Yahoo!ニュース

「中国ではなく米国が世界支配する未来を確信」トランプ氏 共和党の新戦略はキャンセル・カルチャー批判か

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 保守政治行動会議(CPAC)で1時間半にわたって演説を行ったトランプ氏。

 大統領選出馬を示唆したものの明言はしなかった同氏だが、終始、バイデン大統領批判に徹したその演説は、2024年の大統領選のスタートを彷彿させた。

 トランプ氏はどんなことを話したのか?

 一言で言えば、その内容は、自身が打ち立てた主要な政策が、バイデン氏の出した大統領令や政策でことごとくキャンセルされてしまったことに対する“恨み節”のように聞こえた。

 リベラル派にキャンセルされてしまったことに対する保守派の反発か、2021年のCPACのテーマは“America Uncanceled”。「キャンセルされないアメリカ」だった。アメリカは終わりではない、と言いたいのだ。

 演説の中で、トランプ氏は、バイデン氏はわずか1ヶ月で“アメリカ・ファースト”を“アメリカ・ラスト”にしたと述べたが、バイデン氏にキャンセルされたトランプ氏の“アメリカ・ファースト”は終わりではない、終わらせはしないと主張したかったのだろう。

 トランプ氏は演説の中で「キャンセル・カルチャーを否定する」と力説した。

「ここにいる共和党支持者は、急進的な民主党、フェイク・ニュース、そして、有毒なキャンセル・カルチャーに反対することに取り組むだろう。耳新しいキャンセル・カルチャーに」

現代の村八分

 「キャンセル・カルチャー」とは、ある人がした発言や行ったことが正義に反したり不快だったりしたために、その人を完全に否定したり支援を止めたりする、つまりキャンセルしてしまう社会現象のことだ。

 例えば、著名人が問題発言をしたら、その著名人に対してSNSなどで集中砲火的にバッシングを行って番組降板へと向かわせたり、企業が問題ある言動をした場合は、その企業が製造している商品の不買運動が起きたりする。問題の言動をした人や企業をボイコットしたり攻撃したりして、社会的に抹殺してしまおうとするのである。

 キャンセルしようという運動が起きる背景には、1つにはポリティカル・コレクトネス(政治的公正)という考え方がある。

 例えば、昨年、アメリカ各地で、南北戦争で奴隷制を維持するために戦った南部連合の指導者の彫像を引きおろす運動が起き、トランプ氏はこの運動について「キャンセル・カルチャーだ」と言って非難した。

 彫像を引きおろす運動が起きたのは、当時行われていた奴隷制という人種差別が、社会における様々な差別や偏見を否定し、平等や多様性に正義を見出しているポリティカル・コレクトネスという考え方に反するからだ。ポリティカル・コレクトネスは政治的正義や社会正義を重んじているのである。つまり、奴隷制という歴史的事実よりも、奴隷制という人種差別を否定するポリティカル・コレクトネスが重視された結果、彫像はキャンセルされてしまった=引き下ろし運動が起きたのだ。

 ポリティカル・コレクトネスは特にリベラル派が重視する考え方で、トランプ氏はそれをよく批判していた。ある集会の時、マスクを身につけていたフォックスニュースの女性司会者に「マスクをつけているのか? ポリティカリー・コレクトだな」と言って揶揄したこともある。

 ポリティカル・コレクトネスは重要だが、行き過ぎると、正義の押し付けやポリティカル・コレクトネスを受け入れない人を全否定する「キャンセル・カルチャー」につながるという問題も孕んでいる。

 人々がキャンセルされるのを恐れて周囲の空気に合わせるようになり、自由に意見を述べたり、オープンに議論したりすることが難しい状況も生まれる。「言論の自由」が脅かされてしまう危険性があるのだ。

 また、ある言動のために、社会から排斥されてしまうという非寛容な状況な生まれる可能性もある。英語のwikiでは、「キャンセル・カルチャー」は「現代の村八分」とまで説明されている。

 先日、前東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森氏が女性蔑視発言で辞任したが、おそらくは女性差別ということを意図せずにしてしまったポリティカリー・コレクトではない発言「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」により、同氏もキャンセルされてしまったといえるかもしれない。

トランプ氏こそキャンセルしてきた

 トランプ氏が「キャンセル・カルチャー」を批判するのは、自身が「キャンセル・カルチャー」の被害者だと考えているからだろう。「議事堂まで歩いて行こう」という発言が議事堂暴動を煽動したとして、ツイッターやフェイスブックのアカウントがキャンセルされてしまったことは記憶に新しい。何より、大統領時代の言動や偽情報拡散のため、大統領選で米国民からキャンセルされてしまった。

