「疑惑動画」のからくりをネットユーザーが暴く、解明のカギになったのは?
「疑惑動画」のからくりを暴いたのは、ウクライナのネットユーザーだった。その解明のカギとなったのは――。
ウクライナ情勢をめぐり、フェイクニュース(偽情報)を絡めた「ハイブリッド戦」は緊迫度を増している。
2月18日午後には、ウクライナ東部の親ロシア派支配地域の指導者らによる住民への「避難指示」の動画が公開。数十万規模と言われる住民の、ロシア領内への大規模避難が始まった。
だが、この動画が公開の2日前にあらかじめ準備されていたものであることを、ウクライナのネットユーザーが独自のファクトチェックで暴露。各国メディアもこぞって報じている。
ウクライナの「危機」をめぐる事態の展開が、事前の“シナリオ”に沿って進んでいる――そのからくりを浮かび上がらせる、ネットユーザーによるスクープだ。
「ハイブリッド戦」の最前線でファクトチェックの一端を担っているのは、そんなウクライナのネットユーザーたちのようだ。
●「避難指示」を伝える動画
「ドネツク人民共和国」を名乗るウクライナ東部、ドネツク州の親ロシア派の支配地域指導者、デニス・プシリン氏は2月18日午後、自身のホームページやロシア発祥のメッセージアプリ「テレグラム」、ユーチューブなどに公開した2分17秒の動画で、そう述べている。
その数は70万人規模に上り、バスなどを使ってウクライナに隣接するロシアのロストフ州への移動が行われている、という。
またプシリン氏の動画公開後、やはり親ロシア派支配地域「ルガンスク共和国」指導者、レオニード・パセクニク氏も、同様に2分13秒の「避難指示」動画を「テレグラム」などで公開している。
「テレグラム」への動画公開日時(東欧標準時)はプシリン氏が18日午後3時4分、パセクニク氏が約1時間後の午後4時16分。動画の尺(2分17秒と2分13秒)、ウクライナ軍による侵攻が間近である、との主張の論点も共通している。
だが共通しているのは、それだけではなかった。
●動画からわかること
ウクライナのネットユーザーは、動画が公開された18日の午後7時20分すぎに、ツイッターなどにそう投稿している。
2月16日は、ロシア軍によるウクライナ侵攻の「Xデー」と目された日だ。だが、16日は侵攻はなかった。
親ロシア派は、翌17日にウクライナ軍による過去最大級の砲撃があったとしており、攻防の激化も報じられた。しかし、「避難指示」の動画はその攻防激化よりも前に撮影されたことになる――ユーザーはそう指摘する。
「メタデータ」と呼んでいるのは、映像のファイル情報のことだ。動画のサイズや撮影日時まで、様々な情報が記録されている。
ソーシャルメディアでは、ユーザーが動画や画像をアップロードする際に、自動的にメタデータを削除するケースも多い。だが「テレグラム」では自動削除をしていない。
また、ユーザーが情報漏洩対策を意識する場合には、画像や動画のアップロード前にメタデータの確認を行うが、「避難指示」動画ではそれも行われていなかったようだ。
この動画を「テレグラム」からダウンロードし、メタデータを確認すると、公開の2日前である2月16日の午後5時31分に作成されたことがわかる。また、動画作成に使われたソフトが「アドビ・プレミア・プロ CC 2014(ウィンドウズ版)」であることなども、記録されている。
それだけではない。「メタデータ」には、この動画が保存されていたパソコンのフォルダー名も記録されている。それによると、フォルダー名は「マングース放逐(Бросок мангуста)」となっている。
米国のケネディ政権時代、ピッグス湾事件失敗後の米中央情報局(CIA)によるキューバのカストロ政権転覆計画が、「マングース作戦」の名で知られる。「興味深い偶然だ」と指摘している。
ユーザーはさらに、「ドネツク人民共和国」のプシリン氏の「避難指示」動画についても、同様にメタデータから2月16日に作成されたものであることを指摘する。
データによれば、動画の作成日時は2月16日午後7時7分。動画作成に使われたソフトは「アドビ・プレミア・プロ2020(ウィンドウズ版)」。こちらは、パソコンのフォルダーに特徴的な名前はついていない。
プシリン氏の「避難指示」動画のタイトルは「軍事情勢の急激な悪化に伴う緊急スピーチ」。さらに動画の中でも、「本日2月18日」と日付を述べている。
その「緊急事態」は、遅くとも2日前から準備されていた。
●ネットユーザーからメディアへ
この指摘を受けて、複数のユーザーがその内容を拡散する。中には、メタデータの確認方法を動画でわかりやすく解説するユーザーや、それをさらに拡散するユーザーもいた。
ウクライナ情勢のウオッチを続けるメディア関係者が、それらを相次いで取り上げる。
調査報道メディア「べリングキャット」の研修・調査ディレクター、アリック・トーラー氏(米カンザスシティ)は、18日午後8時20分(東欧標準時)、拡散された別のユーザーによるツイートとともに、「避難指示」動画の作成日時の問題を取り上げる。
そしてトーラー氏が「テレグラム」におけるメタデータの取り扱いを検証していくうち、「ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティ」のマーク・クルトフ氏(プラハ)が、プシリン氏の動画の作成日時についても指摘する。
この応答を受けて、まずリガ(ラトビア)の調査報道メディア「ジ・インサイダー」が、トーラー氏らの指摘をもとに「避難指示」動画の問題を報道。これを受けて、ウクライナのウェブメディア「ウクラインスカ・プラウダ」もこの問題を報じる。
さらにドイツの国際公共放送「ドイチェ・ヴェレ」や英BBC、米国のアクシオス、AP通信、NPRなどへと報道の波が広がっていく。
●フェイクの中心と周縁
フェイクニュースを絡めた「ハイブリッド戦」は、急速にその規模を拡大させている。
※参照:フェイクツイート3,000%増が軍事的緊張を後押しする(新聞紙学的 02/14/2022)
そして、フェイクニュースの氾濫は、計画的な「仕込み」が巻き起こす混乱と、その混乱への便乗とが、混然一体となって広がる。
ネットでは、そんな実例も浮かび上がった。
親ロシア派地域の両指導者が「避難指示」動画を撮影した翌日の2月17日、ウクライナ国防省は、その親ロシア派からの攻撃によって、東部ルガンスク州スタンツィアの、子どもたちもいた幼稚園が被弾し、職員3人がけがをしたと発表している。
この被害について同省は、ロシアメディアがウクライナ政府による自作自演のような印象を与える映像を放送している、と批判している。
そんな混乱に便乗する投稿も拡散した。砲撃のあった日の夜、壁に穴の開いた幼稚園の前に、ドリルの重機が写り込んだ写真が投稿されたのだ。壁の穴は、親ロシア派の砲撃ではなく、ウクライナ政府側がドリルで意図的に開けたもの、との印象を与える画像だ。
他のユーザーから画像の「出所は?」と尋ねられて、投稿ユーザーはすぐさま、「フォトショップで作成した」と種明かしをしている。
「だがそれが本物であるかのように、共有が続いている」。「べリングキャット」の創設者、エリオット・ヒギンズ氏はツイッターでそう指摘している。
ロイター通信がファクトチェックとしてまとめている。
狙いすましたシナリオの動きの周辺で、面白半分のフェイクニュースが拡散する。「ハイブリッド戦」のうねりは、このように進んでいく。
(※2022年2月21日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)