東京五輪スポーツクライミングのルートセッター・平嶋元の『東京五輪』と『その先の未来』。
熱戦を演出するルートセッターが明かす東京五輪までの舞台裏
モノトーンの壁に、色とりどりのホールドで息吹を与えるーーー
125年におよぶオリンピック史のなかで、東京五輪で初めて実施されるスポーツクライミング。出場する男女それぞれ20人のスポーツクライマーたちによって新たな歴史の1ページが刻まれる。
東京五輪スポーツクライミングは、『スピード』、『ボルダリング』、『リード』の3種目の複合成績でメダルが争われる。
スピード種目は万国共通のルートを登って着順を競うのに対し、ボルダリング種目とリード種目は大会ごとに千差万別のルートを登る。その課題を手掛けるルートセッターは、主役である選手たちが熱戦を繰り広げるために不可欠な存在とも言える。そして、選手たちの登る課題をつくる彼らの仕事が、競技の行方を左右することもある。
2016年夏に東京五輪での実施種目に決定してから国内外の数多くのボルダリング主要大会でルートセットを担い、競技シーンを牽引してきた平嶋元(ひらしま・げん)さんは、東京五輪でもボルダリングのルートセットに携わる。
「東京五輪のルートセッターは、IFSC(国際スポーツクライミング連盟)から派遣されるITOと、国内から派遣のNTOがあって、ボクはNTOでの参加になります」
東京五輪でボルダリングを担当するITOのルートセッターは、パーシー・ビシュトン氏(イギリス)がチーフをつとめ、マヌエル・ハスラー氏(スイス)、ロメイン・カベスット氏(フランス)、ギャレット・グレゴール氏(アメリカ)になる。
「今回は基本的にはITOの4人が最初にルートをつくります。ボクはつくられた課題を登って、『ここはこうした方がいい』とか『こっちのホールドを使った方がいい』とかの意見をフィードバックしています」
スポーツクライミングが行われる青海アーバンスポーツセンターでの、ルートセットづくりは7月18日から始まった。
「ボルダリングウォールは屋外に設置されていて、屋根がステージを覆うようにあるので直射日光は遮られたのですが、観客席側にシェードがかけられていたので風が抜けないのがツラくて……。昼間は暑すぎて作業にならなくて、夜に作業する感じでした」
連日の気温30度超えのなか、ルートセッター陣は昼に会場入りして、会場を後にするのは22時過ぎ。練習用の課題、予選課題4本、決勝課題3本を男女それぞれにつくっては試登し、練り直す作業を繰り返してきた。その過程で競技会場が東京湾に近い場所にあることの心配事も見つかったと平嶋さんは明かす。
「夕方になっても暑いし、太陽が落ちると海風が入ってきて湿気も一緒に岸にあがってくる。フリクション(ホールドのかかり具合)は、ボルダリングもリードも影響を受けるでしょうね。そのなかで選手がトライする時の条件をどうやって一定に保つかの難しさがあります」
スポーツクライミングの競技日程は、8月3日に男子予選、8月4日に女子予選が実施され、8月5日に男子決勝、6日に女子決勝が行われる。予選は17時から、決勝は17時30分から競技開始。予選・決勝ともに選手たちはスピード、ボルダリング、リードの順で挑んでいく。
「一番の心配事は、選手たちが持っている力を出し切ってくれるのか。登れる、登れないは別にして、全選手がベストパフォーマンスを発揮してくれる以上のことはありませんからね。ルートセッターとしては各課題に微調整用のオプションを用意しています。ただ、出場選手はみんなトップクライマーですから、よほどのことがない限り、選手は気象状況などにも対応してくると信じています」
登れなくなったらルートセッターは引退。だから、クライマーの本分を追う時間を増やしたい
福岡県小倉市出身で今年40歳になった平嶋さんが、クライミングを始めたのは書家を目指して進んだ新潟大学時代まで遡る。
「23歳のときにクライミングを始めて、そのまま大学を辞めてしまいました(笑)。それで翌年にクライミングジムを買って。ジムと言ってもプライベートウォールに毛が生えた程度でしたけど、時間がある限りはそこで登っていました。クライミングを始めたことで大学が同じだった倉上君とも知り合って。これほど長い付き合いになるとは思ってみませんでしたけどね」
