野村不動産だけじゃない! 営業で「裁量労働」「みなし労働」なら、残業代が請求できる
禁止のはずなのに、営業で「裁量労働制」の事件が相次ぐ実態
不動産大手の野村不動産が、社員1900人中、個別営業などをしていた600人に企画業務型裁量労働制を不正に「適用」していたとして、東京本社、関西支社、名古屋支店、東北支店において労働基準法違反で是正勧告を受けていたことが、厚生労働省東京労働局によって12月26日に発表された。裁量労働制が不正とされたことにより、同社は社員に対して過去の残業代の支払いを予定しているという。
またしても裁量労働制の悪用の事件だ。今年、私は下記のように、システムエンジニア・プログラマーやゲーム業界について、裁量労働制の問題を告発する記事を書いてきた。
プログラマーの裁量労働制は違法! システムエンジニアの裁量労働制が違法になったケースも
人気ゲーム会社「サイバード」の裁量労働制が無効に 明らかになった裁量労働制「歪曲」の危険性
本件は「営業」における、裁量労働制の悪用の典型例である。2017年現在、裁量労働制において一般的な営業業務は認められていないはずだ。それなのに、「「裁量労働制」を理由として残業代が支払われない営業社員」の労働相談は、全く珍しくない。
ではなぜ、営業職に絡む裁量労働制の事件が目立つのだろうか。本記事では、裁量労働制・みなし労働時間制における営業について整理しながら、長時間労働・残業代未払いの被害に遭っている営業社員の方たちに、注意喚起をしていきたい。
相次ぐ営業職に絡む裁量労働制の事件
まず、営業職に絡む裁量労働制の事件をいくつか紹介しよう。
一つ目は、裁量労働制の相談を受けつけている労働組合「裁量労働制ユニオン」が最近団体交渉した事案である。相談者は、都内のウェブデザインの会社で、本来の業務であるウェブディレクターの仕事を行う一方、業務の多くの時間を割いて電話かけや企業訪問などの営業業務にノルマを課せられて命令されていた。
相談者の契約書には、業務内容として「企画・営業・デザイン・制作」、就業時間の項目には「裁量労働制」と書かれており、本人は「自分には残業代は払われないんだ」と納得させられてしまったという。現在、同僚とユニオンに加盟して残業代の支払いをめぐって団体交渉を行っているところだ。
また、上記のシステムエンジニアの記事で紹介している京都のIT企業の裁判も、営業業務が関係していた。裁量労働制を「適用」されていたシステムエンジニアが、裁量労働制が適用されないプログラミング業務のほかに、業務の発注元の企業との窓口として営業を行っていたことが理由の一つとなって、裁判所に裁量労働制が無効と判断されている。彼には560万円の残業代が支払われている。
さらに、一般営業職に企画業務型裁量労働制を「適用」していた大手企業の事例として、野村不動産に先駆けて、損保大手の損保ジャパン日本興亜が2017年春に一部で報道されていた。同社では、社員1万9000人のうち、本社・支社の6000人以上に企画業務型裁量労働制を「適用」し、そのなかには支店レベルの一般の営業社員まで含まれていたという。
野村不動産の長時間残業は、月100時間以上?
ここからは、裁量労働制と営業職の関係を考えていく。まずは、裁量労働制について、改めて確認しておこう。
1日あたりの「みなし労働時間」を職場ごとに労使で定めることで、何時間働こうが、そのみなし労働時間だけ働いたことになる制度である。みなし労働時間を1日8時間だと決めてしまえば、その日の労働がたとえ5分であっても8時間分の給料が支払われなければならない。このように裁量労働制は、労働者が会社に縛られず、自由に出勤・退勤時間を決めることのできる仕組みとして作られていた。
一方で、裁量労働制を悪用すれば、1日14時間働いても、みなし労働時間が1日8時間なら、8時間分の給与しか支払わないで済んでしまう(深夜の25%割増賃金や、休日労働の割増賃金は別途出さなければいけない)。実際はこうした「定額働かせ放題」制度として悪用されるリスクが非常に高く、被害事例が相次いでいる。
では、野村不動産の労働時間の実態はどうだったのだろうか。残念ながら、報道では詳細は不明であり、以下は推測にもとづく議論であることをご留意いただきたい。
今回、同社は月の時間外労働の上限を定めた36協定を超えて時間外労働をさせていたことで是正勧告を受けている。同社の36協定の上限はわからないが、参考に不動産業界大手の例(2017年12月4日付、朝日新聞記事によるhttps://www.asahi.com/articles/ASKCX7DXGKCSUEHF01Q.html)を挙げていくと、以下の通りだ。
- 三菱地所 月130時間
- 三井不動産 月90時間
- 東急不動産ホールディングス 月79時間
- 住友不動産 月75時間
いずれも70時間以上で高水準である。野村不動産が同様に70時間以上であってもおかしくなく、これを超えたことによる是正勧告なのであれば、長時間労働と言ってよいだろう。
また、企業名を公表されたこと自体も、残業時間のヒントになるかもしれない。今回のように是正勧告だけで、労働局から企業名が公表されることはきわめて珍しい。2015年から是正勧告段階での「企業名公表」制度が始動しているので、これを念頭に置いた公表という可能性もある。この制度は、大企業において、月100時間の時間外労働に加えて労働時間に関する是正勧告を受けるという条件を、1年以内に3つ以上の事業所で繰り返した場合を対象として新設された。昨年末には、過労死等の労災認定や、月80時間以上の時間外労働も、企業名公表の条件に追加されている。
