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22歳で撮った映画が世界を魅了。天才か、幸運か。素顔は?『僕はイエス様が嫌い』奥山大史インタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『僕はイエス様が嫌い』撮影現場での奥山大史監督とユラ役の佐藤結良

映画監督の新たな才能は、どのように出現するのかーー。昨年の『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督のように、日本映画には突如として、きらめくような才能が文字どおり、彗星のごとく現れることがある。

2019年、その象徴となりそうなのが、奥山大史(ひろし)監督ではないか。

現在、23歳の若き俊英。

間もなく(5/31)劇場公開が始まる『僕はイエス様が嫌い』を彼が撮っていたのは22歳のとき。それ以前に短編は撮っていたものの、長編は初めてだった。完成した作品は昨年9月の、サンセバスチャン国際映画祭(スペイン)で最優秀新人監督賞を史上最年少で受賞。その後もストックホルム国際映画祭、マカオ国際映画祭などで受賞を重ねてきた。

現在の職業は映画監督であり会社員

現在、奥山監督は会社員でもある。

「現在の仕事は広告の企画です。広告にまつわるあらゆることをやってまして、映画作りとは別の脳を働かせている感じです(笑)。」

「奥山監督」と呼びつつ、正式には「奥山さん」がふさわしいのかもしれない。

もともと『僕はイエス様が嫌い』は、大学の卒業制作のつもりで撮ったのだという。

「映画監督を夢見ていたかというと、そういうわけじゃないんです。ただ何か、もの作りに携わりたいとは思ってきて、その作ったもので見た人の心を動かしたり、驚かせたり、笑わせたりしたかったんです。

 それまでの人生で、演劇に関わり、そして映像に関してやってきたことに対して“集大成”になるものを作れたら……と思って撮ったのが『僕はイエス様が嫌い』です。幸運ならミニシアターのどこか1館で上映されたらいいな、なんて夢想してました。ですから大学を卒業して会社に入社したのも、これで映画作りは止めて、会社員になろうと思ったからです」

インタビューに答える奥山大史監督(撮影/筆者)
インタビューに答える奥山大史監督(撮影/筆者)

東京から雪深い地方へ引っ越し、ミッション系の小学校に通うことになったユラ少年。その目の前に小さなイエス様が現れて……というストーリー。

ユラや、彼のクラスメイトなど子役たちの演技が重要になるこの映画では、たとえば子役たちが人生ゲームで遊ぶシーンを長回しで撮り、あまりに自然な演技になっているなど、奇跡的なシーンがあちこちに登場する。その演出方法は、是枝裕和監督に近いスタイルでもある。

「ふつうの現場なら、美術を作り込み、カメラの位置を決めて、そこにキャストさんに入ってもらうんですけど、今回は最初に子役たちに入ってもらい、そこで遊ばせちゃったりしました。その間に照明をセットして、僕もカメラを探るわけです。そうやってリハーサルからカメラを回して、何度か人生ゲームで遊んでもらいながら、重要なセリフを絶対に入れてもらうとか、うまく流れを作っていく感じでしたね。だいたい10テイク以内で望んだかたちになっていくんです。

子役のお芝居に細かくカットを入れて、別の、たとえば大人のシーンに切り替えると、『子役に指示を出すので、つなぎで別のカットを入れた』みたいな作為を感じさせてしまう。映画を観る人に、無意識にリアリティを感じてほしかったのが狙いでしょうか」

製作費はすべて自前で

ユラと友人になったカズマがサッカーで遊ぶシーンは、神々しいほどに美しい
ユラと友人になったカズマがサッカーで遊ぶシーンは、神々しいほどに美しい

イチかバチかの挑戦も多かったことが、この話からは想像できる。22歳ゆえのチャレンジ精神か。あるいは22歳ならではの純粋なセンスか。どちらにしろ、このアプローチは映画全体のムードを美しく形成した。

製作費は奥山監督によると「現場でかかったのは、だいたい300万円くらい」とのことで、これは、あの『カメラを止めるな!』に近い額である。

「撮影の仕事を2〜3年やって、テレビCMとかもたまに撮らせてもらって、いつか1本、自分の映画を撮ろうという信念がめばえました。そこでいろいろな人の意見を取り入れると、自分の気持ちにまっすぐじゃないと思い、製作費はすべて自力で捻出したんです。もちろん借金もして……。映画祭に出品するためには著作権元も必要なので、そのために自分で会社を起業したりもしました」

将来を決めるのは、次の2作目か

そして『僕はイエス様が嫌い』は出品された映画祭で高い評価を受けたのだが、「イエス」という題材から、キリスト教国でどう受け止められるか、奥山監督は不安もあったという。

「驚いたのは、スペインのサンセバスチャンで街を歩いてたときに、映画学校に通っているという女の子から『なぜ日本人のあなたに、私たちが思っていることが描けたの?』と、かけられた言葉でした。あとマカオもキリスト教の信者の方が多く、英語タイトルは『JESUS』とシンプルなんですが、日本語には『嫌い』と否定語が入っていることに気づいた方がいて、逆に『そのタイトルが好き。イエス様が“いない”ではなく、存在を認めて“嫌い”と言っている。存在を強く信じた自分の過去を感じた』と言ってもらったことが、強く印象に残っていますね」

今後も会社員を続けながら、映画監督としての人生を模索するという。

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「現在の会社員生活では、自分が今後、映画を撮っていくうえでの糧を学んでいる感覚です。そのうえで、純粋に『これを表現したい』というものを送り出したい。幸い『映画を撮らないか』と声をかけてくれる人が現れたりして、いろいろプロットも考えているので、なんとか2020年くらいには2作目を撮りたいと考えています。

そのうえで、マカオ国際映画祭で審査委員長の陳凱歌(チェン・カイコー)監督が語った言葉が忘れられません。

『1作目を撮るのは意外に簡単。いちばん撮りたいものだからだ。その1作目が成功した場合、プレッシャーの中でそれを超える次の作品を撮らなければいけない。2作目に踏み出せず、消えていった監督を私はたくさん見てきた

僕自身、プレッシャーは感じていませんが、次に踏み出す意識だけは忘れないようにしたいです」

キリスト教を扱いながら、少年の目線で、日本人の心をも深くえぐる死生観を独自のタッチで描いた『僕はイエス様が嫌い』。

これはビギナーズ・ラックなのか? おそらくそうではないと、作品を観た人の多くが信じることだろう。

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『僕はイエス様が嫌い』

5月31日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次ロードショー

配給:ショウゲート

(c) 2019 閉会宣言

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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