10万円給付は本当に「有効」なのか? 海外の「学生支援」との比較から考える
「成長と分配」を掲げて衆院選に勝利し、発足した岸田政権による各種給付金が話題になっている。
その中に、「就学継続資金」として大学生や専門学校生への10万円給付が経済対策に盛り込まれる見通しだ。対象は修学支援制度の利用者とされ、20万人超が対象者と見込まれている。
今回給付の基準となる「修学支援制度」は住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯が対象で、4人世帯で年収380万円までと、かなり厳しい低所得に限定されている。今年度の大学(学部)・短大・高等専門学校・専門学校の学生数は339万2000人であり、給付金の対象者は全体の学生数の5.9%とごく一部にしぼらてしまう。
これでは、コロナで厳しい状況に立たされている学生にとって十分な支援にはならないだろう。
今回は、学生が置かれた経済状況を概観しながら、岸田政権による給付金の「有効性」について検討していきたい。
親依存の教育費負担
まず押さえておきたいのは、学生の経済状況は親の経済状況に依存しているということだ。
これは当たり前のことのように思われるかもしれないが、世界的にはそうとは言えない。日本が高等教育費負担において、親への依存度が世界有数の高さだからこそ、起こりうる現象なのである。
図1を見てわかるように、日本は主要先進国の中でも高等教育費の親依存が最も高い部類に入ってくる。家計支出が52.7%と、上に挙げた国の中で最も高い数値だ。アングロサクソン諸国は親依存度が高く、北欧・大陸ヨーロッパは親依存度が低い傾向にあるが、OECDの平均では公的支出69.9%、家計支出21.6%と、教育が公的に保障されている国が多いことがわかる。北欧のスウェーデンに至っては公的支出88.4%、家計支出1.1%と、日本と全く真逆の状況になっている。
このように教育費負担が親に依存している状況だと、子どもが教育を受けられるかどうかが親の経済状況に左右されざるを得ない。では、親の経済状況はどうなっているのかというと、年々世帯収入は減少の一途をたどっている(ただし、子供をもつ親世帯の年収に限れば増加傾向にあり、そもそも低所得世帯は子育てが不可能になっているという事情もうかがえる)。
ピーク時の1994年の664.2万円から減少傾向を続け、最新2018年には552.3万円と、100万円以上も下がってしまっている。
しかも、世帯年収が減少傾向にあるにもかかわらず、教育費は高騰を続けている。特に学費については、国立大学において、1975年には授業料が36000円、入学料が50000円だったが、2005年以降現在に至るまでに授業料は53万5800円、入学料は28万2000円(現在は国立大学法人、いずれも標準額)と、授業料は14.8倍、入学料は5.6倍も高騰しているのである。私立大学においては、これ以上の負担を強いられていることは言うまでもない。
文科省は授業料の標準額から2割増の64万2960円までの増額を認めており、実際に、2019年度からは東京工業大と東京芸術大が、2020年度からは千葉大、一橋大、東京医科歯科大が授業料の増額を行っている。東京工業大を除く4大学で上限いっぱいの2割増の金額となっている。増額の理由としては、外国人教員の招聘、語学教育の充実など教育と研究における国際化の推進が多く挙げられている。
さらに、文科省は国立大学法人の授業料「自由化」を検討しており、大学の裁量でさらなる授業料の値上げが可能になるかもしれない。
世帯年収の減少に対して教育費が高騰していれば、当然子どもへの仕送りや小遣いの額も減少していく。図4の全国大学生協連の「学生生活実態調査」によれば、仕送り10万円以上の層が激減し、仕送り5万円未満と0円の層が増加傾向にあることがわかる。
以上見てきたように、日本の教育費負担は親に依存しているものの、親が負担しきれなくなっている。そのため、奨学金やアルバイトによって埋め合わせているのが現状だ。
奨学金利用数の減少とその背景
ところが、その奨学金の利用も近年減少している。その原因は、奨学金制度の「借金」としての過酷さが世間に広がり、借り控えが起きているとみられる。実際に、学生の74.4%が返済に不安を感じているという。
奨学金利用者数の推移を見ると、奨学金の貸与人員は2013年度をピークに低下傾向にある。1998年の50万人から、2013年の144万人に至るまで急速に拡大してきたが、2018年には127万人まで減少している。
実際に、奨学金を返済できず自己破産する若者が相次ぎ、保証人も返済できずに破産する「破産連鎖」も生じて社会問題化した。そうした中で、2020年度からは修学支援制度が創設され、授業料無償化と給付型奨学金が実現したが、対象となる世帯は年収270~380万円とかなり限定的だ。
結局、奨学金を借りることをあきらめて、学生はますますアルバイトを増やす方向に傾いている。
コロナ禍でアルバイト収入も減少
この10年で学生のアルバイト依存度は高まってきた。学生のアルバイト収入額は、2010年には自宅生29690円、下宿生21900円だったのに対し、2019年にはそれぞれ41230円、33600円と1万円以上増加している。
しかしながら、2020年はコロナの影響により減収を余儀なくされている。自宅生37680円、下宿生26360円といずれも大きく減少している。コロナ禍を理由にしたアルバイト先の休業や解雇、シフトの減少などが原因とみられる。
本来、会社に責任のある理由で労働者を休業させた場合、会社は、労働者の最低限の生活の保障を図るため、少なくとも平均賃金の6割以上の休業手当を支払わなければならない(労働基準法26条)。新型コロナによる営業自粛は、原則的にこの規定の範囲内だと考えられる。