今回の野村不動産の公表は、労働局の担当者が「(同社の不正を)放置することが全国的な順法状況に重大な影響を及ぼす」と語るなど、本件限りの特例である可能性もある。だが、現行の企業名公表制度の水準で考えれば、同社では実際に月80時間〜100時間の時間外労働および過労死の労災認定などが、過去1年の間に全国で蔓延していた可能性があるといえよう。まさに典型的な「定額働かせ放題」である。
なお、前述のウェブデザイン会社では最大月90時間の時間外労働、システムエンジニアの事件でも月80時間以上の時間外労働があり、いずれも過労死ラインを超える長時間労働であったことも補足しておきたい。
裁量労働制に一般営業の入る余地はない
次に、裁量労働制と営業職の関係について考えていこう。裁量労働制は上に見たように、「定額使い放題」の危険のある働かせ方であるため、適用可能な業種が限られている。問題は、上のように「一般的に行われている」営業職への適用が、違法だということだ。
裁量労働制には、専門業務型と企画業務型の二種類がある。専門業務型は「遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難」な業務として厚労省が定めた19の対象業務のみに限定して認められている。このリストに営業は含まれていないので、専門業務型は問題外だ。
次に企画業務型は、「事業運営上の重要な決定が行われる企業の本社等の中枢部分」において、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」の4つについて「相互に関連し合う作業を組み合わせて行う」業務のみに認められている。ここにも一般の営業が入る余地はないだろう。
より直接的に、企画業務型裁量労働制について、厚労省の指針は「個別の営業活動の業務」は「対象業務となり得ない」とはっきり定めている。このように、一般営業が裁量労働制の対象でないことは、誤解の余地がない。
なぜ、営業の違法な裁量労働制が相次ぐのか
それにもかかわらず、営業職に裁量労働制が勝手に「適用」される事例が相次いでいるのには理由がある。
(この点については、下記の記事も参照してほしい)。
「高度プロ」の陰に隠れた「本当のリスク」 年収制限なし、労基署も手が出せない、「裁量労働制」の拡大
従来、営業業務に残業代を払わないための制度といえば、「事業場外みなし労働時間制度」が代表的だった。この制度は、裁量労働制と同じ「みなし労働時間」の制度であり、事業場の外でなされ、会社の管理が及ばず、実際の労働時間を算定することが難しい業務に認められるものである。
しかし、裁判所の判例が蓄積される中で、適用条件は厳格化し、事業場外みなし労働時間制度は「争えば労働者が勝てる」制度になった。逆にいえば、企業には使いづらい制度になったわけだ。
例えば、下記の記事では、積水ハウスで外回りの営業をしていた社員が「事業場外みなし労働時間」の無効と残業代の支払いを主張して、和解が成立した事件を紹介している。
事業場外みなし労働時間制度の裁判に敗北する中で、経営団体は営業社員に残業代を支払わないで済む制度を求めていたと言われる。そこで考案されたのが、企画業務型裁量労働制に「営業」を新設するという案である。
この案は労基法改正案として、この数年盛んに議論されてきた。2018年の通常国会では、この案を含んだ労働基準法改正案の提出が確実視されている。損保ジャパン日本興亜や野村不動産の事件は、法案成立前の「フライング」と言ってよいだろう。
法案上は、「法人に対する提案型営業」に限定されているが、現場では勝手に法律を逸脱して「一般営業」に裁量労働制が「適用」される事件が拡大することは間違いない。上記二社の「フライング」が、それを示唆しているといえよう。
この逸脱のしやすさ、裏を返せば労働者の争いづらさが、企業にとっての裁量労働制のメリットである。裁量労働制はそもそも裁判例が少ない。なかでも業務内容がかなり抽象的な企画業務型裁量労働制に至っては、裁判例が皆無とされる。このため、「事業場外みなし」とは違い、労働者が裁量労働制の営業について争うことはハードルが高いのだ。
おわりに 多くの営業の裁量労働制は違法!
現在、世の中に広がっている営業業務の「裁量労働制」や「みなし労働制」は、これまで説明してきたように、争えばほぼ違法になり、残業代を取り返せる。
今回の野村不動産の事件が労基署によって取り締まられ、異例の報道発表となったことからしても、行政の取り締まりも強化されている。その点では、裁量労働制も、以前よりは「争いやすくなった」といってよい。
また、万が一、今回の労基法改正案が成立したとしても、一般営業については「裁量労働制」「みなし労働制」は違法のままである。この場合、争うことは容易ではないが、労働問題に詳しい弁護士やユニオンに頼れば、会社に違法を認めさせて、残業代を払わせられる可能性は高まるだろう。
そして、裁量労働制違反の場合の賠償金は多額に上ると考えられる。逆に言えば、それだけ悪徳企業は違法行為で「うまみ」を得ているのだ。
ぜひ、営業社員の方は、会社にだまされずに労働相談をしてみてほしい。
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