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「恋愛は幸福追求権」アイドル交際禁止違反で賠償請求棄却した東京地裁判決を受け、ブラックな業態は改革を

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 交際禁止違反に対する新たな判断

2016年早々、SMAPの公開懺悔で、「自由なきアイドル」に日本社会の縮図を見るようで、暗澹たる気持ちになった方も多いことだろう。

しかし、そんな1月18日、東京地裁でアイドル関連で新しい判決が出された。

アイドルグループの一員だった女性(23)がファンとの交際を禁じた規約に違反したとして、東京都港区のマネジメント会社が、女性と交際相手の男性らに約990万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が18日、東京地裁であった。原克也裁判長は「異性との交際は幸福を追求する自由の一つで、アイドルの特殊性を考慮しても禁止は行き過ぎだ」と述べ、会社の請求を棄却した。

判決は、「ファンはアイドルに清廉性を求めるため、交際禁止はマネジメント側の立場では一定の合理性はある」と理解を示す一方で、「異性との交際は人生を自分らしく豊かに生きる自己決定権そのものだ」と指摘。損害賠償が認められるのは、アイドルが会社に損害を与える目的で故意に公表した場合などに限られる、と判断した。

出典:朝日新聞

去年9月18日には、同じ東京地裁で、アイドルの交際禁止を正当化し、元アイドル女性に65万円の賠償を命ずる判決が出ており、私もこちらのエントリーで、

「少女の人権を無視・アイドル交際禁止違反で賠償を命じた非常識な東京地裁判決はこのままでよいのか」

と疑問を呈したところだった。

人間に恋愛を禁止し、それに違反したら賠償請求するなど、人権侵害というべきで、このようなブラックな業態を正当化する判決が定着するのは由々しき事態と考えていたので、こうした考えを是正する判断がなされたことに安堵した。

今回の判決を受けて、このような少女を追い詰める提訴に歯止めがかかることも期待したい。

■ 判決文を読む。

報道では、事実関係は

判決によると、女性は19歳だった2012年4月、「ファンと交際した場合は損害賠償を求める」などと定めた契約を会社と結び、グループの一員として活動を始めた。13年12月ごろにファンの男性と交際を開始。14年7月には辞める意思を伝え、予定されていたライブに出演しなかった。会社が「契約違反で信用を傷つけられ、損害も受けた」として提訴した。

出典:朝日新聞

と説明されていたが、判断の理由はあまりよくわからない。その後、メディアから問い合わせがあり、判決をいただいたので、読んでみた。

● 判決を書いたのは?

本判決でまず気が付いたのは、判決を出したのが、昨年9月に筆者が担当した「AV違約金請求訴訟」違約金を認めない判決を出したのと同じ、東京地方裁判所33部、裁判長も同じ原克也裁判長ということであった。

そして、後述する通り、論理構成も「AV違約金請求訴訟」と類似点が多くみられた。

ちなみに土屋アンナさんの勝訴判決を最近出したのもこちらの部。

● 別紙として判決に添付された「専属マネジメント契約書」

判決の一番最後に、裁判所は、アイドルとプロダクションの間で締結された契約書「専属マネジメント契約書」の全文を添付した。

アイドルが、マネジメントをプロダクションに委託する契約であり、アイドルが委託者、プロダクションが受託者、つまり頼んでいる側のタレントの意向が尊重されるはずの契約形態のはずである。

ところが、実態としては、アイドルはプロダクションに従わなければならない契約内容で、極めて拘束が強く、プロダクションに圧倒的に有利、アイドルに圧倒的に不利な驚くような内容である。

・いかなる理由があろうとも仕事や打ち合わせに遅刻、欠席、キャンセルし、原告(プロダクション)に損害が出た場合

・あらゆる状況下においても原告の指示に従わず進行上影響を出した場合

・ファンと性的な関係をもった場合、またそれにより原告が損害を受けた場合

・同じ事務所に所属するタレントもしくはアーテイスト、クリエイターやスタッフと性的な関係を持った場合

にプロダクションは直ちに損害賠償請求できるとされている。

その一方、仕事で得た報酬をアイドルに支払うことについてはあいまいな規定しかない。

しかし、これがほとんどのマネジメント契約の実情であろう。

タレント・アイドルの方々は多くが未成年、若者であり、法律や契約、権利に関する知識がないのだ。

従わないと違約金、損害賠償、と言われて、プロダクションに縛られ、従うしかない状況に置かれているのは、アイドルとAVでは業務内容が違うものの、構造は同じなのである。

●  「雇用類似の契約」

判決では、アイドルとプロダクションの契約書を見る限り、

・被告であるアイドルが原告プロダクションの指示に従ってアーティスト活動に従事する義務があるとされ、これに反すると損害賠償義務を負うとされていること、

・その一方で、被告が受け取る報酬について具体的基準がないこと、

・原告がタレントを多数マネジメントしてきた会社である一方被告が契約当時未成年であること

等を理由に、この契約は、アイドルが主体となった契約ではなく、原告が被告を指揮命令下において業務に従事させる「雇用類似の契約」であるとした。

ゆえに、民法の「雇用」に関する規定が適用され、期限が定まった契約でも、民法628条に基づいて「やむを得ない事由」があれば直ちに契約を解除できるするのが相当だ、と判決はいう。

