『るろうに剣心』の志々雄真実は、戦いのさなかに体が炎上! そんな壮絶な死に方があり得る!?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。
『るろうに剣心』の印象深いラスボスといえば、志々雄真実(ししおまこと)だ。
全身に包帯を巻いた異様な姿と、個性的な部下たちにも慕われるカリスマ性、そしてあまりに壮絶な最期……! いずれも脳裏にしっかりと焼きついている。
志々雄は、かつて「人斬り抜刀斎」と呼ばれた主人公・緋村剣心が「不殺(ころさず)の誓い」を立てた後、彼のあとを継いで人斬りとなった男だった。
だが、その実力と野心を危険視した明治新政府は、志々雄を不意討ちし、体に油をかけて火をつけた。大火傷を負いながらも一命を取りとめた志々雄は、資金と兵力を集めて復讐戦争を企てる。
火傷によって全身の汗腺を破壊された志々雄は、平常から驚異的に体温が高く、医師に「全力運動は15分まで」と制限されていた。
しかし迎えた最終決戦、剣心たちとの死闘は15分を超えた。
すると、体の脂と鱗(りん)分が自然発火! 全身から上がる劫火(ごうか)に身を焼かれ、「フハハハハハ……」と高笑いしながら死んでいったのである。
なんという最期! まことに志々雄らしい死に方ともいえるが、こういう現象は実際に起こり得るのだろうか?
◆体温上昇で「発火」が起こるか?
人間は体温が42度を超えると、呼吸や消化などの生命活動を進める酵素がうまく働かなくなり、命が危なくなる。
だから、人間の体は、運動などをして体温が上がると、汗を流す。汗が蒸発するときに体から熱を奪うことを利用して、体温を下げるのだ。
ところが、汗腺を破壊された志々雄は、これができなくなっていた。劇中の医師が「全力運動は15分まで」と釘を刺していたのは、激しい運動を続けると体温が危険な領域にまで上がってしまうからだ。
そんなカラダで、志々雄は激しすぎるほどに戦った。
剣心を火薬で吹っ飛ばし、斎藤一、相楽佐之助、四乃森蒼紫を続けざまに倒す。剣心が再び立ち上がったところで、15分経過。
そこから剣心と壮絶に斬り合い、「何より強いのはこの俺!!」「生きるべきはこの俺だ!!!」とトドメの一撃を見舞おうとした瞬間、全身が一気に炎上したのである。
確かに、医者にも止められていたし、体温が上がると命は危険なのはわかる。
だが、体が発火炎上するほど体温が上がるとは、オドロキではないか。
そうなった理由について、志々雄の配下・佐渡島方治は「異常高温が自分の脂と燐分を燃やした…」と説明していた。
人間の体内に「脂」は体脂肪などの形で含まれる。志々雄の引き締まった体でも体脂肪率は10%近くあるだろう。また「リン」は人体で5番目に多い元素であり、骨や歯や細胞膜などに含まれていて、体重の1%ほども占める。
そして、脂肪もリンも燃える物質だ。温度が上がることで燃焼するディーゼル燃料は脂肪の仲間といえるし、マッチの発火薬にはリンが含まれている。
このように考えると、体温が上がりすぎることで、体内の脂肪やリンが燃え上がっても不思議ではない。
◆体温は何度だったんだろう?
とはいえ、40度や42度くらいでカラダが燃え始めてしまったら、高熱を出すたびに焼死してしまうことになり、おちおち風邪も引いていられない。
体温が何度になれば、体内の脂とリンは燃えるのだろうか?
空気が充分にある場合、発火点(火の気がなくても燃え始める温度)は、物質によって異なる。
脂の発火点は、ディーゼル燃料では225度だが、人体に含まれる動物性油脂は400度。また、リンには赤リン、黄リン、白リンといろいろあるが、さまざまな条件から考えると、志々雄の体内で燃えたのは赤リンと思われる。その発火点は260度だ。
ということは、志々雄の体温が260度に達したとき、赤リンが発火し、その「火の気」によって、脂も燃え始めたのだと思われる。この場合、リンはまさにマッチの役割を果たしたわけだ。
実際に人間の体温が260度にも暴騰したら、どうなるか? おそらく全身のタンパク質が煮え、血液を含む体液が沸騰&蒸発し、発生した水蒸気の圧力で全身が爆発する……!
作中でも、燃え上がった志々雄の体は、一瞬で轟音を立てて燃え上がり、周囲の者が近寄れないほどすごい炎に包まれていたが、それもナットクの壮絶現象になるのだ。
◆そんなに動いたら命はない!
それにしても体温が260度に上昇するとは、よほど激しい運動をしたのだろう。
前述のとおり、志々雄は「全力運動は15分まで」と制限されていたが、実際にはどれほど運動したのか?
これは「志々雄の体内で、どれだけの熱が発生したか」から推測できる。
志々雄の体重は59kgだという。そして、方治が志々雄の額に手を当てたシーンでは、方治は熱さに驚いたものの、火傷をした様子はなかった。ここから、志々雄の普段の体温を50度と考えよう。
これが260度に上がったということは、体温が210度も上がったことになり、志々雄の体内で発生した熱は1万300kcalだ。
また、人間が運動するとき、体内の栄養分から生み出したエネルギーは、45%が筋肉を動かすのに使われ、55%が熱に変わる。その熱が1万300kcalということは、運動に使われたエネルギーは、8400kcalになる。成人男性が、3日をかけて消費するエネルギーだ。
これを15分よりやや長い時間、たとえば20分で消費したとしたら、志々雄は「320m彼方から1秒で走ってくるような激しい運動」をしたはずだ。しかも20分間、休みなく。
ここまでハードな運動をしたら、汗腺があろうとなかろうと、死んでしまうのでは……!?
それほどキビシイ状況に追い込まれながらも、志々雄は体温が260度になるまで戦い続けた。そう考えると、しみじみそのオソロシさが伝わってくる。
そして、剣心はこんな強敵に勝ったのだ。すごすぎる。敵も味方も、恐るべき男たちでござるよ。