ロシア軍がKh-22/Kh-32空対艦ミサイルを対地攻撃に投入か
5月20日、ウクライナのハルキウ州ロゾヴァの文化センターにロシア軍のミサイルが着弾し数名の負傷者が出ました。11歳の子供を含む7人が負傷、奇跡的に死者は出ていません。
文化センターに着弾するロシア軍の大型ミサイルによる攻撃の様子が監視カメラに捉えられており、ウクライナ側から公開されています。
高速落下してくるミサイルについて興味深い推定があります。ロシア軍のTu-22M3爆撃機が運用する巨大な空対艦ミサイル「Kh-22」であるという分析です。あるいはKh-22の改良型「Kh-32」の可能性があります。
大きな弾体、大きな主翼、亜音速巡航ミサイルよりも速い突入速度、ノーズコーンの黒い塗装など、幾つかの要素がKh-22/Kh-32との類似性を示しています。
従来、このミサイルはアクティブレーダー誘導の対艦攻撃用であると考えられていました。またサブタイプにパッシブレーダー誘導型があるという推定もあり、レーダー施設に対してならば地上施設にも攻撃可能ではという推測もありました。
しかしロゾヴァの文化センターにはレーダーなどありません。つまりKh-22/Kh-32にはGPSないしグロナスを用いた対地攻撃能力があるということになります。Kh-22登場当初にそのような能力は無かったので、後から改修されたか、あるいはKh-32から付与された能力になります。
それともあるいは、慣性航法装置(INS)だけで対地攻撃をしたというのでしょうか? もしそうであるならば命中精度はかなり低いものになります。しかし文化センターの建物には実際に命中しています。
追記:Kh-22およびKh-32には、GNSS(GPSないしグロナスなど)の誘導システムは追加されていない公算が高いと思われます。そのような改修を行ったとするロシア側の公式な資料は確認できませんでした。
なお先週にロシア側から「Tu-22M3爆撃機からウクライナの標的に向けて夜空にKh-22/Kh-32超音速巡航ミサイルを発射」という動画が投稿されており、実際に投入されていることを裏付けています。
「Kh-22/Kh-32」は一般的な巡航ミサイルと異なり、むしろ弾道ミサイルに大きな主翼を付けて滑空するミサイルと認識した方がよいでしょう。液体燃料式ロケットで発射して直ぐに推進剤を使い切り、あとは滑空して飛んで行きます。ロシア語では巡航ミサイルのことを有翼ミサイルと呼びますが、このミサイルを呼ぶのに相応しい呼び方です。
Kh-22は実戦配備が1962年と半世紀以上も前の古い設計のミサイルです。最大速度はマッハ5弱に達し、事実上ほぼ極超音速滑空ミサイルのようなものです。改良型のKh-32は射程1000kmに延伸されています。発射重量は6トン近い巨大なミサイルで、イスカンデルやキンジャールのような弾道ミサイルに近い大きさです。
本来はアメリカ海軍の空母を攻撃するためのとっておきの大型空対艦ミサイルを対地攻撃に使いだしたという事は、本来の対地攻撃用のミサイルの在庫が尽き始めた可能性を示唆しています。
ウクライナ攻撃に使用されたロシア軍の主要ミサイル
地対地
- イスカンデル弾道ミサイル
- トーチカU弾道ミサイル
- 9M728巡航ミサイル ※カリブル派生型。イスカンデル発射機から運用
- 9M729巡航ミサイル ※未確認。9M728の改良型
- オーニクス超音速巡航ミサイル ※バスチオン地対艦ミサイル発射機
- Kh-35巡航ミサイル ※バル地対艦ミサイル発射機
イスカンデル弾道ミサイルは2月24日の開戦以来数百発~千発前後は使用されていると推定されるが、最近になって使用が低調になり、使用可能な予備弾の在庫が尽きつつある可能性。NATOと戦う可能性がある以上は全てをウクライナで使うわけにはいかず、使用量を絞る必要がある。ロシア領内やベラルーシ領内から発射されている。
9M728と9M729は発射時の映像が公開されていれば発射機を確認できれば地対地型と判別できるが、飛行中以降は艦対地型のカリブル巡航ミサイルとの判別は困難。
バスチオンのオーニクスとバルのKh-35は本来はクリミア防衛用の地対艦ミサイルで、地対地攻撃は限定的な使用にとどまる。発射機は共にクリミア半島から動いておらず、主にオデーサ攻撃に投入されている。
艦対地
- カリブル巡航ミサイル(水上艦発射型)
- カリブル巡航ミサイル(潜水艦発射型)
カリブル巡航ミサイル(水上艦発射型)は2月24日の開戦以来数百発~千発前後は使用されている主力攻撃ミサイルと推定されるが、最近になって使用が低調になり、5月4日からカリブル巡航ミサイル(潜水艦発射型)の投入が開始される。使用可能な予備弾の在庫が尽きつつある可能性。
カリブル巡航ミサイルの射程は2000km以上あるので、黒海の何処からでもウクライナ全土を攻撃可能。そのため搭載艦はクリミア半島のセヴァストポリ港から出撃して直ぐ沖合いで発射して再装填に戻るという運用。発射位置が陸上から見える距離でも幾例か行われており、映像で発射目撃例が複数報告されている。
空対地
- Kh-101巡航ミサイル ※大型爆撃機用
- Kh-55/Kh-555巡航ミサイル ※大型爆撃機用
- Kh-35巡航ミサイル ※戦闘機用
- Kh-22/Kh-32巡航ミサイル ※中型爆撃機用
- キンジャール極超音速滑空ミサイル ※イスカンデル派生型
カリブル巡航ミサイルの使用が低調になるのと前後してKh-101巡航ミサイルの投入事例が増え始めている。最大射程はカリブル以上。
Kh-35、Kh-/Kh-32は本来は対艦ミサイルで限定的な対地攻撃能力を付与されたもの。対地誘導システムはおそらくGPS/グロナス誘導とINS誘導のみ。
キンジャールは使用数が少ない。MiG-31K戦闘機での運用。Tu-22M3爆撃機での運用も可能と発表されているが、実際の搭載例は無し。