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「働き方改革」最大の焦点・裁量労働制 「過労死促進法」の構図

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

裁量労働制が過労死を増やす?

 2018年の労働問題における最大のトピックの一つは、裁量労働制の拡大であるといってよいだろう。通常国会において、労働基準法改正案が「働き方改革一括法案」として議論される予定だが、時間外労働の上限規制などと同時に、裁量労働制の拡大が盛り込まれることになっている。

 そもそも裁量労働制とは、1日あたりの「みなし労働時間」を職場ごとに労使で定めることで、何時間働こうが、その「みなし労働時間」だけ働いたことになる制度である。

 本来の裁量労働制は、「みなし時間」分働かずとも、仕事が終わったら帰ることもできる。しかし、この制度は悪用されやすく、「定額働かせ放題」制度として、無限のサービス残業を強いる事例が後を絶たないのが実情だ。

 

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 さらには、過労死・過労うつを促進する恐れも有している。それは第一に、先ほども述べた通り、「残業代が支払われない」ために、使用者が過重なノルマを課す場合が多いからだが、それだけではない。

 もう一つ過労死を促進する重要な要素がある。それは、裁量労働制が、そもそも過労死を「自己責任」に転換しかねない制度上の構造を持っているということだ。

 本記事では、裁量労働制と過労死を促進する構図について、具体的な事件の紹介をつうじて問題提起をしていきたい。

近年の裁量労働制の過労死・過労うつ事例

 まず、最近の動向を確認しよう。厚生労働省は、毎年の過労死・過労うつの労災認定の数を公表しているが、2017年からは、そのうちの裁量労働制の数を公表するようになっている。

 裁量労働制での過労で労災認定された数は、2011年3人、2012年15人、2013年15人、2014年15人、2015年11人、2016年2人。うち亡くなった(自殺未遂も含む)のは、2012年4人、2013年2人、2014年2人、2015年5人となる。絶対数は少ないが、被害者が相次いでいることは確認できる。

 次に、近年の具体的な被害事例を見ていこう。

証券アナリストの過労死

 2013年7月、裁量労働制を適用されていた証券アナリストの男性(当時47歳)が心疾患で亡くなり、2015年3月に労災認定された。

 業務は債券市場の動向を分析し、顧客にリポートを発信するというもの。遺族側は、リポートの発信時間や同僚の証言などから労働時間を割り出した。毎日午前3時ごろに起床して海外市場の動向を分析し、午前6時ごろに出社して、第一回の顧客向けリポートを午前6時40分ごろに発信する。その後、17時半までに毎日30以上の顧客向けリポートを送っていた。退社は18時半ごろ。これだけの長時間労働にもかかわらず、「他の従業員より早く帰るな」と注意されたり、高熱でも出勤を命じられたりしていた。亡くなる1ヶ月前の時間外労働は133時間、発症前2〜6ヶ月は月平均108時間だったという。

システムエンジニアの過労うつ

 2004年2月、専門型裁量労働制を適用されていた江東区のシステムエンジニアの男性(当時20代)が、過労による精神疾患に罹患し、労災認定をされている。

 彼は金融機関向けの新規システム開発を担当していたが、プロジェクトチームとしてチーフの管理下で労働時間の配分が行われていた。また、管理者による進行管理、作業内容の具体的指示、参加が不可欠な打ち合わせ会議なども行われており、業務には裁量がなかった。こうした理由から、東京労働者災害補償保険審査官が、裁量労働制が無効であると2013年に認定している。なお、精神疾患を発症する直前の1ヶ月の時間外労働は月123時間に及んでいた。

 いずれも、裁量労働制であるはずなのに、精神や身体を破壊されてしまうほどの長時間労働をさせられており、また上司から指示を受けるなどして裁量が事実上認められていなかった事例だ。

 一方で、それだけの長時間労働をさせても、会社側は基本的にみなし労働時間分しか賃金を払わないで済む。このことを「メリット」として、裁量労働制を使いたがる企業が増えていくことは明白だろう。

