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水道法が施行。3年後にコンセッション開始か

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
「これからの『みやぎの水道』を考えよう」(宮城県企業局)より

水道法改正の背景にあったもの

 10月1日、改正水道法が施行された。法改正のポイントは、疲弊した水道事業の「経営基盤強化」にあった。水道事業の現状を整理すると次の3点にまとめられる。

1)有収水量の減少

 1人あたりの生活用水使用量は減っている。2000年頃は1人1日322リットルほどだったが、現在は297リットルほどになっている。節水機器の普及が大きい。たとえば、水洗トイレは20〜30年前には1回流すと13リットルの水が流れたが、現在では4・8リットルに減少した。今後も世界的な水不足に対応するため節水技術は進歩していくだろう。

 同時に人口が減ってくる。1人が使う水の量が減り、人口が減るので社会全体の水使用量が減った。水道経営という視点に立つと「商品が売れなくなっている」と言える。

 また近年は、自前の井戸をもつ病院やホテルなどが増えた。大口需要者を失い水道事業者は大幅な減収になった。

2)施設の老朽化

 老朽化した水道管の破裂事故は、毎年1000件を超える。法定耐用年数40年を経過した管路(経年化管路)は15%あり、法定耐用年数の1・5倍を経過した管路(老朽化管路)も年々増えている。昨年6月18日に発生した大阪北部地震の際は、水道管が破損して水が吹き上げ、21万人が一時的に水を使えなくなった。同年7月4日には東京都北区で老朽化した水道管が破裂し、地面が陥没した。厚生労働省は水道事業者に更新を急ぐよう求めるが、財政難から追いつかず、すべての更新には130年以上かかる計算だ。

3)水道職員の減少

 業務の民間委託が進み、水道現場を担う職員の減少が加速した。1980年に全国に7万6000人いた水道職員は、2014年には4万7000人になった。北海道羅臼町では、この8年間、1人の職員しかいなかった。漏水対応などを地元の協力のもと、一人で行ってきた。日々の業務に追われ、設備更新に必要な台帳を作成する余力はない。全国的に水道事業から地域の水環境についての知見や専門性の高い技術が失われている。多発する災害への対応が懸念される。

 こうした問題に対応したのが、2018年12月に成立した改正水道法だ。水道事業を隣接するいくつかの自治体と共同して行う広域化、人口が減少していく社会に合わせて水道施設を減らしていく適正規模化を推進する。同時に、自治体が水道施設を所有したまま、事業の運営権を民間企業に一定期間売却するコンセッション方式を選択することが可能になった。

 2016年12月19日に開催された第3回未来投資会議は「公的資産の民間開放」というテーマで行われた。そこで水道事業へのコンセッション方式の導入が議論されている。

 竹中平蔵議員は、「上下水道は、全国で数十兆円に上る老朽化した資産を抱えております。フランスやイギリスなどヨーロッパでは民間による上下水道運営が割と普通になっており、年間売り上げが数兆円に上るコンセッションや、しかも非常にダイナミックにIoTを取り入れて、第4次産業革命と一体になって水道事業をやっていくというのが出てきている」(同会議議事録より引用)と発言し、コンセッションは成長戦略と読める。

 『週刊ダイヤモンド』(2014年7月25日号)には「竹中平蔵が推す次の巨大金脈 住商、東急…業界大手が食指」という記事が掲載された。

「法人税減税やGPIF改革の陰に隠れて、あまり注目されていない新ビジネスに、業界の盟主が続々と参入しようとしている。政府の取り組み次第で市場規模は数十兆円に膨れ上がるという。

 三菱商事、三井不動産、東急電鉄、大成建設、イオン──。各業界を代表する大手企業が、新成長戦略によって新たに創出される巨大市場への参入を検討していることが本誌の調べで明らかとなった。

 業界の盟主が虎視眈々と狙っているのは、『コンセッション』と呼ばれる新ビジネス。政府の産業競争力会議の民間議員である竹中平蔵や内閣官房副長官の世耕弘成らも新成長戦略の隠れた柱として、大きな期待を寄せている」

「最大の金脈は首都・東京に眠っている。都内の地下鉄や上下水道、そして羽田空港をコンセッションにかければ、その投資金額の合計は数十兆円にもなり、地盤沈下した東京の金融市場を活性化させるカンフル剤にもなり得る」

 

完全民営化、コンセッション、業務委託の違い

 コンセッションはメディア等で「民営化」「部分的な民営化」と報じられた。以下に「完全民営化」、「業務委託」、「コンセッション」の違いをまとめる。

【完全民営化】:民間事業者が自由裁量で運営。最終責任は民間事業者。(英国で採用)

【業務委託】 :民間事業者が、仕様発注書(自治体の指示)に基づき運営。最終責任は自治体。(日本で従来から採用)

