結婚・妊娠したら違約金10億円? 武井咲さんのCM違約金報道に見る、芸能人の契約慣行の問題性
■ なぜ違約金10億円?
「武井咲 違約金は10億? 所属事務所はお詫び行脚」の記事の見出しに驚いた。
なぜそんな違約金なのかといえば、なんと、
結婚、妊娠3か月を公表したからだという。
唖然とした。
本来おめでたい、みんなが祝福すべきこと。妊娠した女性にペナルティやハラスメントをするマタニティハラスメントをやめましょうというのが現在の潮流だ。いくら芸能人だからといえ、結婚・妊娠したことを理由に億単位の違約金を課すのは明らかに人権侵害・奴隷契約ではないか。日本の芸能人は基本的人権を著しく制約されていることが明らかになるストーリーである。
■ 違う報道もあるものの
一方で、「武井咲さん、結婚・妊娠で違約金10億円って本当? スポンサー企業の多くは「特に影響ない」と回答」という記事もある。
しかし、そうであれば、なぜ、上記のような報道が出るのだろう。
先ほどの報道では、驚くほどさりげなく、
一般的にCMは契約書で、契約期間中の結婚や離婚、妊娠などが制限される場合が多い。
と書かれている。これが業界慣行となり、多くのCM契約書がそのようになっているのではないか。
本件では「おかしい」と話題になり、メディアの問い合わせを受けたために、企業が表立った違約金請求などをしない方向に流れつつあるということなのではないだろうか。
仮に結婚・妊娠を制限し、違反したら違約金を課す、というスポンサー企業があったとしても、あえて炎上して評判を落としたい企業もいないということであろう。
ただ、違約金を請求するか否かはあくまでケースバイケース、企業側の判断にゆだねられる。
しかし、この件だけうやむやに解決する、契約慣行は変わらない、ということで果たしていいのだろうか。
■ 恋愛禁止ルールを「幸福追求権を著しく制約するもの」とした東京地裁判決
タレントの恋愛禁止ルールに関しては、東京地裁が2016年の1月18日に、芸能プロダクションが恋愛禁止ルールに反したタレントに違約金請求をした事案で、請求棄却の判決を出しており、そのなかで以下のように判示されている。
他人に対する感情は人としての本質の一つであり、恋愛感情もその重要な一つであるから、かかる感情の具体的表れとしての異性との交際、さらには当該異性との性的な関係を持つことは、自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえ、異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない事由は、幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。とすると、少なくとも、損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるというのは(中略)いささか行き過ぎな感は否めず、芸能プロダクションが、契約に基づき、アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に、所属アイドルに対して、損害賠償を請求することは、上記自由を著しく制約するものといえる。
(引用元 恋愛は幸福追求権」アイドル交際禁止違反で賠償請求棄却した東京地裁判決を受け、ブラックな業態は改革を)
同じことがCM契約でもあてはまるのではないだろうか。
2016年の判決は、まだ駆け出しのアイドルの事例であったために契約そのものが「雇用類似」とされたことがプロダクションからの違約金請求が棄却される決め手となった。
判決の論理構成とまったく同じ理屈が武井咲さんのような有名女優のCM契約にそのままあてはまるのかという問題があるものの、結婚、離婚、妊娠などの自由も奪うことを当然の前提としてなりたつCM契約が有効とされることは人間の本質的な尊厳に反するものであり、判決のいう、損害賠償は幸福を追求する自由を著しく制約する、という指摘は妥当するであろう。
結婚、離婚、妊娠などを制限するような奴隷的なCM契約の慣行があるとしたら、この際、金輪際やめるようにすべきだ。
関連して、ある記事にはこのような記載がある。
このような規定は一見もっともなように見えるが、広範かつあいまいなため、企業側がいかようにも拡大解釈でき、犯罪・不祥事だけでなく、結婚・離婚・妊娠なども許されないと解釈されかねない。
スポンサー企業とのトラブルを避けたいプロダクションがタレント・芸能人を厳しくコントロールすることになる。
すると契約の中で最も弱い立場のタレント・芸能人の自由が著しく制約されることになりかねない。
生身の人間を全人格的に長期間コントロールし、人生の選択まで拘束していいのかという話になる。
CMに深くかかわる主要な広告代理店はこうした実務を変えるべきだ。
上記のような一般条項のケースについても、違反事項を限定し、明確にすべきだし、違約金額も上限を決めるべきであろう。
あえてタレント等の自由を拘束するCM契約を維持する広告代理店、企業があるとすれば、きちんと開示してほしい。
そのことを通じて、私たち消費者もその企業の商品を購入し続けるか決めることができるだろう。
こうした問題は一部スポーツ紙やワイドショー等でこぼれ話が伝わるだけで、透明性に乏しい。
透明性が乏しく状況が可視化されにくい場所では、社会的議論が起きにくく、人権侵害が起きやすいので、普段はCSRやコンプライアンスに熱心なスポンサー企業にはこうした問題でも説明責任を果たしてほしい。
■ タレント契約の無権利はこのままでよいのか
そもそも所属する、オスカープロモーションでも「恋愛禁止ルールがあるのではないか?」と取りざたされている。
副社長は以下のように言っているとされる。
東京地裁でいかなる判決が出ても、村のルールがあまり変わらないのだろうか。
実は私がAV出演強要問題に取り組む過程でタレントの方々からもご連絡がきたり、相談に乗るようになったのだが、問題の構造が似ているので驚いた。
タレントは労働者ではないと一般的に考えられているため、労働法上の労働者保護などの法の支配が及んでいないことを訴えられることがある。一部のビッグネームは別として、労働法上の保護がないもとでは、弱い立場に置かれることが想像に難くない。
また、CM、テレビ、その他の仕事もタレントの頭越しで仕事をどんどん入れてしまい、プロダクションと取引先で契約をして、タレントは言われた現場に行く、ということも横行しているようだ。
そして、違約金条項など、プロダクションとタレントとの契約書がそっくりというケースもあった。
こうした構造はAV出演強要問題と共通している。確かにタレントの場合、出演自体いやいやということではないだろうし、深刻な人権問題になるAV出演強要問題とは深刻さにおいて違いがある。
とは言っても構造は共通しており、やはりタレントの無権利という点では問題をはらむ。
それを改善するのは大変難しいことだと関係者には聞くが、放置してよい問題とも思えない。
今後とも注視していきたいと思う。
武井さんにはどの企業も違約金など課さずに、温かく見守り応援することをまずは求めたい。