韓国で広まる「社会的価値」、財界3位のSKグループが社会問題解決に向け大規模イベント開催
今月1日、韓国3位の規模を持つ財閥企業・SKグループ主催の下、「社会的価値」をつなぐ大規模なイベントが始まった。「持続可能な社会」に向けた先進的な取り組みの特徴を紹介する。
●社会的価値とは
「SOVAC(Social Value Connect、ソーシャル・バリュー・コネクト)」と名付けられたこのイベントが開催されるのは、昨年に続き2度目となる。
本論に入る前に、聞き慣れない「社会的価値(Social Value)」について説明したい。「個人、共同体、地球環境の幸福と持続可能性を高める価値」と言い換えられるが、韓国ではここ数年、企業や政府がこれを積極的に追求すべきという議論が高まっている。
背景には、韓国に住む人々の「生活の質の低さ」がある。
OECD(経済協力開発機構)が毎年発表する「より良い生活の質指数(BLI)」では40か国中30位(2018年)だった。2014年の25位から毎年1位ずつ順位を下げている。
細かい指標を見ると、「社会的関係」と「環境」で最下位の40位、「仕事と生活の均衡(37位)」、「住居(37位)」、「主観的幸福(33位)」、「雇用(27位)」、「安全(25位)」などで低評価だった。
こんな現状を前に、政府は「社会的価値」を正面から取り入れている。
文在寅政権は2018年から「国民中心の政府革新」を実現するための戦略の核として「社会的価値を中心とする政府」を掲げている。「社会的価値」はここで、「政府と公職社会の公共性を回復させるための核心的価値」と位置づけられている。
具体的には以下の13の分野となる。少し長くなるが、「社会的価値」の実例として紹介する。
1:人間の尊厳性を維持する基本権利としての人権の保護。
2:災難と事故から安全な勤労・生活環境の維持。
3:健康な生活が可能な保健福祉の提供。
4:労働権の保障と勤労条件の向上。
5:社会的弱者に対する機会提供と社会統合。
6:大企業と中小企業間の相生(共生)と協力。
7:品位ある生活を送れる良質の雇用の創出。
8:地域社会の活性化と共同体の復元。
9:経済的な利益が地域に循環される地域経済への貢献。
10:倫理的な生産・流通を含む社会的責任の履行。
11:環境の持続可能性の保全。
12:市民的権利として、民主的意思決定と参加の実現。
13:その他の共同体の利益実現と公共の強化
「社会的価値」をめぐる韓国政府の姿勢は文在寅政権になってからの変化と捉えられがちだが、実情は少し異なる。
盧武鉉政権(ノ・ムヒョン、03〜08年)の「参与(参加)」、李明博政権(イ・ミョンバク、08年〜13年)の「グリーン成長」、朴槿恵政権(パク・クネ、13年〜17年)の「創造経済」といった流れの上に立っていると理解する必要がある。新型コロナ時代を経て、一つの「時代精神」になりつつあると言えるだろう。
●会長直々の「転換」
企業としてはSKグループが「SOVAC」を通じ「社会的価値」を拡散させている。
「SOVAC」のホームページでは、企業にとどまらず非営利団体や学会そして政府までを巻き込む様々な分野に社会的価値を広め、協力や疎通を行うプラットフォームを提供すると、自身の役割を位置づけている。
なお、同グループは韓国最大の携帯キャリアから半導体生産まで幅広い業種を扱う、韓国で知らない者はいない大企業だ。2019年のグループ全体の売り上げは139兆ウォン(約12兆4000億円)に及ぶ。
韓国で大企業がこうした行事を主催するのは異例といえるが、背後には崔泰源(チェ・テウォン、59)会長の存在があるというのが定説だ。
1998年、38歳で同グループを継承した崔会長は昨年、とある講演会で「社会が持続可能であってこそ、その社会に属する企業も持続可能となる。企業にとって、経済的な価値を創出する以外に、社会的価値の創出が必要な理由だ」と発言するなど、「経済的な価値を超え、社会的価値の実現に企業の未来がかかっている」という持論の持ち主として知られる。
SKグループはまた、「社会成果インセンティブ」制度を作り、運営している。
