韓国は北朝鮮をどう見ているのか…ミサイル実験前後でも変わらない「原則」とは
28日午後、韓国の趙明均(チョ・ミョンギュン)統一部長官は、ソウル外信記者クラブを訪れ、記者懇談会を行った。その席で各国の外信記者との間に行なわれた質疑応答は、南北関係の今、そして韓国が北朝鮮をどう見ているのかを理解するのに最適なものだった。
(おことわり)記事を編集中の29日午前3時過ぎ、北朝鮮が弾道ミサイルを発射したとの一報が入りました。記事中の趙長官の発言は、あくまで前日の28日午後に行なわれたことであることを明記しておきます。
「文在寅の朝鮮半島政策」は平和共存と共同繁栄がビジョン
この日、趙長官が外信記者の前に現れたのは、先日22日に発表した「文在寅の朝鮮半島政策」を説明するためだ。筆者は同政策発表直後の25日に、本欄で詳細な記事を書いたので、関心がある方はこちらも合わせて参照願いたい。
韓国政府が朝鮮半島政策を発表…北との「平和共存、共同繁栄」を前面に(Yahoo!記事)
「文在寅の朝鮮半島政策」を簡単に表したのが下記の図だ。
小さな平和と経済協力を積み重ね、平和共存・共同繁栄というビジョンを朝鮮半島のみならず、東北アジア地域で追求していくというものだ。
趙長官はこの構想を説明しながら「平和と繁栄の朝鮮半島を南北と周辺国家が共に達成するというものだ。政府は今後、具体的な内容を埋めていく。北朝鮮および周辺国家と協力していく」と抱負を述べた。
さらに、「7月17日に北朝鮮に向け提案した会談は今も有効だ」と続けた。これは以下の二つの提案を指す。
(1)南北が軍事境界線上での軍事的緊張を緩和するため、軍事境界線での軍事的緊張を高める一切の敵対行為を中止するための南北軍事当局会談を提議する。
(2) 離散家族再会行事の開催など、人道的な懸案解決のための南北赤十字会談
北朝鮮が「肯定的な反応はまだ送ってきていない(同)」状況ながらも、「長い呼吸で原則と一貫性を堅持しながら北朝鮮核問題の解決と南北関係の復元をぶれずに行っていく」と趙長官は述べた。
次いで行なわれたのが質疑応答だった。多くの質問があったが、主要な内容を抜粋し紹介する。
また、一般的な記事としてこうした書き方はしない点を重ねておことわりしておきたい。しかし、南北関係において、韓国がどんな立場なのか、どんな原則を持っているのかを読者に正確に理解していただこうと、このような記事の体裁をとった。読者の知識の一助になれば幸いだ。
核から人道支援、平昌オリンピックまで。14の質疑応答
質問1:北朝鮮に挑発の動きがあるという報道があった。事実なら70数日ぶりとなるが、統一部で認識している北朝鮮の動静があるか?(編注:北がミサイル発射や核実験を行うことを韓国では「軍事的挑発」と呼ぶ)
答:北朝鮮は今年の9月15日以降、追加のミサイル発射実験や核実験は行っていないが、この間にも関連するエンジン試験や燃料の試験を継続的に行ってきた。最近になって注目すべき動きがあるのは確かだ。具体的な挑発につながるのかは関連国と共調しながら見守っている。
質問2:南北対話を行うために、韓国はどんな努力をしているか。北朝鮮はそれに対しどう反応しているか。
答:現在は南北間のあらゆる連絡チャネルが断絶している。過去には南北間に30回線以上の連絡チャネルがあった上に、多様な南北対話があった。これが昨年以降、すべて断絶した。
これは非常に危険な状態だ。(今月13日)板門店で起きた北朝鮮兵士帰順(亡命)事件をとっても、南北の些細で偶発的な衝突が、戦闘に拡大する危険性をはらんでいるのに、連絡チャネルがないというのは危ない。
南北間には離散家族再会問題や、抑留者問題などもあるが、対話を通じて解決しなければならないこうした問題が進まない。
