感染者数の拡大で「欧州は危険、日本は大丈夫」は本当か:新型コロナウイルス問題
フランスで、外出禁止令が出されることになった。
10月14日、マクロン大統領の発言によれば、フランスでは毎週130万から140万の検査が行われている。そして1日の感染者数が平均で2万人を超えたという。この数字を、外出禁止令の根拠の一つに挙げている。
このような数字を挙げて、日本では「欧州が危ない」と盛んに報道されている。
例えば15日のNHKニュースでは「フランスでは、大学生の集団感染などが発生して、若い世代を中心に感染が広がっているんです」「1日に確認される新たな感染者の数は、先月になってから1万人を超えました」「日本は今日708人でしたから、これがいかに多いかわかりますよね」と報道していた。
まるで「日本は全然マシ。まだまだ安全」という印象を与えようとしているかのようだ。
これに筆者は「ちょっと待って」と異議を唱えたい。
検査数の違い
フランスと日本の検査数は、桁違いである。
フランスでは1日あたりにすると19万から20万件の検査が行われている。
国の態勢が整っており、保険証をもって各自治体の指定する場所に行けば、無料でアポなしで検査が受けられるのだ。
1ヶ月ほど前のまだ平穏な時期、筆者は公務員の友人に「検査はもう受けたか」と聞かれた。
「受けてないよ」
「受けないとダメじゃないか」
「行ってみようとは思うんだけど、忙しいし、何も症状がなくて元気だし」
「症状がなくても受けるんだよ。全員が受けることを推奨しているんだから」
と言われてしまった。
フランスの人口は約6700万人なので、1日あたり人口の約3%が検査を受けていることになる。
これに対して日本はどうか。
厚労省の発表によると、2月18日~10月13日に検査を受けた人は274万5151件。1日あたりの検査数は約1万1440件だ。フランスの約17分の1にすぎない。
これを人口で考えると、1日あたりの検査数は、人口の0.009%にすぎない。日本の人口はフランスの2倍弱で、約1億2650万人。つまり、フランスの検査状況は、日本の約34倍である。
学校のクラスを想像してみると良いかもしれない。1クラスで全員が検査を受けている状態と、たった一人の生徒しか受けていない状態の違い、と考えればわかりやすいだろう。
となると・・・机上の計算をしてみたくなる。
もし日本でフランス並みに検査が普及していたら、708人×34倍=2万4072人。2万人越えで、欧州並みの感染者数という「仮説」が成り立たないでもない。もちろんあくまで計算上の「仮説」である。
死者数は?
ただし、死者数に関しては、やはり欧州は深刻である。
フランスの公式サイトによると、フランスでは、新型コロナウイルスによって3万3125人が亡くなっている(10月15日発表)。欧州では19万8004人が亡くなっている(昨年の12月31日以降)。
対して、日本の死者数は1645人である(10月14日時点)。
いくら日本の態勢が整っておらず、コロナウイルスによる死者数を正しく把握していないのではないかと疑ってみても、20分の1以上も少なく見ているとは到底思えない。
感染することと、重症化したり死亡したりすることの関連性は、型の違いも含めて、いま世界中の専門家が研究中である。
ただ、フランスの死者数が多いと言っても、以下の表をみていただきたい。
3月半ばから4月30日までの間に、山の形で死者が激増している。ちょうど、フランスの封じ込め(ロックダウン)の時期と一致する。3月17日から5月10日まで行われた。
激増して激減していることから、明らかに封じ込めの効果はあったということだ。
5月以降は、おおむね横ばいで、2018年や2019年と比べても、それほど違いはないように見える。
実際、本土では6つの地方で例年より死者数が増加したが、5つの地方では減少したというのだ。2つの地方でほぼ同じだった。地域によって違いが大きいのは、日本と似ている。
いま再び感染者数が増えているので、本格的に警鐘を鳴らし始めた。
おそらく、感染者数と重症者・死者数の関係を、専門家がデータをもとに判断したのだろう。少なくとも、毎週130万から140万件もの検査が行われ、かなり正確なデータに基づいて政治が判断していることだけは、信用できる。
