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今期最大のダークホースとなった『3年A組―今から皆さんは、人質です―』

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

実は始まる前、恥ずかしながら「連続10回とか続くのだろうか」と思っていました。『3年A組―今から皆さんは、人質です―』(日本テレビ系)のことです。

一種の狂気さえ感じさせる菅田将暉

第1話で、男が突然、高校に立てこもります。武器は爆弾。人質は3年A組の生徒全員です。しかも犯人は、担任教師である柊(菅田将暉)でした。

この事件の背景には、水泳の五輪代表候補だった女子生徒、景山澪奈(上白石萌歌)の存在があります。ドーピング疑惑で騒がれ、周囲から陰湿ないじめを受けていた澪奈が自殺したのです。

柊は、茅野さくら(永野芽郁)をはじめとする生徒たちに、「なぜ澪奈は死んでしまったのか、明らかにしろ」と迫ります。男子たちは何度か反乱を起こしますが、その都度、柊に制圧されてしまいました。

第2話では、澪奈の水着を切り刻み、後をつけ回し、自宅に投石したのがA組の女子生徒、宇佐美香帆(川栄李奈)であることが判明します。有名人の澪奈を友人にしたかった香帆は、澪奈がさくらと仲良くなったことを恨んだのでした。

この時、柊は香帆に言います。

「自分が同じことをされたらどんな気持ちになるか、想像してみろ」と。

さらにみんなに向かって、「想像力だよ!」と叫びます。

冷静と興奮。菅田の演技は、一種の狂気さえ感じさせるものでした。

澪奈の死の真相は? 柊の恋人だった元教師、相楽文香(土村芳)はなぜ心を閉ざしたのか? そして、すでに第1話で柊が屋上から身を投げるシーンが放送されているが、まさか、あれが結末なのか? 

そんなこんなを知りたいと思った人たちは、この1~2話で、すでにこのドラマに引き込まれていたというわけです。

言葉一つで他者の命を奪える時代

ドラマは第8話までが放送され、見る側も様々なことが分かってきました。私も当初は荒唐無稽な話と感じていましたが、完全な読み違いでした。「爆弾男の高校立てこもり事件」と思わせておいて、徐々にドラマの意図を明かしてきた、武藤将吾さんの巧妙な脚本の勝利です。

まず、このドラマでは、これでもかというくらい、ネットやSNSの“負の威力”が描かれていきます。澪奈(上白石)を追いこんだのも、執拗なネット上の中傷とフェイク動画の投稿でした。

A組の生徒たちもスマホ無しではパニックになるほど、このツールが日常化しています。確かに便利だし、使い始めたらやめられません。

しかし、この手のひらの中のパソコンは、使い方によっては自らの思考を停止させてしまうだけでなく、他者の人生を破壊することさえ可能な道具であることを、このドラマは再認識させてくれました。

そして、もう一つ。物語を支えているのが、柊(菅田)が生徒たちに語る「言葉」です。

何度も出てきた、「自分に置き換えて想像してみろ!」「自分の頭で考えてみろ!」は、はやりインパクトがあります。それ以外にも・・・

「迷って、もがいて、途方に暮れて、正解を求めて進んで、ダメなら引き返す。みんな、みっともないんだよ。それでいい。(中略)恥もかかずに強くなれると思うな!」(第5話)

「いい加減、目を覚ませ! よく考えるんだよ。本質から目をそむけちゃ、ダメなんだ。(中略)感情にまかせた過(あやま)ちが許される年齢(とし)じゃない。言葉、行動に責任持てよ!」(第6話)

「(大学に入ることだけに必死な生徒に)お前のゴールはどこだ?」(第7話)

挙げていくと切りがありませんが、病魔に侵された柊(菅田)が、どこまでも教師であろうとする意思によって、命がけで繰り出す言葉の数々は、このドラマの核となっています。

そんな柊が発するメッセージを勝手に解釈するなら、3年A組の生徒も含め、私たちは「言葉一つで他者の命を奪える時代」に生きている、ということではないでしょうか。

物語は最終章の直前で、柊の同僚教師であり、テレビカメラの前で空疎な言葉を並べていた武智大和(田辺誠一)が逮捕されましたが、まだまだ多くの謎が残ったままです。

まさに「真相はいかに?」であり、最終回まで予想がつかないこの面白さで、今期ドラマにおける、最大のダークホース(穴馬)となったことは間違いありません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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