裁量労働制で過労死・過労うつになった事例

 次に、少し古いが、裁量労働制であることによって、過労死が争いづらくなる経緯がよくわかる事例を見ていこう。いずれも過去に公表されている文献を参考にした。

光文社の女性誌編集者の過労死事件

 最初に紹介するのは、裁量労働制の職場で、初めて過労死労災が認定されたとされる事件である。1997年、入社しておよそ1年4ヶ月の20代半ばの男性が、自宅で心疾患により亡くなった。彼は週刊誌「女性自身」で、グルメなど読者が関心をもつテーマの情報を掲載するグラビア欄を担当していた。

 同居していたご両親によれば、毎日深夜2〜3時に、金曜日は徹夜で明け方に帰ってくるような長時間労働だったという。さらに、「読者調査」という業務を土曜日・日曜日に行っており、20代の読者層の働いている女性に会って、関心をもっていることについてヒアリングをおこない、1〜2ヶ月先の特集を社内で議論するためのレポートにまとめて月曜日の会議に提出していたという。平日は雑誌を制作する業務があるうえに、土日には読者へのヒアリングに従事しており、休みはなかった。遺族側によれば、月300時間以上の長時間労働だったという。

 しかし、会社は裁判をつうじて、土曜日、日曜日に仕事をするように会社が言ったわけではないと反論したのだという(のちに業務命令だったと認めている)。また、裁判中、会社は被害者の労働時間について、拘束時間は長いが、休憩時間があったり、ソファに寝転んだり、テレビを見たりという時間もあるとも反論し、「裁量労働制であり、会社の具体的指示による長時間労働でない」との姿勢だったという。

 元同僚、上司、友人、家族などの証言もあり、業務が過密であることが認められ、判決直前に会社側が和解勧告を受け入れ、責任を認めて和解金の支払いをすることとなった。

 なお、労災申請もしていたが、弁護士によれば、労働基準監督署は当初、「裁量労働制なので自分で勤務時間を工夫できたはずである」などとして労災申請を却下したという。その後、不支給決定の取り消しを求めていたが、2001年12月に厚労省によって脳・心疾患の労災認定基準じたいが新しくなり、翌月労災が認定された。

 本事件では、会社に対する損害賠償請求も行われ、2003年に和解に至っている。

※本事件については、川人博「最新労働判例解説 裁量労働制の過重労働による過労死と損害賠償  光文社事件(東京地裁平成15.3.7)和解成立を契機として」『労働法学研究会報』2003年7月20日号を参照した。

小松製作所のレーザー開発担当者の過労自死事件

 1999年、建設機械大手の小松製作所のレーザー開発部門に勤務していた34歳の男性が、自宅マンションの10階から飛び降りて亡くなった。

 彼の業務は、当時世界最先端のレーザー装置の製造であったが、関連技術を一つのシステムにまとめあげる全体統括業務であった。それだけでなく、業務はコスト管理や部品納入業者との交渉・折衝、営業活動、顧客からの苦情対応、研究グループ内の取りまとめにまで及んでいた。

 亡くなる3ヶ月前、彼は顧客企業からの大型レーザーの開発・製造を受注している。顧客企業からは細微な部分についてまで指摘や苦情があり、製品の納期については上司が顧客の言うなりに設定してしまいがちだったため、彼の負担は大きなものとなっていたという。

 亡くなる5日前に、被害者は納期を目前にして上記の顧客企業から製品内容の修正を依頼されていた。さらに、必要部品の納入の遅れることがわかり、納期が間に合わない見通しになったという。この対応のため、亡くなる前の最後の出勤日2日間の終業は、2日連続で深夜2時、3時すぎまで及んでいた。

 彼の1日の労働時間は12〜18時間に及び、死亡前1ヶ月間の労働時間は、1日8時間のみなし労働時間を120時間も超過していた。このように、彼に裁量がなかったことは明白である。また、上記の顧客企業との取引について複数の上司から「お前が何か怒らせることを言ったんだろう」などと強く怒鳴られたことも心労になっていた。

