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兵庫知事選、奇跡の背景: なぜ議会は知事に、組織・政党は民衆に、マスコミはSNSに負けたのか?(下)

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
出典:Estonia Toolbox

 兵庫知事選での斎藤氏の再選は予想を覆す逆転劇だった。しかし筆者は24年8月ごろから「県議会での斎藤氏の不信任決議、それに先立つ県議会調査特別委員会(百条委員会)は一部議員が知事を辞めさせるために仕組んだ謀略」と見ていた。不信任決議に際し、百条委員会の調査結果が出ていなかった。パワハラやおねだりなども伝聞ばかりで証拠がなかった。その中での不信任決議は極めて異例、不審だった。そして誰の目にも明らかなそのことをマスコミがどこも指摘しないという事実も極めて異様だった。だからこそ筆者は「私は実証する情報を持たないがこれは謀略だ」とYahoo!ニュースで書いた。斎藤氏を支持する、しないという以前に「知事が変わってしまったら議会とマスコミの連携プレーによる邪悪な謀略がまかり通ってしまう」ということを恐れた。

 そんな中で選挙戦に入った。テレビ、新聞などマスコミは「選挙期間中は中立」という言い訳のもと急に斎藤氏への批判をやめ沈黙した。一方、SNS、特にX(旧ツイッター)、YouTube上では名もなき一般の人々が斎藤氏の県政改革に感謝し、その実績を評価し始めた。また県会議員によるおねだり情報の捏造の疑い、百条委員会のおかしさを指摘する情報も流布された。

謀略の首謀者は一部の県会議員らである(その名前は先般の百条委員会で証人として招致された前副知事が疑惑の対象として実名を列挙した)。だがその他の議員も彼らの謀略を黙認し追従し、知事の不信任案に賛成した。背景にはマスコミによる激しい知事批判があった。議員は誰しもマスコミの激しい攻勢に反論する自信を失っていた。結果的に大勢順応し全員が不信任を決議した。そうさせるほどの影響力をマスコミは持っていた(自民党の長岡県議の弁などによる)。そこで今回(下編)は前回に続き、この間のマスコミとSNSの動きについて総括したい。

1.マスコミの自爆

 マスコミについては今回の選挙でSNSに負けたという指摘がある。しかし私はむしろマスコミは自ら大きな騒ぎを作り上げ、その挙句に自爆した(一番の首謀者ではなかったが結果的に「策士、策に溺れた」)とみている。順を追ってみていこう。

〇第一段階:マスコミによる点火

 兵庫に限らず県政はふだんは地味な存在で人々の関心を集めない。しかしマスコミは一部議員が拡散したパワハラやおねだりといった未確認情報に最初に飛びついた。そしてろくに裏どり取材もしないまま、また百条委員会のずさんな調査結果の裏どりもせずに全国に向けて「兵庫にはひどい知事がいる」と断罪した。当然、県民の関心は高まる。議会もその騒ぎの大きさに反応し、調査途上にもかかわらず「不信任決議」を急いだ。そして知事が失職する。すると県民の県政への関心はますます高まった。

〇第2段階:マスコミの急な沈黙とSNSへの注目

 県民の関心が最高に高まった直後、知事は大方の予想を裏切って失職を選び、再出馬を表明。やがて選挙戦に入る。すると途端にマスコミは発信量を絞った。放送法で選挙における公平性を義務付けられているという理由が一番大きいだろう。一方、県民は調査途上での不信任決議や一方的に知事を断罪する過剰な報道に疑問を覚えたままで釈然としない。彼らはSNSやYOUTUBEに情報を求める。すると「元局長らの自死は知事のせいではない」「知事をやめさせたい議員による謀略だ」「マスコミも議員と結託している」「衆議院選挙に向けて維新の会を貶めるためにマスコミは知事批判に走っている」といった見方に接する。こうしてマスコミ報道に対する疑惑、そして議会に対する不信を覚える県民が増えていった。

