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PFP1位ウシク、2位井上尚弥。その差は何か?英国の歴史家が持論で解説

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
比類なき王者ウシク(写真:Mikey Williams/Top Rank)

海外識者はウシクを支持

 今月18日、サウジアラビア・リヤドで行われたヘビー級4団体統一戦でタイソン・フューリー(英)に判定勝ちしたオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)が米国の老舗メディア「ザ・リング」のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングで1位に返り咲いた。東京ドームでルイス・ネリ(メキシコ)をストップして同ランキングでトップに立ったスーパーバンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)は2位に後退した。3位はテレンス・クロフォード(米=ウェルター級3団体統一王者)が占める。

 ウシク、井上、クロフォード……。とりわけウシクがトップに躍り出た後、彼と井上はどっちが1位に相応しいかという議論が内外で白熱している。2人とも全階級で3人しかいない4団体統一チャンピオンという背景もあり(もう一人はスーパーミドル級のサウル“カネロ”アルバレス=メキシコ)、甲乙つけがたいという見方がされる。確かにウシクが君臨するヘビー級はボクシングの華、王者は“地球最強の男”と呼ばれることが多く、歴史的にもステータスが高い。それでもPFPのコンセプトは「体重が同等と仮定して」というもの。純粋な実力評価に最重量級という無言の圧力は影響しない。

 とはいえヘビー級進出後も100キロほどの体重でリングに上がっていたウシクが、巨人フューリーを破った快挙は海外の識者から絶賛されている。今回のフューリー戦ではフューリーが体を絞り、ウシクは増量して約106キロを計測したため、両者の体重差は約13キロだったが、近年ヘビー級選手が大型化する中、ウシクの奮戦は特筆すべきものがある。

ウシクvs.井上のトップ争い

 海外識者の一人、英国スコットランド在住のボクシング歴史家マット・マグレイン氏がボクシング専門メディア「ザ・スイートサイエンス」に「オレクサンドル・ウシクの歴史的な眺望」という記事を掲載。テーマはフューリー戦の勝利でウシクは歴代のヘビー級および全階級でどのくらいの位置を占める選手なのかというものだが、同時に井上尚弥とのPFPトップ争いについて論じている。

 ちなみに以前から日本人選手にも造詣が深いマグレイン氏は4階級制覇王者の田中恒成(畑中=WBO世界スーパーフライ級王者)が世界王者に就いた頃から彼を称賛する記事を投稿。田中のボクシングの魅力を独自の視点から分析していた。私は同氏を“恒成オタク”と密かに呼んでいたが、希望がかなって同氏にアクセスでき、専門誌用に原稿を依頼したことがある。ただ送られてきた原稿は同氏独特の言い回しや皮肉がちりばめられており、読解が非常に難しかった。言うまでもなくモンスター井上の動向に関しても同氏は関心が深い。

 さてマグレイン氏は「ウシクが現在ヘビー級でナンバーワンであることは議論の余地がない」と記した上で、「パウンド・フォー・パウンド最強としても疑う余地が見当たらない」と強調。そして「ウシクと同じ空気を呼吸している唯一のボクサーはナオヤ・イノウエだ」と指摘。ウシク最大のライバルは井上しかいないと明かす。

ネリを倒してトップに君臨した井上だったが(写真:Naoki Fukuda)
ネリを倒してトップに君臨した井上だったが(写真:Naoki Fukuda)

井上の相手に超エリートはいない

 ではなぜウシクが1位で井上が2位に甘んじるのか?

 マグレイン氏は「ウシクはクルーザー級で、イノウエはバンタム級でワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)を制覇した高度なボクサー」と前置きしながらも2人の間には歴然とした差が存在するという。

 「ナオヤの方がここ2,3年、頻繁に重要な試合をこなし、階級の壁を破壊している。試合内容もハイレベルなものだ。だが彼の対戦相手はスキルが飛び抜けた、超エリートとは言い難い。それがナオヤのマイナス材料。ウシクはフューリーを下す前にアンソニー・ジョシュア(英=元ヘビー級3団体統一王者)に連勝した。自分より大柄で身長が高くリーチも長い、超ハイレベルな相手を打ち負かしてきた。現状ではウシクがトップに居続ける限り、彼より小柄な選手と対戦することはないだろう」

 ツッコミを入れるならば、フューリーもジョシュアもイングランド人。スコットランド人のマグレイン氏だが同じ英国人だ。ウシクの強さは英国人に勝ったからだとも言いたげだ。ちなみに昨年ウシクがポーランドで行った3団体統一王座の防衛戦で対戦したのもロンドン出身のダニエル・デュボア(英)だった。英国人3人に4連勝の実績がPFPトップへウシクを押し上げたとアピールしているように感じられる。

 それはともあれマグレイン氏はウシクも含めた現在のヘビー級トップ10を列記。その中でウシクと身長で同等なのはアジ・カバイェル(ドイツ)だけだと指摘。そのカバイェルよりもウシクは15ポンド(6.8キロ)軽いと体格に言及する。

巨人フューリーに打ち勝ったウシク
巨人フューリーに打ち勝ったウシク写真:ロイター/アフロ

ウシクは歴代59位。井上は?

 さらに「確かにナオヤは階級を飛び越えたけど、ほとんど同じ身長とリーチを持つ相手とグローブを交えている。その幅はまた階級を上げるにしてもあまり変わらないだろう。パウンド・フォー・パウンド最強の資格として、体格差は関係ない。だとしても常に自分よりもずっと大きな相手と戦うことを運命づけられたウシクにはマイク・タイソンの全盛期に比肩する脅威が感じられる」と主張する。

 あまりにも有名な元ヘビー級統一王者マイク・タイソン(米)の名前が出たところでウシクの現在地が何となくつかめてきた。それでもマグレイン氏はタイソンを絶賛しているわけではなく、全盛期は「誇大広告が味方した」とも記す。その点ウシクは今まで地味なキャリアに甘んじながらも大成したと弁護する。

 ではウシクの評価が抜群かと言えば、そうでもない。同氏は「オールタイム(歴代)PFPトップ100」を選出して常に更新しているが、「ウシクが引退したと仮定して」現在の順位は59位。ついでながら56位が“ミスターKO”ルーベン・オリバレス(メキシコ)、57位が世界王座17連続KO防衛のウィルフレド・ゴメス(プエルトリコ)、58位が“黄金のサウスポー”ビセンテ・サルディバル(メキシコ)のラテンアメリカ勢。60位にタイソンのライバル、ウシク同様クルーザー級王者からヘビー級の比類なき王者に就いたイバンダー・ホリフィールド(米)。63位が往年のヘビー級人気王者ロッキー・マルシアノ(米)となっている。

 同氏は「イノウエが引退したならば70台の上位。クロフォードは90台上位だろう」と予測。現役選手の評価が低すぎるように感じるが、それがボクシングというスポーツの歴史の重厚さにも思えてくる。果たして皆さんはどんな意見をお持ちだろうか。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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