無職なだけで拉致・監禁、病気でもないのに強制入院 被害男性が法廷で訴えた引き出し屋の恐怖
今月25日、東京地裁でまたひとつ、「引き出し屋」をめぐる訴訟の判決が出る。
いわゆる引き出し屋とは、家族からの依頼を受けて、特定のターゲットとなる人物を、部屋から意に反して連れ出し、施設や病院に移送して生活や活動を強いる民間の自立支援業者や社会復帰支援業者を指す。暴力的な手法を伴うこともあり、ここ数年、「意に反して連れ出された」「身分証や携帯電話を奪われ自由のない生活を強いられた」「契約した内容と支援内容が違った」などとして、被害者や実態を知った家族が施設側を提訴する例が相次いでいる。
■無職というだけで拉致・監禁・強制入院の被害にあった男性
関東南部在住の30代男性は2018年5月3日、自室に突然入ってきた男たちに強制的に施設に連行された。連行先の施設で監禁されたのち、都内の精神科病院に医療保護入院させられた。退院時に再び強制的に施設に入所させられた後、しばらくして脱走した。
男性が連行された施設は、「あけぼのばし自立研修センター」(2019年12月に閉鎖済み)。男性が、センターを運営するクリアアンサー株式会社(破産手続き中)に対し、550万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したのは2019年2月のことだった。クリアアンサーの破産手続きに伴う中断期間を経て進行が再開した裁判が25日、判決日を迎える。
同センターをめぐっては今年1月27日にも、東京地裁が千葉県在住の30代の被害女性の訴えを概ね認めて、クリアアンサーと子会社のリアライズ株式会社(破産手続き中)と職員らに加え、契約した母親に対して、55万円の損害賠償を命じる判決を出している。
男性は連行された当時、無職ではあったものの大学院進学を目指してマクロ経済学の勉強に励んでいた。ひきこもり状態でもなく、精神疾患の履歴も兆候も全くなかった。同センターを頼って契約した両親の願いは、息子に「働いてほしい」という純粋なものだった。
■「あなたのように稼ぎのない人間には答える必要がない」
「父親が部屋に入ってきて、『今からこの人たちのお世話になるから、この人たちの言うことを聞きなさい』と言ったあと、後ろから4、5人の男が入ってきました」
2022年1月14日に行われた本人尋問で、原告男性が語ったのは、このときから始まった恐怖の日々だった。
「今から私たちのところに来てもらう」と言って、無理やり連れ出そうとする男たちを見て、男性は、かつてテレビで見たような悪徳支援業者だと直感した。父親は、男性の知らないうちに、業者との間で半年間で約700万円の自立支援契約(諸経費含む)を結んでいた。「あなたたちに用はない」と言って断ったが、案の定、男たちはそのまま部屋に居座った。
Wと名乗るセンターの職員は、「家の所有者である両親があなたにこの家から出ていってほしいと言っている以上、従ってもらう。あなたにはこの家にいる資格がない」「自分たちは両親の依頼に基づいて家から強制退去の代理執行を行う立場で、今からこの家から出て行ってもらう」など言っていた。これに対し男性は「私を連れ出す法的根拠は何でしょうか?」と尋ねたが、Wは「あなたのように稼ぎのない人間には答える必要がない」というだけだった。
敬虔なキリスト教徒である男性は、普段通っている教会の牧師に助けを求めようと、固定電話の受話器を手に取った。すると即座にKというセンターの職員が妨害に入り、男性の腕を掴んで後ろから机に押さえ込んだ。後からわかったことだが、Kは現役のプロボクサーだった。
■助けを求めた警察官には犯罪者のように扱われた
「これは傷害にあたる」と考えた男性は、今度は警察に助けを求めようとしたが、受話器を取り上げられ、男性自身ではなく、センター職員のSが警察に連絡した。
しかし、駆けつけた警察官は、男性がいくら状況を説明しても助けを求めても、「あなたからぶつかっただけなんじゃないですか?」と言って、取り合おうとしなかった。それどころか、「私たちの仕事は治安対策です」と言って、犯罪者は男性の方であるかのような態度だった。
仕方なく、外で警察官に大声で抗議してみたものの、近所の人は遠巻きに見ているだけで誰も助けてくれなかった。抗議しているところへ、センターの職員に同行して待機していた警備会社のスタッフがやってきて、男性の両腕を掴んで引きずり回し始めたが、警察官は止めようともしなかった。
■殺されるのではないか