現状は緊急な連絡チャネル復旧のための対話を模索している。7月17日に北朝鮮に対し会談を提案したが公式な返事がない。民間の接触にも北朝鮮は「今はその時でない」という反応だ。これ以外にも対話再開の努力をしているが、肯定的な信号は今までにないと見ていい。
北朝鮮が、南北当局間・民間の交流に否定的な反応を示す理由は「米国と直談判をする」という目標から来ている。この段階で南北間の交流を進めることは、北朝鮮にとって実益をもたらさないと見ているようだ。
質問3:北朝鮮は近いうちに「核武力の完成」を宣言する可能性があるか。
答:北朝鮮は今年、核兵器と運搬手段において「完成段階」に入ることを目標とした。大気圏再突入技術の完成には今後、2〜3年かかるという見方があるが。これが早まり、来年にも完成を宣言する可能性もある。来年は朝鮮労働党創建70周年でもあるので、核兵器の完成を宣言するかもしれない。
質問4:過去に行った6者協議は北朝鮮に核開発をする時間と余裕を与えたと見る向きがある。どう考えるか?
答:北朝鮮核問題が提起されて26年が経ち、解決するためにその間、4回以上の協議があった。一般的な評価として、成果がない、失敗したという見方があるのも事実だ。
だからといって、このような協議が今後も必要でないと見るのは不適切だと思う。「制裁や圧迫」に対しても同じように思う。過去の北朝鮮との協議は、行くとこまでいかなかったし、体制の圧迫も北朝鮮が実感するレベルまではいかなかった。今の時点で効果がないと判断するのは早計だ。
また、北朝鮮核問題を解決するにあたり「制裁と圧迫」は部分的に効果を現していると評価している。北朝鮮が正しい姿勢で対話に望む変化を誘導するために「制裁と圧迫」は継続される必要がある。さらに今後の協議では、北が体制の生存のために核を開発するという問題を協議で論議する必要がある。(編注:体制の保持を保障する点を含め協議するということ)
質問5:9月15日から北朝鮮が軍事的挑発を控えている理由はどこにあると見るか。(編注:会見は28日午後、弾道ミサイル発射は29日午前3時)
答:様々な要因が複合的に作用。まず季節的な側面がある。これまでの統計によると冬には挑発の回数が顕著に減る。挑発を行う場合、北朝鮮兵士全体に非常警戒令を下さなければならないが、この時期には北朝鮮国内では兵士の労働力動員に対する需要がある。
次の要因としては、長距離ミサイルの大気圏再突入など、技術的に補完する部分があるということだ。北朝鮮の立場では「核武力の完成」をアピールしなければならない中、もう少し時間が必要な側面がある。
3つ目の要因は、金正恩政権が掲げるスローガン「核・経済並進路線」だ。核兵器を保有するのと同時に経済も成長させる、北朝鮮住民の衣食住を解決するということを目標としたが、金正恩の立場では経済にも神経を配る姿を見せる必要がある。
4つ目の要因は最近になって、米韓が戦略資産を動員し、北朝鮮の挑発を抑えるための軍事訓練をしていることも作用していると見る。
質問6:北朝鮮のミサイル技術がここ1年の間に急速に発展したように見えるが、どのようにそんな技術発達を成し遂げたのか。
答:北の核兵器開発の歴史は長いが、最近の動きを見ると北朝鮮が自力では確保することのできない技術や資材を持っていると評価できる。北朝鮮が国際的に多様な方法で獲得する努力をしたものと判断している。
質問7:北朝鮮への人道支援800万ドルについて、国連では年内の支援を望んでいるようだ。趙長官は最近、WFP(世界食糧計画)事務総長との会談の中で「全般的な要件を考慮しながら支援を進める考えだ」という基本的な立場を表明した。この際の「総合的な要件」とは何か。また、年内に北朝鮮に支援が到達するのか。