【コンセッション】:民間事業者が自由裁量で運営。最終責任は自治体。(改正水道法で採用できることに)

 業務委託の場合、水の作り方や方法、水質など各種基準を詳細に設定している。加えて、仕様書作成の段階で受注企業の役員報酬、従業員給与、税金負担分、株主配当金などは一般管理費として工事原価とは別に積算基準に明示される。

 自治体は発注書に基づき、民間事業者の業務を監督することで、水質悪化などの大きなリスクを回避する。

 コンセッションの場合、水の水質基準など「仕上がり」を基本にした「性能発注」である。水の作り方などは民間事業者の自由裁量に任される。民間の創意工夫によって業務の効率化が図られると期待されるが、一方で自治体の監督は難しくなる。

 そこには自治体の技術継承という問題がある。

 コンセッションで自治体は最終責任をもつが、それを遂行できるかどうかがポイントになる。

 コンセッション導入から数年は、技術をもった職員がいて、民間事業者の業務が適正かどうかを監督できるし、災害時には現場で対応することもできる。

 だが、コンセッション導入から一定の年月が経過すると、水道事業に精通した職員が減っていく。このとき責任を果たせるかがポイントになる。

 コンセッション契約の終了時には、水道事業を経験している職員の多数が退職している。コンセッション契約を更新せざるを得ない状況になっていたり、民間事業者に有利な契約内容になる可能性も懸念される。民間企業が撤退した場合、水道事業をどのように継続させるかも曖昧だ。

「みやぎ型管理運営方式」は22年1月に事業開始方針

 宮城県では、上水・工業用水・下水の計9事業の運営権を一括して民間に売却する「みやぎ型管理運営方式」の実施方針の素案が公表された。

コンセッションが実施される事業(「これからの『みやぎの水道』を考えよう!」宮城県企業局)
コンセッションが実施される事業(「これからの『みやぎの水道』を考えよう!」宮城県企業局)

 9月末までにパブリックコメントは締め切られ、11月の県議会に実施方針条例案を提出する。議会で条例案が可決されれば、2020年3月に募集要項などを公表し、21年10月には運営権者を決め、22年1月に事業を始める方針だ。

「みやぎ型管理運営方式」

・宮城県の上水道・工業用水道・下水道の3事業をまとめて20年間民間企業が運営する

・水質を維持するための方法は民間企業に任せて、水道料金の徴収も民間企業が行う

 現在、宮城県の水道事業は、宮城県企業局が取水から浄水まで行い、25市町村が県から水を買っている。県は水の卸売りを行い、市町村が小売りを行うというスタイルだ。このうち卸売りの部分が、コンセッションになる。

 宮城県は「みやぎ型」について以下のメリットを主張している。

・上工下水一体化のスケールメリットでコストが削減できるので、水道料金の上昇を抑えられる。県が見込むコスト削減効果は最低でも7%。上水道に限れば、20年間で計120億円に上るとの試算もある

・民間企業が水質点検をし、その報告を県が確認する

・運営権者によるセルフモニタリングの他、県によるモニタリング、第三者機関によるモニタリングを行う

・災害時は県が責任をもって対応する

「これからの『みやぎの水道』を考えよう!」(宮城県企業局)
「これからの『みやぎの水道』を考えよう!」(宮城県企業局)

 9月20日、21日には、仙台市役所で市民説明会が開かれた。

 県の担当者は「民間の創意工夫を最大限生かした上で、安全な水を供給するのは引き続き県の使命だ」と理解を求めた。

 一方、参加者からは「命に関わる水は県が行うべき」「県でコスト削減を図ってほしい」などの声が上がった。

 参加者からは「民間事業者が撤退、倒産した場合はどうなるか」という疑問が出され、県の担当者は「万が一のときは県か、県が指定する業者への引き継ぎを義務付ける。事業の継続性は業者選定時の採点基準になる」と述べた。

 市民からは「メリットとデメリットの判断材料が少ない」「情報公開が不十分で、内容を大半の県民が知らない」「進め方が拙速」などの意見も出た。

 宮城県議会でも、「みやぎ型管理運営方式」が取り上げられた。

 社会民主党・岸田清美氏は、宮城県が水道水を買うことになる「受水自治体の質問に具体的に回答できていない」点を指摘。日本共産党・大内真理氏も「受水市町村から宮城県に対して13項目の質問書が提出されたが、県の回答は『応札した企業からの具体的な提案がないと答えられない』というものだった」と指摘した。

 村井嘉浩知事は「首長や担当者に検討状況などを説明している」と述べ、自民党・佐々木幸士氏は市町村の理解度に注文を付けた。

 議論は平行線を辿っている。そして、県民の多くが内容を知らない。それでも水道コンセッションの1号事例が粛々と進む。

 

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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