経済活動に支障が出るので当然不満は出るが、それでも「公共の衛生のためなら仕方ない」と社会はおおむね納得していると思う。それは、いつでも検査ができる態勢を政治が整えており、かなり正確な感染者数を把握して政策を決めていると、信用しているがゆえだと思う。
報道は実態を伝えているか
ネットを見ていると、欧州やフランスの悪口ばかりが目につく。
確かに、一般的にヨーロッパ人の清潔度は、日本人ほどではないかもしれない。日本人の自助努力は、素晴らしいとは思う。
でも、パリを見ている限りは「ヨーロッパ人やフランス人は、不潔だし、生活習慣のせいで、あれほど感染が広がっているんだ。それに比べて日本人は清潔だから感染が広がらない」という指摘は、今はもう当てはまらないと思う。それが通用したのは、コロナ問題が大きくなった頃までの話だろう。
少なくとも筆者は公共の交通機関内で、マスクをしていない人は今まで三人しか見たことがない。そのうち二人は、明らかに外国人旅行者に見えた。全員マスクをしていると言ってもいいと思う。
店などの入り口にも、滅菌ジェルが置いてあることは普通である。日本と等しく、ほとんどの人が使っている。
普段はフランスやラテンの地域では、ほおを軽く触れ合うあいさつをするが、コロナ問題以降、一度も見たことがないし、自分もしたことがない(夜遊びしている集団は、例外かもしれない)。
一部で「マスクをしない権利」という人たちがいたのは事実だが、ほんの一握りである。
息をするように自然にデモをして意思表示をする人たちだが、デモはすっかり見なくなった。
マスコミとは、目立つところだけを見て(あるいはわざわざ探してきて)報道するのが好きなものだ。そして「ごく普通の現状」を伝えるのを忘れがちである。
検査が気楽にできる環境だと、老人に会う機会があれば、検査を受けて陰性を確認してから会いにいく。何かの集会に出席するのに不安を覚えるのなら、これも検査を受けてから行けばいい。検査所は、日曜日以外は開いていて、保険証をもって好きな時に行けばいいだけだ。無料だ。
日本では、症状がある場合は保険がきいて約2000円、症状がなければ4万円以上も払わなければならない。
友人が「日本人は清潔で、大変な努力をしている。ヨーロッパ人と私たちは違う。ヨーロッパの状況がひどいのは、あの不衛生じゃ当然」と、大真面目な顔をして言っていると、大変複雑な心境になる。
「欧州の人々の現状を全然知らないのだなあ」と思う一方で、確かに国や場所によってはひどい所もあるとはいえ、「なんで自分たちだけがそんなに特別に努力していると思っていられるんだろ・・・他の国の人もやってますけど・・・。日本は検査が4万円以上もして、正確なデータに乏しい状況におかれながら、怯えつつ用心している状況なのに・・・。それで政府は旅行をしろ、オリンピックを開催するって、一体・・・」と思ってしまう。
ため息をつきながらも、日本人が大変まじめに清潔を守って、自粛を心がけているのは事実だ。だからこそよけいに、行政の不備に腹が立つ。
遠くの祖父母が病気になったり、亡くなったりしても、都会からお見舞いやお葬式に行くことすら、自粛ではばかられる。そして自粛しない人は叩かれる。
行政は、国民になぜこのような思いをさせるのか。国民がまじめなことだけに頼るのか。
今のところ、日本は大変ひどい状況ではなさそうだ。今は、行政が旅行を推進し、都会では満員電車が復活し始め、マスクをしない人も出始めているという。
本当に、感染者数に関しては信用できない。これから寒くなるし、何かのきっかけで事態が悪化しない保証はない。そのとき日本では、検査によって感染者数をおおむね正確に把握する態勢さえ整っていないのだ。データなくして、どうやって的確な政策を立てることができるのか。
新型コロナウイルスが、まだはっきり解明されておらず、明らかに有効なワクチンも薬もないのは仕方がない。そんな心もとない不安な状況だからこそ、政治に対する信頼が一番大事なのではないのだろうか。
検査が進まないのは、縦割り行政の弊害という指摘がある。菅首相が「行政の縦割りを打破」を目標として、検査が簡単に安価(または無料)にできるようになるのなら、ぜひ頑張っていただきたい。