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中国の名門大学で「思想の自由」が奪われる 共産党への服従求める?

宮崎紀秀ジャーナリスト
上海にある復旦大学。同校の規約改正に学生が反対(2019年12月19日撮影)

 中国では、アカデミズムの世界でさえ、学問の独立や思想の自由が失われるとの懸念が浮上している。複数の大学で、教育理念などをうたった「規約」が改正されているのだ。日本ならば、各大学が掲げる教旨や憲章に相当するだろう。

 国民に対し、社会主義的な価値観の浸透を強める共産党の方針が、高等教育の場にも強く表れ始めた形だ。

「思想の自由」が規約から削除された

 この問題が、知識人などの間で大きな話題になったのは、上海の名門、復旦大学で、同校の規約が改正された事態に関係する。教育省が、同校からの改正案を承認した事実が、今月半ばに明らかになった。

 規約の序文には、元々、学校の運営理念は「学術の独立と思想の自由、真理の探究に学術的価値を強調し…」というくだりがあった。

 しかし、改正後には、ここから「思想の自由」という文言が、削除されてしまった。

 序文に続く、総則の中では「法に基づき、独立自主に学術研究を展開する」とあった部分から、「独立」の言葉が削除された。

 こうした「自由」や「独立」の代わりに加えられたのは、中国共産党や国家への服従を求めるような文言である。

共産党の影響が強まる?

 序文には「学校の運営理念を堅持し、国家と民族の未来に奉仕する各界の人材の育成に力を注ぐ」と明記された段落があった。

 しかし、改正後には「学校は、中国共産党の指導を堅持し、党の教育方針を全面的に徹底」とした上「中国共産党の国政運営に奉仕する」などの内容に書き換えられている。

社会主義の建設者を養成する、などの標語がかかる復旦大学のキャンパス(上海。2019年12月19日撮影)
社会主義の建設者を養成する、などの標語がかかる復旦大学のキャンパス(上海。2019年12月19日撮影)

 序文のこの箇所には「中国の特色ある社会主義の新時代に立脚し」などのフレーズも加えられた。「新時代の中国の特色ある社会主義」思想とは、習近平国家主席の打ち立てた指導思想である。

 また、先に述べた「思想の自由」が削除された段落には、代わりに「愛国に奉献」というフレーズが足された。

 他にも、大学内の党組織(党委員会)の影響力を強めるとみられる改正箇所もある。

異例にも学生が反対を表明

 さて、この改正が明らかになった後、復旦大学の一部の学生が抗議の声を上げた。その際、携帯電話で撮影されたとみられる短い映像がある。十数名の学生が集まり校歌を合唱している。場所は、キャンパス内にある食堂だ。

 同校の校歌は、学術の独立と思想の自由を掲げている。校歌を歌うことで、反対の意思を表明したのだ。中国の大学で、学生が集団行動に出るのは異例。その上「危険」だ。大学当局、場合によっては警察の介入を招く。だから同校の規約改正が、関心を集めた。

 ある学生によれば、今回の改正について、学生たちは突然知らされたという。その後、グループチャットなどを通じて、集合して反対の声を上げようと学生からの呼びかけがあった。それが校歌の合唱という結果につながったらしい。

 ただ、学生の抗議の声はこの1日だけで抑え込まれてしまったようだ。

 大学からは「すでに教育省も承認したことなので、従うように」という趣旨の通知があり、改正への反対意見を述べた書き込みなども削除されたという。

この話題はもうタブー?

 この事態が起きた直後、復旦大学のキャンパスで学生たちに話を聞いてみた。

 1年生という女子学生は、「学生から反対の声が出ているのは知っています」と話した。ただ、自身の考えについて尋ねると「詳しい内容は知らないから、分かりません」と繰り返した。

 また、別の4年生という男子学生は、この問題を尋ねられた瞬間に、困ったような表情を浮かべた。そして「答えられません」と申し訳なさそうに述べるにとどまった。

 学生たちの間にすでに「この話題に関わるべきではない」というムードが浸透しているようだった。

 復旦大学の他にも、南京大学や陝西師範大学など複数の大学で、最近相次いで規約改正されたことが明らかになっている。

 中国の大学では、相次ぐ規約改正に加え、教授や教員らが、言論を理由に解雇などの処分を受ける事態が少なからず起きている。最も自由であるべきはずのアカデミズムの世界でも、この国では、その空間が狭まりつつある事態が進行しているように見える。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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