〇第3段階:斎藤氏の愚直な街頭活動と県民の目覚め

 一方、斎藤氏は当初は文字通りひとりぼっちで街頭に立つ。TVは「絵になる」とすかさず飛びついた。「あのパワハラ知事が性懲りもせず出馬している」という冷たい論調でである。しかし、斎藤氏は「高校予算や庁舎建設問題などいままでやってきた改革を終わらせたくない」と愚直に語りかける。やがて県民は「もしかしたら改革に反対する議員らが知事をやめさせたかった」「謀略議員とマスコミはグルで自分たちを騙そうとしている」と考えるようになる。

〇第4段階:街頭演説とSNS映像の相乗効果(ネットXリアルの相乗効果)

 なお斎藤氏の街頭演説を取り巻く群衆の様子はSNSで拡散された。街宣車を使うようになると、群衆の数は増え、まるでライブのようになる。その様子がSNSに拡散されさらに人を呼んだ。人々はYouTubeやXを見て街頭演説に行き、そこで支持者の姿を見て安心・共感し、周りに斎藤氏支持を説いた。つまりアナログの極致である「行って群衆の一員となる」という行動がデジタル画像としてSNS上で拡散され全国に広がった。

そうした動きは「テレビや新聞に騙されたままでまだ目覚めていない人に街頭演説に集まる人の数のすごさや熱狂を伝えよう」という草の根のアナログの動きになった。若者たちはネットでも口コミでも「投票に行こう」「親や友達に声をかけよう」と発信した。

 政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏も参戦し、結果的に斎藤氏にプラスに作用した。特に同氏が入手したという元副知事の音声データ(百条委員会での証言)はあっという間にX上で拡散し、これを機に「一部議員による謀略だ」「元副知事が言うとおり一連のできごとは県政を覆すクーデターだ」という書き込みが増えた。さらに各種のYouTube動画が流布した。

 今回の選挙はネット(デジタル)とリアル(アナログ)のハイブリッド戦だった。アナログとは街頭演説や握手、そして口コミである。斎藤事務所には大量の青い紙が貼ってあったが、あの1枚1枚も支持者からの手書きコメント(アナログ)だった。

〇第5段階:マスコミ批判と突き放し

 この頃からまるで壊れたテープレコーダーのように”公益通報問題”と”知事の資質”しか報じないマスコミに対するいらだちが高まる。「なぜ県政改革の総括をしないのか」「知事と議会の対立の背景をなぜ報じないのか」という疑問である。やがて沈黙を続けるマスコミに対し人々は愛想をつかせ、もっぱらSNSとYOUTUBE、そして口コミ情報に頼るようになった。

〇第6段階:オールドメディア批判

 そして開票。新聞もテレビも逆転劇に接し、まるでお通夜のような静けさで知事の再選の事実をきまり悪そうに報じる。やがて「斎藤陣営はSNS戦略がうまかった」「SNSを通じたデマで人々は間違った投票をした」といった論調がでてくる。これに対し人々は「オールドメディアはSNSに負けた」と言い出し、また「先にデマを流したのはマスコミであり、素人のSNSの一部にデマが混じっていたとしても汚れたマスコミに批判をする資格はない」と反発した。

2.マスコミはどこで失敗したのか。

 選挙後に識者やマスコミは「斎藤陣営のSNS戦略にマスコミが負けた」と総括したが間違いだ。斎藤陣営自体のSNS戦略は通常の候補者となんら変わらない発信だった。いつどこで街頭演説をする、やった結果これだけ人が集まったといった事実、そして県政改革の成果を淡々と発信した。それを拡散し、また今回の選挙戦の真の争点を掘り起こし解説したのはボランティアたちだった。要はマスコミは人々から相手にされなくなった。それにもかかわらず自分たちは正しいと主張し続け、さらに信用を失い続けている。