 同事件は2002年に労災が認定され、2003年には遺族が会社を相手取って、裁量労働制による過労自死については初めてとされる損害賠償訴訟を起こしている。労災認定後も、会社側は「自分の裁量で仕事のやり方や労働時間をきめることができた。長時間労働を強いてはいない」と主張していたという。その後、裁判は2006年に和解に至っている。

※本事件については「過労死に倒れた人々(第136回)過労自殺 裁量労働下で心身病み 34歳研究員」『ひろばユニオン』2005年6月号、雨宮処凛『生きさせろ!』を参照した。

 光文社事件については、労災認定基準がまだ整っていなかった時期であったとはいえ、裁量労働制であることを理由として企業だけでなく労基署までもが被害事実の認定を拒んだことは、裁量労働制での過労死の立証の難しさを示しているといえよう。

 このように、裁量労働制は「定額使い放題」を正当化すると同時に、過重労働を「自己責任」であるかのようにしてしまう。そして、そのように過労死にペナルティーが科せられないことで、ますます過労死が促進されてしまう恐れがあるのだ。

裁量労働制の場合、労働時間の記録がなされない

 さらに、裁量労働制では、労働時間の立証も困難になる。

 第一に、裁量労働制の場合、会社が出社・退社時間を記録していないことが多い。このため、過労死・過労うつの認定の根拠となる労働時間の証拠を集めることは、一般的な労災事件でも難しいのに、裁量労働制だと一層難しくなってしまう。

 裁量労働制であっても深夜労働や休日労働の分は割増賃金を払わなくてはいけないので、その意味でも記録をしないわけにはいかないはずだ。また、裁量労働制において経営者は健康・福祉確保措置を図るように定められているため、その意味で労働時間の記録を取ることが必要である。

 だが、裁量労働の適用される労働者には労働時間を指示してはいけないのだから、労働時間を一切把握しなくてよいという都合のよい発想をする経営者が多いのが実情だ。また、基本的にどれだけ働かせても残業代を支払わなくてよくなるため、労働時間の記録をする必要がないという判断もされがちである。

 さらに、厚労省にも問題がある。厚労省は、通達やガイドラインによって、「労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、適正に記録すること」を定めている。しかし、このガイドラインでは、わざわざ裁量労働制を排除している。つまり、裁量労働制の場合は労働時間の把握をしなくてよいかのように、厚労省がお墨付きを与えてしまっているのである。

 加えて、第二に、裁量労働制の場合、さらなる労働時間のハードルが待ち構えている。何時から何時まで会社にいたかを証明したとしても、その時間に労働をしていたことを証明しなくてはならない場合があるのだ。

 この問題も、裁量労働制に限ったことではない。会社が残業代や労災を求める労働者側に対して「会社にいたが、働いてはいなかった」と主張してくるケースはあまりに多い。だが、裁量労働制であれば、出勤・退勤時間が自由であるだけでなく、会社にいた時間に必ずしも労働をしなくてもよいといえることになる。このため、出勤時間から退社時間の間は「在社時間」であるという主張がさらにしやすくなってしまうのである。

 こうした裁量労働制の欠陥を踏まえたとき、冒頭で紹介した厚労省の労災認定数の背後には、労災認定されていない膨大な被害事例の存在があると考えざるをえないだろう。

おわりに

 今回の労働基準法改正案では、労働時間の上限を定めるとしている。この上限時間自体が長すぎるという批判もあるが、そもそも裁量労働制については、その上限規制の適用対象外となるようである。これでは、ますます上限規制を逃れるために裁量労働制の導入を目指す会社が増えてしまうだろう。

 また、今回の改正裁量労働制に営業や管理職の業務まで盛り込むとされている。法改正を注視し、これ以上の被害を出さないことが必要だ。

 最後になるが、現在の裁量労働制の多くは手続きや裁量の不在によって、その多くが違法状態にある。裁量労働制が適用され、過重労働に陥っている方は、ぜひ法的な権利主張も考えてほしい。

(以下は、無料相談窓口である)

裁量労働制を専門とした無料相談窓口

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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