『倉上君』とは、2018年に世界で初めてヨセミテのエル・キャピタン『The Nose』(5.14a/31ピッチ)をロープソロでオールフリー完登して世界に名を轟かせた倉上慶大氏のことだ。
ほかにも都内でクライミングジムを経営するルートセッターの岩橋由洋さん、ボルダリング・ジャパンカップなどで使われるホールドのスカイブルーガーリックサーフの佐藤春樹さんなどが新潟時代からの繋がりだという。
その後、クライミングジムを手放した平嶋さんは2007年に東京に出てきて、当時は都内でも物珍しかったクライミングジムで働き始めた。そこでの出会いがルートセッターとして活動していくキッカケになったという。
「2009年頃だったと思うんですが、岡野さんに呼んでもらってルートセットの仕事をするようになって。それが最初でした」
岡野寛は国内外の数多くの大会で活躍する国際ルートセッターの第一人者。東京五輪にもIFSCから派遣されるITOルートセッターとしてリード種目を担当している。
平嶋さんは2010年に国内のルートセッター資格を取得し、ボルダリングジャパンカップには2013年に初めてルートセッターとして参加。2016年夏にスポーツクライミングが東京五輪の実施種目に決まってからは、国内主要ボルダリング大会のルートセッターに常に名前を連ねてきた。
ルートセッターとしてのキャリアを積み重ねて迎えた東京五輪は、平嶋さんにとってどういう存在かと訊ねると意外な答えが返ってきた。
「クライミング界にとって東京五輪は大きなターニングポイントだと思っていますが、ボク自身は一度も意識したことはないんですよね。だから、東京五輪に携わるなかでは敢えて、『オリンピックなんだ』と気にするようにしています(笑)」
その理由を「ルートセッターとしては世界選手権を重視してきたから」と明かす。
「今年のW杯ボルダリングでは女子でオリアナ・ベルトーネ(フランス/16歳)やナタリア・グロスマン(アメリカ/20歳)などの新しい力が台頭しています。彼女たちは東京五輪には出場しませんが、ボルダリングの力はヤンヤ・ガンブレットしかいないステージーーーそれを僕は勝手に”5G”と言っているんですがーーーの扉を彼女たちは開けようとしている。そうした選手たちも出てくるのが世界選手権なので、どうしたって意識はそっちに向きますね」
オリンピックはスポーツクライミングという競技を、より多くの人たちに知ってもらうための舞台。そのため東京五輪でのボルダリングの課題数は予選4本、決勝3本しかない。しかし、本来の大会でのボルダリングは予選5本、準決勝4本、決勝4本の課題で雌雄を決する。選手とルートセッターが高い次元で対峙できる世界選手権などに目が向くのは当然のことだろう。
平嶋さんは2019年の東京での世界選手権でルートセッターを担ったが、東京五輪後の9月中旬からロシアで開催される世界選手権にも参加することが決まっている。
「だから、まずはロシアで世界選手権をやり切りたいですね。ルートセッターとしては2023年にも世界選手権があるので、そこを目指したいと思っています。ただ、40歳になったので、これからはクライマーとして登ることにもう一度集中したい。登れなくなったらルートセッターは引退だと思っているし、地元の九州や海外の岩場に登りたい課題がたくさんあるんですよ」
新型コロナウイルス禍によって東京五輪が1年の延期となったことは、平嶋さんがルートセットに取り組むスタンスに大きな変化をもたらしたという。
「これまではベースとなる拠点を持たずに活動してきたんですが、コロナになって人との繋がりのなかで支え合う環境に身を置いたら、すごく魅力的なスタンスだなと気づいたんですよね。その視点をルートセットにも活かしたいと思うようになりました」
『黒と白』で表現する道に挫折した青年がたどり着いたルートセットの世界。これまでは「自己表現の場で自分を飛躍させる手段」として存在し、課題づくりに没頭してきた。それが円熟期を迎えるにあたって新たな境地を得た平嶋さんが、これからどんなラインを生み出していくのかーーー
”5G”の扉をこじ開けた選手たちが争うハイレベルな舞台で見られるはずだ。