こうして無理矢理車に押し込まれた男性は、行き先も知らされずに連行された。車の中で「これは犯罪だ」と抗議すると、Wは「あなたは憲法に書いてある勤労、納税、教育の義務をどれも果たしていない。そのようなあなたに犯罪だと言われる筋合いはない」と言った。このまま山に連れて行かれて生き埋めにされ、失踪したことにされるのではないかとすら思い、ただただ怖かった。
到着したセンターの寮では、8日間にわたって監禁された。
監視カメラが据え付けられていた地下室で、職員か警備員が監視役となり24時間見張られた。監視役が少し席を外す時には、中からは開けられない鍵を外から閉められ、逃げ出すことは不可能だった。
地下室から出すよう男性が求めると、職員のWは、今度は、「両親の依頼に基づいて後見人の立場で行っていることなので、あなたを外に出すことはできない」と言った。
地下室で提供された食べ物には何が入っているかわからず、男性は一切口にしなかった。
■「今から入院」の一言で50日間の医療保護入院
連行から9日目、突然外に出された男性は、「今から病院に行く」と言われて車に乗せられた。
足立区内の病院に着いて「ここは何科ですか?」と尋ねると、「精神科だ」と言われ、初めて精神科病院に来たことを知った。診察した医師は男性に、「大学を卒業してから10年間何をしていたのか」などと尋ね、説明もせずに「今から入院してもらいます」とだけ言って、男性を医療保護入院とした。診察には親族でもないセンターの職員らが同席していて、男性は非常に気分が悪かった。
信仰を理由に発達障害の診断を受けるなど、入院生活は屈辱的なものだった。約50日後に退院が認められたが、「実家に戻らないこと」と「センターでの指示に従うこと」という条件を付けられ、センターで指示に従わなければ再入院させると脅され、誓約書にサインまでさせられた。
こうして6月末に強制的にセンターに戻された男性は、表向きは指示に従い生活しつつ、こっそり脱走のために画策した。男性は外部の人物の助けを得て、入所から1ヶ月余り後の同年8月10日、ついに脱走した。
■「なぜこんな理不尽な思いを味わうのか、今も頭の中で整理できない」
男性は2019年2月、東京地裁にクリアアンサーを被告とする裁判を起こした。さらに同年11月にも、要件を満たしていない医療保護入院だったとして、センターと連携した精神科病院も提訴した。東京地裁で裁判が別途進行中だ。
結審となった尋問の締めくくりに、男性はこう訴えた。
「(連行された)5月3日以降、私が経験したことは人生の中で最も恐ろしい経験でした。自分の部屋で普通の生活をしているなかで、突然扉の向こうから見ず知らぬ男が入り込んできて、なんの悪いこともしていない私の身柄を押さえて、行き先も告げずに車に乗せて移送する。いうまでもありませんが、こんな強引なやり方は警察の方だってやらないと思います。彼ら(クリアアンサー)は私に無理やりそうしました。私はこの経験を通じて筆舌に尽くしがたい恐怖を味わいましたし、いまもって、なぜ自分がこんな理不尽な思いを味わなければならないのかと、頭の中で整理できずにいます。
なかでも、連れ出しの際に警察の方が私の声に一切応じようとしなかったことに大変失望させられました。私が明らかに、クリアアンサーの強引な連れ出し行為に対して抵抗し助けを求めていたにもかかわらず、漫然と見ていただけでした。あのときの光景を私は一生忘れることはできません。同じことがまた起こったら、人は誰も助けてくれないんだと思うと、心底人間不信になります。
今でも部屋にいると、物音に起こされて扉の向こうからまた見ず知らずの男が入ってくるのではないかと急に不安に駆られることがあります。私が接していたクリアアンサーの職員にも比較的若い年代の人が多かったということもあって、街中で若い人を見ると時折気分が悪くなることがあります。
そうはいっても、裁判をやっているくらいなんだから元気なんじゃないのかと思われる方もいらっしゃるかも知れません。外に出て喋っているのだから結果的に連れ出されてよかったんじゃないかと思われる方もいらっしゃるかも知れません。しかし、今申しました通り、私が受けた傷は一生癒えることのないものですし、ましてやお金で解決できるようなものではありません」
そして、「クリアアンサーの対応を断罪いただき、私のような被害者を出さないようにしていただきたい」と結んだ。
被告のクリアアンサー側は、裁判を通じて、意に反する連れ出しや監禁自体は認めており、「医療保護入院の要否が判断されるまでの保護行為として必要性、かつ緊急性及び相当性が認められるから違法ではない」との認識に基づき、男性に対する行為の正当性を主張している。
判決は、25日13時10分、東京地裁で言い渡される。