なぜ「焼きそば」はさらなるブームになっているのか?
屋台で生まれインスタント麺で家庭に普及した焼きそば
たかが焼きそば、されど焼きそば。焼きそばほどシンプルで奥が深い料理はない。焼きそばは麺を鉄板で焼き、ソースや具材と共に炒める、至ってシンプルな麺料理である。日本の「ソース焼きそば」をはじめ、タイの「パッタイ」やインドネシアなどの「ミーゴレン」など、世界には様々な種類の焼きそばが存在するが、元々は中国料理の麺料理「炒麺(チャオミェン)」がルーツで、世界中に広がってそれぞれの食文化と融合することで数多くの新しい麺料理が生まれた。
日本の焼きそばの歴史は大正時代にまで遡るが、少なくとも昭和初期にはソース焼きそばも生まれている。昭和10年代には浅草の多くの店でソース焼きそばが売られており、ソース焼きそばを浅草焼きそばと呼ぶ人もいたという(参考:「にっぽん洋食物語大全」(講談社:小菅桂子著))。浅草はかつて流行の最先端の場所であり、いち早く新しいものが登場する街だった。さらにそこには当時流行していた「どんどん焼き」の存在も無視出来ない。小麦粉の生地に具材を乗せ挟み、ソースを塗ったものを食べる屋台のファストフード。ソースを使ったどんどん焼きの屋台でも焼きそばは売られており、ソース焼きそばはこうした背景から生まれていったと考えられる。
焼きそばが広く家庭に浸透したのは戦後、昭和30年代以降のこと。1963(昭和38)年に日清食品が発売した即席麺「日清焼そば」がヒットし、さらに東洋水産の「マルちゃん焼そば」のヒットが続いたことで、焼きそばは家庭で食べられるものになった。さらに、1974(昭和49)年には恵比寿産業が日本初のインスタントカップ焼きそばである「エビスカップ焼そば」を発売。翌1975年にはまるか食品が「ペヤングソースやきそば」、1976年には日清食品が「日清焼そばU.F.O.」を相次いで発売し、一気に市場が拡大して一大焼きそばブームを巻き起こした。
ご当地焼きそばが可能性を広げ、今新たなブームへ
外食としての焼きそばが注目を集めたのは2000年代初頭の「ご当地焼きそば」ブームだろう。ブーム以前よりも全国各地にはその地域の食文化に根付いた形の焼きそばは存在していたが、静岡県富士宮市で長年食べられていた焼きそばを1999年に「富士宮やきそば」と命名してブランド化し、さらに2006年から始まったご当地グルメイベント「B-1グランプリ」で富士宮焼きそばが2年連続優勝したことにより、全国にご当地焼きそばブームが一気に広がった。
その土地で古くから愛されているのに、その土地以外の人にはあまり知られていなかったという特別感。さらには同じ焼きそばでも地域や町ごとに様々な個性があるという多様性が、焼きそばの可能性を広げた。これらの特徴はいわゆるご当地グルメ全般にあてはまるフォーマットだが、やはりご当地焼きそばが一気にブームになった素地としては、その直前の90年代後半頃から注目を集めていた「ご当地ラーメン」のブームがあることは間違いない。
麺を蒸すのか蒸さないのか、太麺なのか細麺か、軽く焼くのか焦げ目をつけるのか、具と一緒に炒めるのか乗せるのか、ソースはどんなソースを使うのか、ソースではなく醤油なのか塩味なのか、焼きそばの組み合わせは無限にある。ご当地焼きそばが焼きそばの多様性を世に知らしめたことで、焼きそばもラーメンのように店ごとの個性が出せる料理になった。そして2013年、神保町に焼きそば専門店「みかさ」(創業は熊本で1984年)がオープンして人気を集めたことで都内に次々と焼きそば専門店が誕生し、今新たなブームへと突入しているのだ。
ブームを牽引する進化した焼きそばたち
ここ数年増え続けている都内の焼きそば専門店では、その店ならではのオリジナリティあふれる焼きそばを提供している。広尾に2017年オープンした「テッパンキッチンHIROO」は、同じ広尾で人気を集める鉄板焼店「鉄板焼き高見」がプロデュースした店。素材の一つ一つは産地なども厳選したものを使い、目の前で出来立ての料理を提供するスタイル。大きな鉄板を中央に配した店舗レイアウトを含め、鉄板焼店としての経験が随所に生かされている印象だ。
麺は大阪から取り寄せた焼きそば専用麺を使用。ソースは13種類ものソースをブレンドして創り上げたオリジナルのソースを使う。麺と具材は別々に炒めることで、麺はしっかりとソースをまとい、具は本来の味が引き出される。もちろん焼きそばだけではなく鉄板焼きの一品料理もあるので、鉄板焼きを気軽にカジュアルなスタイルで楽しめるのもいい。
白金高輪の「無添加焼きそば BAR チェローナ」は、肉料理の世界を席巻する「ヤザワミート」が2016年に立ち上げた新業態。B級グルメの代表格とも言える焼きそばに、プロの料理人が本気で向き合ったらどうなるのか。その答えが「無添加焼きそば」だった。大人から子供まで皆が大好きな焼きそばを、誰もが安心して食べて貰えるようにと、化学調味料や添加物などを使わずに素材本来の持つ味わいを生かした焼きそばを創り上げたのだ。奇をてらうことなくソース焼きそばを磨き上げて創り上げた一品は、まさに料理としての矜持が感じられる。
オリジナルソースには化学調味料や人工甘味料などの添加物を一切使わず、国産のリンゴやタマネギなどから旨味を抽出し、さらにカツオや昆布などの出汁を効かせた醤油ベースのソースを合わせ、さらに鶏ガラスープでコクと旨味を加えた。麺も小麦の配合からこだわった完全オリジナルで、蒸さずに生麺を茹で上げて使う。ツルツルした食感を生み出す北海道産小麦粉と、弾力のある国産小麦粉を配合したオリジナル麺を使用。菜種油で片面を焼き付けるように焼くことで、パリッとした焼き麺の食感と、もちっとした茹で麺の食感のコントラストを楽しむことができる。
2016年本郷三丁目にオープンした「焼きそばのまるしょう」は、千葉県柏市に本店を構える人気店。店主はイタリアン出身で、生パスタの美味しさを焼きそばに活かせないかと、焼きそばの作り方を一から再構築してオリジナルの焼きそばを完成させた。深みのある味わいのソースは老舗「トキハソース」のソースをブレンドしたものを使用。太麺と細麺の2種類の麺は粉の配合から考えた自家製生麺。茹で上げた麺を蒸さずに水で締めることで、もっちりとした弾力のある食感を楽しむことができる。
鉄板でまず麺を香ばしく焼き上げたあとに、フライパンへ移してから炒めて味付けする調理方法はまさにイタリアンのパスタの応用。鉄板の上で全ての調理をするスタイルだとどうしてもソースや肉の味が鉄板に残ってしまうが、麺を焼く工程と調味する工程を分けたことにより、ソース味はもちろん醤油、塩、さらにはナポリタンなど様々な味の焼きそばを表現することが可能になった。
百年近い歴史を持つ焼きそばの世界で、今ほどバラエティに富んだ時代はない。その土地ごとに根付くご当地焼きそばや、その店ごとに異なるオリジナルの焼きそばの数々をぜひ食べ歩いて、焼きそばの奥深い世界を体感して欲しい。たかが焼きそば、されど焼きそばなのだ。