チョコレートの歴史は、技術革新と大衆化の歴史でもある
チョコの大量生産技術を開発したキャドバリー
遠足に持っていく菓子類の定番の一つでもあった「オレオ」や「リッツ」などが、今年2016年9月からヤマザキ・ナビスコの製造販売ではなくなる、とネット上でちょっとした話題になっている。
これは「ナビスコ」ブランドのライセンス契約が終了することで、これらの製品が山崎製パンの子会社であるヤマザキ・ナビスコの手を離れ、モンデリーズ・インターナショナル(Mondelez International, Inc.、以下モンデリーズ社)の日本法人、モンデリーズ・ジャパンへ引き継がれるかららしい。米国のモンデリーズ社の創業は1903年で、かつては社名をクラフトフーズといい、クラフトチーズなどで有名だった。また「クロレッツ」や「リカルデント」、「ホールズ」といった製品でも我々にはなじみ深い会社だ。
モンデリーズの米国本社は、2010年に英国のチョコレートメーカー、キャドバリー社を買収しているが、日本法人であるモンデリーズ・ジャパンはキャドバリー・ジャパンとして1978年に創業した企業だ。このへんの食品メーカーの世界的な企業買収や合従連衡は、めまぐるしく変化が急でちょっと理解しがたいものがある。
キャドバリー社は、映画『チャーリーとチョコレート工場』(Charlie and the Chocolate Factory、2005)のような工場見学施設「キャドバリーワールド(Cadbury World)」でもよく知られ、創業者のジョン・キャドバリー(John Cadbury、1801〜1889)は固形のチョコレートを大量生産する技術を開発した人物だ。
チョコレートの四大発明と技術革新
キャドバリーの固形チョコレート製造技術に限らず、チョコレートの歴史は、発明とイノベーション=技術革新の歴史でもある。この日本チョコレート・ココア協会のHPで紹介されているようにチョコレートには技術的な「四大発明」があった。
まず、ココアで有名なバンホーテン(Van Houten、ファンハウテン)は、創業者のカスパルス(Casparus)がカカオマスから粉末のカカオパウダーを作ることに成功し、息子のコンラッド(Coenraad)はココアをアルカリ化してより飲みやすくする製法を考えた。粉末にするためにはカカオマスから油脂分を取り除かなければならず、アルカリ化しなければ苦味が勝って飲みにくく、ココアパウダーを水に溶いたりした際に沈殿したり固まったりするからだ。
さらに、それまで飲み物だったココアに砂糖とココアバターを加えることで、固形チョコレートが発明される。食べ物としてのチョコレートの誕生である。
その後、スイスでミルクチョコレートが発明され、同じスイスでチョコレートの中にココアバターを均一に攪拌させるコンチェ(Conche)という装置が発明され、それまでザラザラとした食感だったチョコレートが優しい口当たりを持ち、なめらかな溶け味になった、というわけだ。
ところで、バレンタインデーに贈り物をする習慣は、キリスト教国でごく一般的にみられる。チョコレートを贈る習慣は、前述のキャドバリーがチョコレートのギフトボックスを作ったことが始まりとされている。だが「女性から男性にだけ」というのは、今のところどうも日本だけの風俗らしい。
日本では1936(昭和11)年に、英国のキャドバリーにならって神戸の洋菓子店「モロゾフ」がバレンタインチョコレートの広告を出したが、一般的にはならなかった。その後、1958(昭和33)年に東京のチョコレートマムパニーという問屋が新宿・伊勢丹で売り出したことが発端となり、バレンタインチョコレートを贈り合うことが次第に盛んな行事になっていったのだ、と言う。
嗜好品の大衆化と起業家たち
このように、チョコレートの歴史は、発明と技術革新の歴史でもあるのと同時に、大量生産と大衆化、ベンチャー起業の歴史でもある。
たとえば、キャドバリーの創業者であるジョン・キャドバリーはビクトリア朝期の禁酒運動家でもあった。
当時の英国では産業革命により社会の格差が広がり、ロンドンなどの大都市に不衛生な貧民街が増大していた。本気だったんだろうが、キャドバリーは貧困の原因の一つが飲酒だと主張し、どうもアルコールの代わりに庶民にチョコレートを食べさせようとしたらしい。
コンラッド・バンホーテンは化学者でもあり、彼の発明したチョコレートの大量生産の技術は、この嗜好品が大衆化するきっかけになった。また、ミルクチョコレートの開発に協力したアンリ・ネスレは、今では世界最大の食品メーカーとなったネスレを創業した人物であり、彼は母乳の出ない母親のために代替粉ミルクを発明したのである。
この時期、日本では義理チョコが乱れ飛び、食べられずに消費されていくチョコレートも膨大な量になる。動機はどうであれ、チョコレートの先人たちに、少しだけ思いをはせてみるのも必要かもしれない。