ツインズの前田投手を支える投手コーチはどんな人か? データと人を知る現代的伯楽の姿
近年、メジャーリーグでは、プロレベルでの競技経験を持たないコーチが招へいされている。
ツインズのウェス・ジョンソン投手コーチもそのひとりだ。
8月18日のブルワーズ戦での8回無安打無失点、ノーヒット・ノーランを逃した試合だけでなく、安定した投球を続けるツインズ前田投手を支えている。
ジョンソン投手コーチはもともとは学生野球の指導者。強豪アーカンソー大学のコーチから、2019年にツインズの投手コーチに転身した。大学卒業をしてから、さらに運動学で修士号を取り、データ解析に長けた人物だ。
大学野球は、メジャーとは違い、4年以内で選手たちを最大限に成長させなければいけない。プロのようにトレードはできないから、リクルートした選手、入部した選手たちをいかに伸ばすかの手腕が問われる。そういった事情やアカデミックな知見を得やすい環境だったからか、大学野球は、メジャーなどのプロに先駆けて、身体データやボールのデータを取得するテクノロジーの活用に積極的だった。
私はジョンソン投手コーチに、今年の春のキャンプで初めて会った。一般人よりも大柄な選手たちのなかでひときわ小柄だが、その体からは前向きなエネルギーがあふれていた。
私はこんな質問をしていた。
ー学生野球の投手は20歳前後ですが、メジャーにはいろいろな年代の投手がいて、ここに至った道のりも違います。いろいろなバックグラウンドを持つ選手にどのようにアプローチされているのですか。
ジョンソン投手コーチの答えはこうだ。
「最初に選手をよく知りたいと思っています。ケンタ・マエダとも話をして、彼についていろいろと聞いたんです。彼の家族のこと、小さな女の子と男の子がいて、とか。私は、まず、選手たちをよく知りたいんです。私がそういうところでつながりたいのだ、ということを選手たちにも知ってもらいたい。野球の話はそれからですね」
ー対話をして選手を知ることからコーチングが始まるのですね。
「その通りです。どのようにしたら彼らに分かってもらえるか、教えることができるのかを、我々は知る必要があるのです。例えば、ケンタと他の人たちとでは、どのように物事をを学ぶのかは、同じではありません。私とケンタとでも、学び方は違います。だから、私が選手を知ることで、どのようにしたら選手を助けられるかを知ることもできると考えています」
そしてこのような一言を付け加えた。
「もしも、私が、みんな同じ方法で学ぶのだと考えていたら、一部の選手はずっと学べないままになってしまいます」
どのようにして学ぶか、身につけるのかは、それぞれに違うのだ、ということをわかりやすく説明してくれた。
学生野球のコーチをしながら、大学でバイオメカニクス(生体力学)を勉強したジョンソン投手コーチは、データを使った投球フォームの分析もしている。キャンプ地にもそのための機器が設置してあった。これらの機器を使ってバイオメカニクスの観点から選手のフォームを分析することも、「よりひとりひとりの違いを知ることにつながった」と地元ラジオの取材に答えている。
バイオメカニクスを学ぶことで、ひとりひとりの選手には違ったアプローチが必要と考えるようになったのは、大学野球の指導をしていた2012年ごろからで、各投手にあわせた育成の計画を立てるようになった。それぞれの投手の能力と限界を知ることで、コーチングに役立てることができたという。
誰もが160キロの速球を投げられるわけではないし、一口にカーブ、フォークといっても、変化の仕方、ボールの軌道は投手ごとにそれぞれに異なるから、当然といえば、当然かもしれない。
スポーツ界でもデータ全盛時代を迎え、データが選手の判断を方向付け、どのような選択をするかの枠組みを作っていると言われる。
データを使ったコーチングは、コーチ自身が競技経験を通じて得た経験値の伝授ではない。プロとしての競技経験のない人がメジャーリーグのコーチとして活躍するようになったのも、そのコーチの競技経験値ではなく、データの活用手腕が買われるようになったからだ。
そういったデータの活用について、パフォーマンスを判断する主体が人間でなく、データになってしまっているという批判はある。
しかし、ジョンソンコーチはテクノロジーを活用して収集したデータを機械的に分析して提供しているわけではない。ひとりひとりの投手は学び方が違い、コツや感覚のつかみ方にも違いがある。それぞれにどのようにコーチングすればよいか選手との対話を通じて、自らの頭脳で考えている。どのように助言を与えるかという判断の主体は、人間であるコーチにあるといえるのではないか。
ジョンソンコーチの存在そのものは、今の時点のAIでは取って変わることができない。小柄な体から発する明るいエネルギーで選手に接し、話をして、その土台の上にデータを扱う。2020年の名伯楽のひとつのモデルといえるかもしれない。