統領選挙で、オーストラリアの労働党は民主党バーニー・サンダース候補を支援するため“ボランティア”を派遣した。

 しかし、豪労働党が渡航費や給費を支給していたことが発覚したため、後に米連邦裁判所から1万4500ドルの罰金を科された。

 今回、英労働党から資金が出ているかは現段階で不明だが、“ボランティア”の活動が個人の資格によるかはグレーな部分がある

 英ロイターの取材に、英政府関係者は、労働党の選挙アドバイザーが最近ハリス陣営の幹部と会って、衰退した重厚長大型の産業都市での選挙活動について話したことを明らかにした。

 イギリスでは今年7月に総選挙が行われ、労働党が圧勝して政権交代が実現した。活気を失ったかつての産業都市での集票は、労働党勝利の一因となった。

 労働党の“ボランティア”がその経験とノウハウを伝えているとすれば、たとえ党として公式の関与はなくても、ハリス陣営を実質的に支援していることになる。

なぜ“内政干渉”に向かったか

 今回、英労働党がきわどい関与に踏み込んだのは、それだけトランプ政権の誕生に対する危機感が強いからといえる。そこには主に以下のような理由があげられる。

①トランプ勝利はアメリカの保守系だけでなく白人至上主義者など極右も活気づかせる公算が高く、それはイギリスを含むヨーロッパにも波及する懸念が大きい。イギリスでは8月、移民受け入れ反対の大暴動が発生して1000人以上が逮捕されるなど、極右の脅威がすでに高まっている。

②トランプ政権が誕生すれば、プーチン大統領との緊密な関係を反映して、ウクライナ戦争の早期終結(それはウクライナ東部におけるロシアの実効支配を認めるものになる公算が高い)に向けてアメリカが動き始めるという予測は少なくない。その場合、徹底抗戦を主張してアメリカとともにウクライナ支援の先頭に立ってきたイギリスは「ハシゴを外された」格好になりかねない。

③トランプは選挙公約として「全ての輸入品に20%の関税(中国製品には60%)」を掲げていて、同盟国も対象に含まれる(もちろん日本も)。イギリスでは労働党はもちろん保守党ですら反発が強い。

 ただし、英労働党の公式・非公式の支援があってもハリスが敗れ、トランプ政権が発足すれば、イギリス政府の立場が具合の悪いものになることは想像に難くない。

 その意味で、たとえ党から資金が出ていなくても、発覚すれば面倒なことになることは目に見えていたのに、あえて“ボランティア”派遣を認めたとすれば、これは一種の賭けともいえる。

 米英関係に不協和音が目立つようになれば、先進国の求心力はますます低下し、中ロだけでなくグローバルサウスの独自性がますます鮮明になることは容易に予測される。

 スターマーの賭けは世界全体の行方にかかわるものでもある。賭けの結果は11月5日、明らかになる。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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