答:国際機構を通じた800万ドルの支援はWFPとUNICEF(国連児童基金)に支援するものだ。WFPとは実務面でも支援の手続きや方法について協議しており、協議はほとんど終わりつつある。これを土台に時期を決める。
政府の立場としては、特に北朝鮮の脆弱な人々を考えている。我々は統一を志向する、今後ともに生きる同胞だという認識からスタートしている。軍事的挑発に対応することも深刻な問題だが、北朝鮮の住民が苦しんでいるという点も、統一を考える際に無視できない人道的側面の問題だと見ている。適切な時期に支援に入る。
質問8:板門店で北朝鮮兵士が帰順(亡命)した際の北朝鮮兵士の停戦協定の違反について、統一部はどんな法的措置を執るのか。
答:広く知られていることだが、北朝鮮は3つの点で停戦協定を違反した。まず、韓国に向けて銃撃を行ったこと、兵士が軍事境界線を越えて南側に入ったこと、そして自動小銃を所持していたことが停戦協定違反にあたる。JSA(共同警備区域)を管轄する国連軍が対応しているが、(南北関係を主管する)統一部も事態を深刻にとらえている。だが、現在は南北の連絡チャネルが断絶しているので、北側と公式に話す窓口がない状況だ。
質問9:金正恩氏は近頃、果物農場、化粧品工場、自動車工場などを現地指導している、これは経済に重点を置いていると見るのか、別の目的があるとみるのか。
答:大きく2つの側面があると見る。先述の通り金正恩氏の目的は「核と経済の並進だ」。核は「完成段階に入っている」と北朝鮮みずからが宣言し、国際社会もそう見ている。そうした状況の中で、同氏としては経済も良くなっていることを北朝鮮住民に見せる必要があると見る。こうした意図がある。
次に、北朝鮮への制裁が強力に全方位的に行われている中で「制裁に対し長期的に対応していく」という側面から同氏が経済面に神経を払うのではないかと見ている。
質問10:北朝鮮専門家は体制保持のためにも金正恩が核を放棄することはないと言う。政府は「制裁と圧迫」を進めると北朝鮮が核を放棄すると考えているようだが、どの水準の制裁と圧迫が必要という目安があるのか。
答:これまで何度も政府が発表、言及したが「制裁と圧迫」の目標は北朝鮮の核放棄にある。だが、現実的にこうした「制裁と圧迫」だけで北朝鮮が核を放棄する可能性は高いと見ていない。
「制裁と圧迫」を通じ北朝鮮の態度を変化させ、北朝鮮が協議に正しい姿勢で出てくるようになるのが目標だ。どの水準までというよりも、協議に出てくるまで、そして協議が一定の軌道に乗るまで「制裁と圧迫」は必要だとする。
北朝鮮との非核化の協議は様々な段階にわけられる。そもそも北朝鮮と米国、国際社会との立場の違いが非常に大きい。このため協議自体が難しい。協議のための協議が必要で、これも協議の一つと考えている。
北朝鮮が明確な意志を持って軍事的挑発を一定期間中断するのなら、協議に入る基本的な状況に整うというのが米韓間の基本的な認識だ。
質問11:平昌オリンピック期間内に北朝鮮の軍事的挑発があると思うか。あるとしたらどのような挑発があると思うか。
答:韓国政府は国際社会、IOC(国際五輪委員会)と共に平昌オリンピックを平和なオリンピックにするという強い意志を持って準備している。先日には国連でオリンピック期間内の休戦決議もあった。韓国政府には米国との同盟を基盤とする強い抑止力がある。これをもって、平昌が平和オリンピックになるよう、あらゆる努力をする。
北朝鮮の態度については判断しかねるが、必ず平和な雰囲気の下で国際社会のお祭りとなるようにする。
質問12:北朝鮮の人権問題について聞きたい。先日の「文在寅の朝鮮半島政策」ではわずかに言及されただけだった。北朝鮮の人権問題は2014年の国連COI報告書により深刻であることが確認され「北朝鮮の最高位層によるもの」と認識されている。