一方、政府は雇用調整助成金の特例措置を拡充しており、大企業の場合、労働者に支払った休業手当の最大75%が助成される。さらに、緊急事態宣言への対応特例として、一定の場合に大企業に対する助成率が最大100%になる。これらの措置は学生のアルバイトにも適用されることが政府によってアナウンスされている。
だが、こうした特例措置が取られているにもかかわらず、休業手当不払いが横行しているのだ。
実際に、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEや、学生たちが作る労働組合「ブラックバイトユニオン」には、多数の学生からの相談が寄せられている。例えば、都内の私立大学に通っていた学生は、昨年4月初めからシフトがなくなり、補償も全くなされなかった。7月に会社から電話があり、8月以降の仕事はないので解雇だと言われた。4月から8月の休業手当については日々雇用だから支払義務はないと会社に言われたという。この学生は実家暮らしで家賃などはかからなかったが、バイト代を自分の生活費に充てており、バイト代なしには大学生活を送れないと訴えていた。
海外のコロナ禍の学生支援
それでは、海外におけるコロナ禍の学生支援はどうなっているのだろうか。
まず、日本と似て学費が比較的高額で、学生ローンの規模が大きいアングロサクソン諸国を見ていこう。アメリカとカナダでは、学生ローンの返済を一時的に停止し、新たな利子は発生しないという措置をとっている。なお、日本の日本学生支援機構の奨学金について、返済停止の措置はとられていない。
また、学生に対する給付も行われている。カナダでは、大学生や大学・高校の卒業者のうちコロナで職を得られていない者に対し、2020年5月から8月にかけて月1250カナダドル(9万9000円)を給付するとともに、従来の給付型奨学金の年額上限を2倍に引き上げた。オーストラリアでは、従来から家族構成や居住状況に応じて学生に支給される給付金の対象者に対し、2020年3月に750豪ドル(5万6000円)、4月から12月までの間に550豪ドル(4万1000円)を支給した。
次に、大陸ヨーロッパのドイツやフランスでは、そもそも学費が無償であり、一定の給付型奨学金が整備されているため、コロナによる経済的影響は日本と比べていくらか軽減されていると思われる。その上でさらなる給付が行われている。
ドイツでは、2020年6月から9月まで月最大500ユーロ(61500円)が支給された。実際の支給額は申請日前日の銀行口座残高によって決定される。フランスでは、大学食堂の閉鎖中に食事を保証するための食料購入券の配布、オンライン授業のための情報機器などの整備への補助に加え、収入が減少した者に対し200ユーロ(24600円)が1回限りで支給された。
各国の状況もそれぞれに異なっているため比較は難しいが、あえて単純化するなら、ヨーロッパの福祉国家のように平時から学費が無償で給付型奨学金も整備されるなどの保障がしっかりとなされていれば、危機の際のダメージとそれに対する手当も比較的少なくて済む。他方で、教育保障が十分になされていなければ、より多くの金銭給付が必要になるということになるだろう。
(なお、以上の記述は、国立国会図書館「新型コロナウイルス感染症と学生支援 主要国の状況と取組」を参照おり、2020年10月時点の情報である)。
一時的なバラマキではなく、教育保障を
世界的にみれば、DX(デジタル・トランスフォーメーション)をはじめとした産業構造の転換に伴い、若者の高等教育の拡大が続いている。日本のように、借金とアルバイト漬けの不安定な環境で「自己責任」に任せていても、社会の知的水準は劣化していくばかりだ。教育権の保障は、日本社会を再生することに直結していくきわめて重要な政策であるはずだ。
しかし、今回の岸田政権による学生への10万円給付は、2~3か月分のアルバイト収入に過ぎず、長期化するコロナ禍における学生の苦境に十分対応できるものだとは言い難い。せめて、上記のカナダやオーストラリア程度の支援を行わなければならないのではないか。
また、コロナ禍で浮き彫りになったのは、日本の教育保障の脆弱性である。世帯の所得に関係なく教育を受けられるよう、公的に保障していくこと=教育の脱商品化が重要だ。具体的には、学費の無償化と奨学金の債務帳消し、給付型奨学金の拡大などが必要だろう。
さらに、教育の脱商品化のためには、若者たち自身による社会運動が必要だ。日本以上に学生ローンの債務に苦しむ若者が多いアメリカでも、バイデン大統領が債務帳消しと大学教育の無償化に言及し、大統領選の際には1人当たり少なくとも1万ドルを帳消しにすると公言している。
アメリカには多くの学生ローン債務の当事者たちが参加するThe Debt Collectiveなどの社会運動があり、彼らは学生ローンの債務帳消しと高等教育無償化を求めて債務ストライキ(=返済拒否運動)を展開している。こうした草の根の運動の力を受けて、民主党予備選ではサンダース氏などが学生ローンの債務帳消しと高等教育無償化を公約に掲げ、バイデン氏はサンダース支持者を取り込むために上記のような発言をせざるを得なかったのである。
一方日本では、先月の選挙戦でも、「若者の貧困」や「学費問題」はほとんど争点にはならなかった。選挙権は18歳以上に拡大されたが、「人数」で劣る若者は、「票数の格差」で不利であり、その利害は政治・社会に反映されにくい。だからこそ、憲法上の「表現の自由」を活用した社会運動が欧米以上に重要になるように思う(なお、アメリカでは若年有権者人口が増え続けており、そのことも若者の教育権の要求を無視できない状況を生んでいる)。
放っておいても政治が教育の脱商品化を行うことはないだろう。教育に「自己責任」を押し付ける過酷な状況がつづけば、ますます日本は「先進国」から転げ落ちていく。そうした意味では、若者以外の人々も教育権に関心を持ち、若者の権利主張を支えていくべきだろう。
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