 それではマスコミはいったいどこで間違ったのか。

第1は、選挙前に「知事がパワハラ、おねだりをした」という一部議員や百条委員会発の情報を裏取りもせずそのまま大量発信したことだろう。百条委員会のアンケートは匿名で誰でも何回でも回答できた。職員以外の人も回答できたし、実際に退職者も記入した可能性があると指摘される。そんなアンケートの欠陥をマスコミ各社は県庁に記者を常駐させておきながら見過ごした。取材能力の欠如といってよい。

第2に百条委員会の調査も終わらないうちに不信任を議決した議員たちの異常な行動の背景を取材、掘り下げ報道しなかった。これも取材能力の欠如だがそれを超えて報道機関としては致命的なミスといえよう。

第3に選挙戦に入ると急に沈黙した。そして斎藤氏の落選を落柿を待つがごとく信じ、街頭演説の盛り上がりもあまり報じなかった(ただしこの背景には中立公正を強いる放送法等の制約はあった)。

第4に、通常、知事選では県民は政策や予算に興味があるのにひたすら「争点は知事としての資質と公益通報問題」と決めつけ、過去の報道内容を繰り返した。これも記者クラブでの特権を擁し、公共の電波を預かる機関としては致命的な欠陥と言えよう。県民の関心事を無視して選挙報道は成り立たない。取材放棄とすら言ってよい。かくしてマスコミは多くの県民から放送しない自由の権利を乱用したと批判される結果に至った。

第5に一部の番組は明らかな偏向報道を企画した。最たるものはNHKのクローズアップ現代である。匿名の職員OBと称する人物の証言を丸呑みし、一方的に選挙で選ばれた知事の改革を批判した。ほかにも証拠のない中、知事を殺人者呼ばわりしたワイドショーもあった。

第6に選挙で民意が示されたにもかかわらず自らの誤報、偏向あるいは憶測報道の不適切さを認めず、ひたすらSNSはデマだと決めつけ全く反省しない姿勢は企業として不適切だろう。民意が2度にわたって知事を支持したにもかかわらず一部のテレビ番組ではいまだに斎藤知事を白眼視する姿勢を変えない。視聴者の信頼を裏切り続ける姿は異様である。

3.SNSは嘘ばかりなのか

マスコミは「SNSでデマが流れ、それで有権者が惑わされた」「だから選挙時のSNSの規制をすべきだ」と主張する。しかし、筆者はこと今回の選挙に関する限り、これは全く当たらないと考える。

 百条委員会のアンケート問題、そして不信任決議のおかしさを経て、また報道姿勢のおかしさを多くの有権者が感じた。そしてマスコミは何かを隠していると感じた。実際にどうだったかは第3者委員会や百条委員会、あるいはその他裁判の結果を得ない限り誰にも断定できないが、そもそもプロ集団で報道の自由という特権を得ているマスコミが「隠している」「冤罪報道をしている」と大衆に思われたらもう終わりだろう。

 有権者の信用を失ってしまったマスコミ関係者が素人が流したSNSの一部の内容をとりあげて「デマだから規制しろ」と決めつけ批判すること自体がおかしい。信頼を失ったマスコミが行うべきは、まずは斎藤知事への謝罪(元局長の自死があたかも知事のせいでるかのように報じたこと、百条委員会が認定できなかったパワハラやおねだりがあったと決めつけ大々的に批判報道をしたこと)であり、県民への釈明(杜撰なアンケートのけっかをなぜ事実であるかのように報じたか、調査委員会の調査結果が出ない中での不信任決議の政治的背景を掘り下げなかったこと等)だろう。

4.マスコミに信頼回復の余地はあるのか。

 上記の失敗はなぜ起きたのか。筆者はかつて経営コンサルタントだったがマスコミ企業の改革にもかかわったことが複数回ある。また大阪府市や都庁の改革で多数の記者と仕事をした。当時と今では事情が異なる部分はあろうが、およそ以下のようなことが起きていると推測する。