 メキシコ国境の壁建設、イスラム系の人々に対する入国禁止令、WHO脱退、パリ協定離脱、カナダからアメリカへ石油を運ぶ「キーストーン・パイプライン」の敷設など自身が打ち立てた主要な政策も、バイデン氏の出した大統領令によりことごとくキャンセルされてしまった。

 「中国ウイルス」というトランプ氏の常套句も、バイデン氏により使用禁止=キャンセルされた。だからだろう、トランプ氏は、今回の演説でも、新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んで、アンキャンセルして見せた。

 トランプ氏が忌み嫌う「キャンセル・カルチャー」。

 米紙ニューヨーク・タイムズは、「キャンセル・カルチャー」という言葉が共和党の新たなキャッチフレーズになったと指摘している。トランプ氏は、これまで「フェイク・ニュース」という言葉でメディアを批判し支持者の支援を集めてきたが、今度はリベラル派の「キャンセル・カルチャー」を批判することで支援を集めようとしているようだ。

 しかし、トランプ氏が「キャンセル・カルチャー」を理由に民主党やリベラル派を批判するのは自身の言動を棚にあげた行為だ。トランプ氏自身、数多くのキャンセルを行ってきたからだ。

 例えば、グッドイヤーが、職場でトランプ氏のスローガンであるMAGA(Make America Great Again)入りの野球帽を被るのを禁じた時、トランプ氏は「グッドイヤーのタイヤを買うな」とツイートした。

 トランプ氏が2015年、メキシコはアメリカにドラッグ・ディーラーやレイピストを送り込んでいるという発言をした際、メイシーズデパートはトランプ氏のアパレルブランドを締め出したが、それに対しトランプ氏は「メイシーズでショッピングをするな」と不買を呼びかけた。

 プロフットボールリーグの選手たちが、黒人への暴力に抗議して国歌斉唱の際に跪いた時は、トランプ氏は「クビにしろ」とツイートし、フットボールリーグを支援しないよう呼びかけた。

 カリフォルニア州サンバナディーノの銃乱射事件で、アップルが、容疑者が使っていたiPhoneのロック解除をしてほしいというFBIの要求を拒否した時は「アップルが政府の要求を呑むまで、アップル製品をボイコットすべきだ」と訴えた。

 メディアを批判してきたトランプ氏は、ワシントン・ポストやNBC、ウォール・ストリート・ジャーナルなど主要メディアのジャーナリストたちもクビにするよう訴えてきた。

 また、トランプ氏は、今回の演説で、弾劾裁判でトランプ氏は有罪と判断した17名の共和党造反議員の名前を1人ずつ名指しして糾弾し、支持者たちに「彼らを排除しろ」といってキャンセルを呼びかけた。

最終的にキャンセルしたいのは中国

 しかし、トランプ氏が最終的にキャンセルしたいのは中国だろう。それは演説の端々から感じられた。

「我々は、急進主義や社会主義、そしてその行き着く先にあるコミュニズムの猛攻撃と最終的に闘う」

「民主党の使命は、社会主義を推進することだ。彼らは、社会主義を推進したがっているが、社会主義は最終的にはコミュニズムに繋がるだろう。そうなるだろう。我々の支持者の中に、ベネズエラや、南アメリカ、ラテンアメリカの国々の人々が多いのはキャンセル・カルチャーのために何が起きたかを見てきたからだ。(思っていることを)話すことができず、話を打ち切られ、言葉を与えられていないのだ。

 我々は自由な思想を培ってきた。我々はポリティカル・コレクターに立ち向かう。左派の狂気を否定する。特に、キャンセル・カルチャーを否定する」

 また、自身が中国に対して強硬な政策をとってきたことを自賛し、中国ではなくアメリカがこれからも世界の覇権を握り続けると訴えた。

「中国に立ち向かい、アウトソーシングをやめ、工場や供給チェーンをよび戻し、中国ではなくアメリカが世界の未来を支配すると確信している」

 トランプ氏の頭の中では、バイデン政権=キャンセル・カルチャー=コミュニズム=中国=アメリカの敵という図式が出来上がっているのだろう。

 トランプ氏は、自身も加担してきた「キャンセル・カルチャー」批判を武器に、バイデン民主党政権を打倒し、中国の世界支配の動きに歯止めをかけることができるのか?

(関連記事)

トランプ氏が“金ピカの像”となって神格化された日 「共和党の大統領を復活させる」退任後初演説

トランプ氏の行く末 「共和党大統領候補指名は確実」と共和党重鎮、「刑務所行きだ」と元顧問弁護士

共和党上院トップに参戦したトランプ氏 、今大統領選予備選が行われたら圧勝

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

飯塚真紀子の最近の記事