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世界を覆う「0極化」現象について――自民党、米大統領選、そして国際秩序

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
筆者所蔵画像(宮崎、青島)

この数年でずいぶん不穏な世の中になった。内政では自民党の弱体化が著しく、政権を託す気がしないが代わりの勢力が見当たらない。安倍一強政治を憂いた時代のほうがましだった。米国政治はもっと悲惨で“学級崩壊”が続いている。壊れてしまった共和党をトランプ氏が乗っ取り、民主党はバイデン氏の代わりに若くて優秀な大統領候補を探す気力すら失ったように見える。

世界も“学級崩壊”が甚だしい。これまでの国際秩序をリードしてきた日米欧の先進国が世界経済に占める比重は低下し続け、インドやインドネシアなど新興国の成長が著しい。さらに核を持つ中・露・北朝鮮など権威主義国家の反米、反西欧文明の過激な発言がエスカレートする。

要するに、世界も米国も日本も、既存の秩序が急速に融解し全体が無秩序になりつつある。これを総称して筆者は「0極化」現象ととらえたい。

●世界の0極化は1極化と同時に始まった。

約30年前に東西冷戦が終わった。西側世界は勝利をかみしめ、『歴史の終わり』(フランシス・フクヤマ著、1992年)という書物すら出された。米ソの2極対立構造は米国による1極支配構造に変わったと誰もが信じた。

しかし2001年の米国同時多発テロ事件を機に、イスラム原理主義グループが各地で政府主権を侵食し始めた。次いで中国とロシアのトップが独裁体制を構築し始め、同時に西欧文明の限界や独善性を指摘し始めた。そして発展途上地域に独裁や権威主義的な政府が次々に出来た(ベネズエラ、ブラジルなど)。またその他のアジア・アフリカ諸国も経済成長で自信をつけ、各国が自己主張する百家争鳴の世界になりつつある。

背景には米国が世界に対する関心を失っていったこと(内向き政策)と、この400年に構築されてきた欧米型のバランスオブパワーに根差した「世界秩序」を前提としない国々が増えたことがある。かくして世界は、「欧米日の先進国主導の多極構造→冷戦下の米ソ2極構造→ポスト冷戦時代の米国1極構造→百花斉放の0極構造」へと変転してきた。

●米国政治も0極化

0極化は米国政治でも起きている。かつては民主党と共和党の2大政党制が機能した(2極構造)。大雑把に言うと、民主党はリベラルな理想主義で成長の分配を重視した。共和党は分配の前に成長を優先する保守政党だった。両者は選挙で競争して政権交代を繰り返し、権力の腐敗が抑止された。かくして米国の2大政党制は民主主義のお手本とされてきた。

ところが国民の多様化がどんどん進み、国内を分断する遠心力が強くなった。ヒスパニック、アジア系、黒人などの人種、イスラムなど宗教の多様化に加え、所得、学歴、地域による格差の拡大と、自由に誰でも発言できるSNS(交流サイト)の普及が相まって、全体を見ずに偏った視点から社会のあり様を考える風潮がまん延した。かくして米国はもはや2大政党を基軸に民意を集約できる状況ではなくなった。

さりとてエスタブリッシュメント(支配層)たちは2大政党制をやめて多党政治体制に移行させる気概を持たない。そこにトランプ氏のようなデマゴーグ(扇動政治家)が出てきて、本来は保守のはずの共和党が乗っ取られ、既成秩序の破壊に向けた大衆扇動の拠点になってしまった。これこそまさに「0極化」といえよう。ちなみにトランプ氏が次回の大統領選に当選し、行き詰まってしまった2大政党制を粉砕したなら、体制内から出世してソ連を解体したゴルバチョフ氏に匹敵する偉人になるのだがそこまで深く考えているとは思えない。

●自民党も0極化

日本でも政治は0極化しつつある。ここでいう政治とは自民党内の構造のことである。自民党はかつては派閥間争いが競争原理をもたらすダイナミックな多極構造だった。ところが衆議院が小選挙区制になってからは総裁が候補者を公認する権限が極大化し、党内の一極化が進んだ。官邸機能も強化され、行政機関に対する総理の権限も強まった。その典型が安倍政権だった。ところが安倍氏は亡くなり、弱体の岸田政権に替わり、加えて裏金問題が露呈して党内は派閥解体の流れとなった。自民党もまた0極化しつつある。

(注)筆者が「日本の政治=自民党内の構造」としたのは、野党のあり様が実質的に政治に影響を与えないからである。わが国は軍事的には米国依存しかなく、政治課題はほぼ内政、つまり予算の分配の実務に限られる。となると予算分配の実務に関わらない野党は実益のある政権構想や政策を主張しにくい。一方の自民党は予算分配に関わる政治家の利権分配機関、あるいは互助組合の色彩が強くなり、与野党ともに欧米型の理念政党の姿からは程遠い。

●なぜ0極化が進むのか。

あちらこちらで進む0極化、つまり秩序の崩壊と権力の空洞化の背景には何があるのか。背景には資本主義と民主主義の行き詰まりがある。資本主義は拡大再生産の上に成り立つので、常にフロンティアを必要とする。ところが地球全体が市場化され、資源の制約も見えてきた。残されたフロンティアは宇宙やサイバー空間しかない。地球環境の限界にともなう資本主義の行き詰まりは明らかだ。

民主主義も、スペインの哲学者オルテガが主張した大衆民主主義に陥り、機能不全を来している。一般の人々は政治にますます無関心になり、有能な人材は政治や行政の担い手になりたがらない。

ちなみに資本主義と民主主義はこれまで二人三脚で順調に発展してきた。国家は市場を育て、そこから生まれる税収を基に福祉を国民に提供し、社会を安定させた。国家は無学な農民に教育を施し、洗練された都市の労働者に、そして消費者に変えた。同時に彼らに選挙権を与え、政治に参加させ、その上に民主主義が成り立った。要は右肩上がりの経済の下で企業は成長し、国民は豊かにかつ賢くなり、福祉の充実とともに政府は機能を拡大し、その政府を民主主義が統制した。

ところがこの仕組みがだんだん弱りつつある。0極化は、人々から政治がもう役割を喪失してしまったかのように見えてしまうところから始まる。まず豊かさが社会の末端まで行き渡ると、人々の政治への関心は揺らぐ。さらに冷戦時代の仮想敵が消滅すると、安全保障への関心も揺らぐ。すると人々は選挙に行かず、また有能な人材は政治家や官僚を目指さない。そうなると自分の利益のため、売名しか考えない政治家、つまりデマゴーグが出てきてますます政治は信頼を失う。かくして0極化がさらに進む。

●0極化からの脱却は戦争しかないのか

0極構造はきわめて危ない。まず外敵に弱い。そして意思決定の担い手が見当たらないか、弱体化するため、決断が遅れる。戦争や災害などの危機に対しても毅然とした、またスピーディな対応がとれない。下手をすると隣接する勢力に乗っ取られてしまう。

ウクライナはその典型だろう。ウクライナはソ連時代の核を保有していた。だが米英がいざという時には支援すると約束し、核を廃棄させた。ところが米英はロシアの侵攻を看過し、今も米国議会は支援継続を決めない。放置すればロシアの欧州への浸食が進むが、米国は国内政治の0極化のため支援を決められない。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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