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【獣医師の考察】犬452匹虐待、麻酔なしに帝王切開をして懲役1年・罰金10万円、執行猶予3年

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
イメージ写真(写真:アフロ)

百瀬耕二被告は、劣悪な環境で452匹の犬を虐待し獣医師免許を持たないのに無麻酔で帝王切開などをして、動物愛護法違反などの罪に問われました。

長野地裁松本支部はこれらの百瀬被告の行為に対して、懲役1年・罰金10万円、執行猶予3年の判決を言い渡したとデイリーは伝えています。

この事件の背景を獣医学の観点から見てみましょう。

獣医師の資格を持たない人が無麻酔で帝王切開

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イメージ写真写真:アフロ

起訴状によりますと、百瀬被告は獣医師免許を持っていないのに2021年8月、松本市の当時の自宅でフレンチブルドッグ4匹とパグ1匹を無麻酔で帝王切開をして、みだりに傷つけたと長野放送は伝えています。

この長野放送の記事を読むと、獣医師免許を持たない人でも簡単に犬の帝王切開ができるのでは、と思ってしまうかもしれません。犬の避妊手術より帝王切開の方が命の危険性があるのです。それは以下の理由です。

乳腺が発達してきているので皮下組織辺りも出血しやすい

帝王切開するということは、子宮に子犬がいて、もうじきこの世に生み出されるということです。

そのため犬は哺乳類なので出産したら、母犬は子犬に乳を与えます。哺乳の準備を体ははじめます。出産する前から乳腺が発達して乳腺の付近は出血しやすくなっています。人が妊娠したときも出産が近づいてくると乳房に太い血管が走っているのが外から見えます。

帝王切開するときは、皮膚→皮下組織→腹筋→子宮という順番に切開していきます。そのとき、乳腺辺りを触れると出血しやすいのです。

一般的な避妊手術より、出血しやすいのです。

・子犬がいるので子宮が薄くなっていて破裂しやすい

避妊手術は、子宮を取ったり取らなかったりしますが、子宮を取る避妊手術は、子宮がそれほど薄いわけではなく厚みのある組織なので、破裂しやすいということはありません。

その一方で、帝王切開の場合は子宮が中の胎児が見えるほど薄くなっています。丁寧に扱わないと、子宮が破裂してしまうリスクがあるのです。そんなことを考えると、手術が上手くない人がすると避妊手術より帝王切開の方が命に危険を及ぼすことがあるのです。

・卵巣や子宮へ行く血管が太くなっているので、出血しやすい

子どもが生まれるということは、卵巣や子宮にたくさんの酸素や栄養が必要だということです。そのため、そこに行く血管は普段の血管より太くなっているので、出血がしやすいのです。

獣医師でもない人が解剖学の知識もないのに腹筋を乱暴に切開すると、このような血管を傷つけて出血を起こすリスクがあるのです。太い血管を傷つけてしまうと、止血するのは難しいのです。

これらのことを考えると、母犬の命を軽視しているとしか思えないのです。帝王切開が失敗に終わっても子犬を取り出すことはできます。帝王切開の術後に母犬は感染症など起こすリスクもあるのです。

百瀬被告は「母犬は子犬を生み出す機械のように」考えていたのではないでしょうか。

帝王切開に使用された鎮静剤のドミトールとは?

百瀬被告の弁護側は、「殺傷の罪」については「帝王切開に鎮静・鎮痛効果のあるドミトールを使用していて、みだりに傷つけたことにはならない」と無罪を主張していましたと長野放送は伝えています。

ドミトールは鎮痛剤で麻酔薬ではありません。そのうえ、1時間から2時間しか効果がありません。上述のように帝王切開は避妊手術より多くの命の危険がある手術です。

それなのに、獣医師でもない人が、1時間少しで皮膚切開から子犬を取りだし縫合までできるのでしょうか。

帝王切開された犬は、麻酔ではなく鎮静剤が使われているので痛みを感じています。

なぜフレンチブルドッグとパグが帝王切開されたか?

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人気の犬種であるトイ・プードルなどではなく、なぜフレンチブルドッグやパグが帝王切開されたのでしょうか。たまたまこの2種類の犬種だったわけではないと思います。

この2種類の犬の特徴は、短頭の犬というわけです。一般的に短頭の犬は帝王切開が多いと言われています。つまり「鼻ぺちゃ犬」の犬種は、遺伝的に頭部が大きく骨盤が狭いため、自然分娩が困難であることが多いです。特に、イングリッシュ・ブルドッグなどは、ほぼ帝王切開で生まれています。この種類の犬だと自然分娩で生まれる子は稀なのです。

人間が犬を改良した結果、このように帝王切開でしか生まれない犬もいるのです。

452匹の犬のネグレクト

百瀬被告は無麻酔で帝王切開し、そのうえ松本市内の2つの犬舎で犬452匹に対し劣悪な環境で飼育して虐待し衰弱させています。新鮮な水と適切なフードを与えず、不衛生な環境で452匹の犬を飼育していたようです。

叩く、蹴るなどの積極的な行為だけが虐待ではないのです。糞尿を衛生的に処置しないで放置しておくこともネグレクトになり動物愛護法の観点からすれば、虐待行為になるのです。

このような多くの犬をネグレクトで飼育できる百瀬被告は、犬を命あるものと考えていなくて、子犬を生み出す機械と考えていたのでしょうか。

452匹の犬をネグレクト状態で飼育していた現場で、帝王切開した空間が衛生的だとは考えにくいです。

まとめ

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犬の繁殖をしている人は、このように心ない扱いをするのでしょうか。

筆者は、学生時代に酪農実習に行ったことがあります。ホルスタインという乳牛が100頭以上いる牧場でした。

その酪農家は、一頭一頭の乳牛を病気になっていないかよく観察していました。乳牛は、不衛生な環境で育てると病気になりやすいから、衛生的に糞尿が処理されていました。

犬も不衛生な環境で育てると皮膚病や胃腸疾患になったりします。犬を繁殖させることを生業にしている人は衛生的な環境で飼育していると信じたいです。このようなブリーダーは百瀬被告だけであってほしいです。

百瀬被告に帝王切開された母犬は、元気にしているのか気がかりです。健康に暮らしていてほしいです。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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