平和共存と共同繁栄というビジョン、金正恩体制の保障という原則の中で、北朝鮮の人権問題がどのように扱われるのかが知りたい。北朝鮮の指導部の責任を問わなければならないのではないか。人権問題は統一部の所管だ。(筆者・徐台教の質問)
答:人権問題に関しては、文在寅政府も深刻なものと見ている。「文在寅の朝鮮半島政策」においても決しておろそかにしたのではなく、(編集の)内容上そうせざるを得なかった。離散家族再会といった緊急の課題もやはり一行の言及にとどめている。人権を決して軽く見ているわけではない。
また政府の国政課題にも重要なものとして言及してある。こうしたことから国際社会と同様に人類の普遍的な価値という考えからこの問題を解決するために政府は努力を続けていく。「人権問題が改善しないから他の交渉はしない」というアプローチが必要なのかについては、南北関係の他の懸案と同列に並べて(合わせて)考える必要があると説明できる。
質問13:北朝鮮が平昌オリンピックに参加するという意思表示があったか。参加すると見るのか。
答:北朝鮮は来年2月から3月にかけて行われる平昌オリンピックとパラリンピックについて、公式的な参加意志を表示していない。パラリンピックについては5月に参加意向書を出したが、その後、選手登録などの手続きは進んでいない。政府は参加に向け努力しているが、北朝鮮はまだ肯定でも否定でもない態度だ。
文在寅大統領は「楽観も悲観もしない。待ってみよう」としている。北朝鮮は近頃、自身の正当性をアピールする外交努力を行っている。こうした側面から、平昌への参加は、自然に北朝鮮の立場を表現するひとつの契機になるのではないか。フィギュアスケートなどの参加権もあることから、参加を今後も促していく。
質問14:開城工業団地を北朝鮮が一部稼働させているというが、実態をどう把握しているのか。今後、政府として工団を再開する考えがあるのか。
答:北朝鮮が工団を勝手に稼働させている動きが捕捉されたのは事実だ。政府の立場としては、公団を稼働させている兆候は見られるが、実際に、どの程度稼働させているのかまでは分からないでいる。
こうした動向は今年3月からあったもので、近頃になって特に変わったわけではない。再稼働に関しては、閉鎖(2016年2月に閉鎖)から約2年になるので、判断が難しい。北朝鮮の核問題が解決局面にあると判断できる場合、再稼働を進めることになる。
ミサイル発射後の韓国政府の立場「北朝鮮は自らを孤立と没落に導くな」
11月29日午前3時17分に行なわれた北朝鮮のミサイル発射実験を受け、韓国は午前6時から約1時間、文大統領直々の主宰でNSC(国家安全保障会議)を開いた。
この中で文大統領は「北朝鮮は自らを孤立と没落に導く無謀な選択を即時中断し、対話の場に出てこなければならない」と促した。
さらに「北朝鮮が挑発的な軍事冒険主義を止めない限り、朝鮮半島の平和は不可能だ」とし「北朝鮮が核とミサイルを放棄するときまで、米韓両国をはじめとする国際社会は強力な制裁と圧迫を進めざるを得ない」と強調した。
また、「大陸間を飛び越える北朝鮮の弾道ミサイルが完成する場合、状況は制御不能なほど悪化する可能性がある」と懸念を示し「北朝鮮が誤った状況判断のもとで我々を核で脅かす状況や、米国が先制攻撃を念頭に置く状況を防がなければならない」と朝鮮半島の平和に対する大きな憂慮を示した。
このように、韓国の思惑と事態は別の方向に進んでいる感があるが、韓国としてはまず朝鮮半島での武力使用を絶対に防ぐというミッションがある。この原則の下、上述してきたような今後のビジョン、現状認識があるという点を押さえておきたい。(了)