この論理は、昨年9月のAV違約金判決と全く同じであった。

●  「やむを得ない事由」があるのか。

判決は、被告となったアイドルが、「やめる」という意思表示をしたことについて「やむを得ない事由」があったと認めた。

その理由は、アイドル活動で得られた報酬がとても少なく、いつ支払われるのかもわからない一方、休業を理由に高額の違約金を請求してきた実態を紹介しつつ、   

本件契約は、「アーティスト」の「マネージメント」という体裁をとりながら、その内実は被告に一方的に不利なものであり、被告は生活するのに十分な報酬も得られないまま、原告の指示に従ってアイドル活動を続けることを強いられ、従わなければ損害賠償の制裁を受けるものとなっているといえる。なえに、本人がそれでもアイドルという他では得難い特殊な地位に魅力を感じて続けるというのであればともかくとして、それを望まない者にとっては本件契約による拘束を受任することを強いるべきではないと評価される。このような本件契約の性質を考慮すれば、被告には本件契約を直ちに解除すべき「やむを得ない事由」があったと評価することができる。

というものである。

昨年9月のAV強要の案件では、違約金の脅しでAVを強要しようとしてきたことを理由に「やむを得ない事由」を認めたが、本件では、そもそもこのような不合理な契約であることそのものを理由に「やむを得ない事由」を認めていつでも解除できるとした点で、さらに先に進んだということができる。契約実態そのものが一方的であるので、直ちに解除するのもやむを得ない、として、不当な契約の拘束から若年のアイドルを解放することに正義があるとした点で画期的といえる。

そして、契約が解除された以上、解除後に債務不履行責任を負わないとして損害賠償義務を否定したのである。

● 恋愛は幸福追求

プロダクションはなおも、交際禁止ルールに違反して、ファンと性的関係をもったとして賠償は正当と主張しているが、これに対し判決は、 

マネージメント契約等において異性との性的な関係を持つことを制限する規定を設けることも、マネージメントする側の立場に立てば一定の合理性があるものと理解できないわけではない。

といいつつ、

他人に対する感情は人としての本質の一つであり、恋愛感情もその重要な一つであるから、かかる感情の具体的表れとしての異性との交際、さらには当該異性との性的な関係を持つことは、自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえ、異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない事由は、幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。とすると、少なくとも、損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるというのは(中略)いささか行き過ぎな感は否めず、芸能プロダクションが、契約に基づき、アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に、所属アイドルに対して、損害賠償を請求することは、上記自由を著しく制約するものといえる。

とし、

損害賠償を請求できるのは、アイドルがプロダクションに積極的に損害を生じさせようとの意図をもって殊更これを公にしたなど、害意が認められ場合等に限定して解釈すべきだとしている。

ここで判決が指摘する、幸福を追求する自由は、憲法13条の「幸福追求権」を想定したものである。

憲法第13条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

いかに契約であろうと、仕事であろうと、憲法で認められる人権を制限するかたちで自由を拘束したり義務を課すことはできない、ということが確認されたのは当たり前とはいえ、とても重要なことといえる。

とくに若者を取り巻く就業環境がどんどんブラックとなり、ブラック企業などに自由を奪われながら、若い人がおかしいと思いつつ何も言えず従うしかない風潮にあるなか、こうしたことが裁判所で確認されるということは大切である。

いかに仕事でも契約でも、憲法で保障された人権を奪うこと、否定することは許されないのである。

なお、私としては、交際禁止規定はそのものが民法90条、公序良俗に違反し、無効だと考えているので、そのことを明確にしなかった判決にはやや不満がある。

第90条(公序良俗)

公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

今後、判断を積みかさねて、公序良俗に反し無効という判断が定着することを期待したい。

■ 芸能界のブラックな業態は改革を

恋愛禁止ルールといえば、AKB48が有名だが、かなり広まっているようである。

指原莉乃さんは最近、自分も恋愛禁止等の規定のある契約書にサインしたことを認めている。

私は彼女のTVでの発言で、恋愛をさせないために、事務所が自由な時間を与えないようにしていたと述べ、さらには、最近になるまで、直前になるまで次の仕事のスケジュールは知らされず、だいたい前日の夜に翌日の仕事を突然知らされるという状況だったと話していたので驚いた。

100%仕事について知らされ、自由意志で決定して、自ら仕事を選んで現場にいくのではないというのだ。

仕事に対する諾否の自由はほとんどなく、プロダクションの指揮命令に従っている状況、それは、裁判所のいう「雇用類似の契約」に当たるといえるだろう。

若いアイドルの圧倒的多数が同じような状況であることは想像に難くない。

そして、AKBのように日の当たる立場でなく、さらに不本意な仕事を強いられているジュニア・アイドルも少なくないだろう。

このような立場の弱い、実質的には「雇用類似」の契約実態である以上、当然労働者と同様に保護され、労働者としての権利が保障されるべきであろう。

自由を与えないようなブラックな業態は一刻も早く改善されるべきであろう。

何より、違約金制度を撤廃して、違約金の脅し等を理由に、嫌な仕事も強要されるようなことがないようにし、自由意志を尊重する方向を期待したい。

そして、裁判所に疑問視された、交際禁止ルールのような自由を厳しく制限するルールは早急に見直されるよう期待したい。

最後に、SMAPの公開謝罪のように胸の痛む出来事もあった昨今、以前すでに書いた以下のことを繰り返して締めくくりたい。

アイドルやスターは、若い人たちにはかり知れない影響力を与える。

みんなの憧れの存在が、人権を制約され、道具や機械のように扱われるとしたらどうだろうか。

スターには、みんなの夢をかなえるような、これまでの枠を超えた自由な生き方をしてほしい、そうした自由なロールモデルの存在が、社会に大きなエネルギーを与えるはずだと思う。 (了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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