 第1には現場の取材体制がかなり弱体化している。地方自治体の動きを探るには現地にそれなりのベテランを配備しなければならない。なぜなら県庁が発表する公式情報だけでは真実はわからない。しかし記者の数も予算も減って余裕がなくなった。畢竟、知事や議員からのリーク情報に飛びつくことになる。記者クラブ経由の情報を加工するだけだと特色が出せない。そんな中、他社がリーク情報でスクープ記事を時々書くと放置できない。各社それぞれが懇意な議員をつくり、こっそりリークを求める。そのためには議員が望む記事を書く(たとえば知事をめぐる疑惑など)。それと引き換えに情報をもらう貸し借り関係に発展し、中立性を失う。

第2には本社と現場の乖離である。片山元副知事がいみじくも百条委員会で述べていたが

現場の記者は特定議員の謀略や知事がパワハラ等をしているのかどうか真実を知っている。しかし東京本社は他社が視聴率の取れるニュースを流す中、当社だけが沈黙、中立を保つというのは看過できない。裏どりできていない情報であっても「ワードショーならいいだろう」と考えてセンセーショナルに流してしまう(ニュース番組では中立を装う)。これは社内の報道部門(ニュース担当)と社会情報部門(ワイドショー担当)の番組ガバナンスにもかかわる問題だが、報道部門、特に現場記者が慎重でもワイドショーでは週刊誌やネットで面白い情報を見つけるとネタとしてさっさと流してしまう傾向がある。

第3にはネットの影響である。かつて新聞は朝刊、夕刊の一日2回のみの発信だった。テレビは定時や臨時のニュースの発表機会があったが、露出は地上波の番組の時間枠の中だけだった。しかし今は新聞もテレビもネットで瞬時にいくらでも情報を出せる。その中で特落ちを防ぐには24時間、目を凝らしていく必要がある。一方で記者は数が減っている。となるとがせネタや未確認情報を選別する余裕はますますなくなる。結果、誤報や誰かが捏造した情報でもあたかも事実であるかのように安易に拡散してしまう。こうして今回のような誤報や冤罪報道の事故が起きる。

第4には政治との距離である。今回の県議会の不信任決議の急ぎ方、それに呼応するかのようなマスコミによる急速かつ強烈な斎藤知事バッシングの背景には何か大きな力が働いていた可能性がある。各社一斉に知事たたきを急いだ裏には衆議院選挙が近い中で自民党が維新の会の伸長を阻止したかったという事情が作用していたのではないか。それがマスコミへの圧力なのか、マスコミ側による忖度なのか、阿吽の呼吸の一致なのかはわからない。だがそれ以前からの大阪万博に関する執拗なネガティブキャンペーンとあわせ見てみると日本維新の会の伸長を快く思わない動きが今回の謀略の率先にかかわっているという可能性は否定しきれない。

以上、さまざまな角度からマスコミの在り方を考えてきたが、期待したいのは筆者のような見方に対する賛否両論、談論風発の論戦をマスコミ人が自ら行うことである。マスコミ人がこれまでのできごとを一切振り返らず、今後もひたすら「公益通報と知事の資質」のみを断罪し続けるとしたらもはや反社会的勢力とすらみなされかねない。スポンサーは離れ、購読者は減り、受信料収入は減り続けるだろう。今回の事件はマスコミの限界を見事に露呈させたが、刷新の良い機会でもある。正しい資金の流し方、人材の育成の仕方、会社としてのガバナンスの在り方や社会によるマスコミ支援のあり方も含めた議論の契機にすべきだろう。

慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

改革プロの発想&仕事術(企業戦略、社会課題、まちづくり)

税込214円/月初月無料投稿頻度:月1回程度(不定期)

筆者は経営コンサルタント。35年間で100超の企業・政府機関の改革を手掛けた。マッキンゼー時代は大企業の再生・成長戦略・M&A、最近は橋下徹氏や小池百合子氏らのブレーン(大阪府市、東京都、愛知県、新潟市等の特別顧問等)を務めたほか、お寺やNPOの改革を支援(ボランティア)。記事では読者が直面しがちな組織や地域の身近な課題を例に、目の前の現実を変える秘訣や“改革のシェルパ”の日常の仕事と勉強のコツを紹介する。

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