これは崔会長のアイディアによるもので、企業が創出した社会的価値を貨幣価値に換算し金銭を報酬として支払う制度だ。2016年から2020年6月まで、222の社会的企業に対し、339億ウォン(約30億円)が支払われている。
崔会長は今年の「SOVAC」開幕に際し「社会的価値は本質的に協力するほど大きくなる。SOVACが既存の枠を壊し、大胆な視点を共有する私達の社会の『幸福プラットフォーム』になることを願う」とコメントを寄せている。
●オンラインで開催
今回の「SOVAC」は昨年と違い、新型コロナウイルス感染症拡散の影響により、オンラインで行われる。ただその分、昨年の一日だけから今年は9月いっぱいと、開催期間は格段に延びた。
専用サイトを訪ねると、9月1日から始まっているとあって、すでにたくさんのコンテンツが並んでいた。まず、もっとも興味深かった『社会問題の認識調査』という動画の内容を紹介してみる。
韓国に住む市民が実際に認識する社会問題として、1位から順に、▲所得両極化の深まり、▲不安定な老後、▲住居価格の不安定さ、▲仕事と生活の不均衡、▲プラスチックの使用と排出、が挙げられていた。
さらに10年後の社会問題を聞く質問には、▲老人うつ病および疎外の増加、▲低出産(少子化)の問題、▲代替エネルギー開発技術の不足が1位で並び、▲放射能の汚染、▲地下資源の減少、▲災難事故および対応不足、▲水不足、▲生態系の破壊、と続いた。
市民達はまた、こうした社会問題を解決する主体として「政府主導的」48%に続き、28%が「政府・企業・市民社会が同等に」と答え、多様な協力が必要との認識を示していた。
さらに『あなたにとって社会的価値とは』という動画では、アナウンサーやユーチューバーなどが「社会的価値」をどう考えるのかが紹介されていた。「社会的価値を創出する仕事は、達成感をより早く感じられる」、「社会的価値は小さな一歩であるが、大きな幸福だ」という言葉が並ぶ。
9月のタイムテーブルを見ると、「インパクト投資」、「非営利社会セクターのトレンドと課題」、「未来の人材の核心的DNAは共感」、「社会を革新する人材、10代20代のチェンジメーカーが熱い」など、多彩なコンテンツが準備されていた。
「SOVAC」サイトにある、『社会問題の認識調査』動画。
●「SOVAC」の意義
こんな「SOVAC」に対する社会的な評価も高い。
韓国の社会セクターに詳しい、非営利団体代表のAさん(40代女性)は3日、筆者の電話取材に対し「10年前の韓国では考えられなかったこと。社会的価値に広めるイベントが、この規模で行われるというのは、韓国社会にとって大きな意味がある。SKグループにとっても、会長直々の肝いりなので力が入っている」と述べた。
他方、「SOVAC」を準備するSKグループの関係者は、やはり筆者の電話取材に対し「今年は、現代自動車やPOSCO、新韓金融グループ、ドイツのBASFといった企業の会長の方たちが直々に祝賀メッセージを送ってくれた」とし、「社会的価値という概念が韓国で少しずつ広がっている」と手応えを語った。
この関係者はさらに「今年はNAVER、カカオ、グーグル、POSCOなどのプラットフォーム企業が、独自のセッションを行う。昨年からの大きな変化といえる」と説明した。
また、1日に開幕した今年の「SOVAC」の反応について、「まだ始まったばかりなので、全体の評価は難しいが、参加者の反応は非常によい。午前中のセッションで行われたリアルタイムのクイズイベントにも多くの参加者があった」と述べた。
これまで見てきたように、韓国で「社会的価値」についての議論、そして実践は始まったばかりだ。だが、現状に安住せず「持続可能な社会」に向けて確かな一歩を踏み出している。
前出の非営利団体代表のAさんは「韓国社会もここまで来たということ」と、目に見えない大きな変化が起きている点を強調した。
「SOVAC」ホームページ(韓国語)
https://socialvalueconnect.com/index.do
「SOVAC」YouTubeチャンネル