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文科省や教育委員会に必要なのは、事実に基づいた政策

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
文部科学省の庁舎(筆者撮影)

国の審議は一面的な検討になっていないか?

きょうは中教審(中央教育審議会という文科省の審議会)で学校の働き方改革についての議論に参加してきた。審議の様子の一部は、早速記事になっている。

小中学校の教員の長時間労働が問題となる中、文部科学省は15日、「変形労働時間制」の導入を軸とした働き方改革のたたき台になる案を、中央教育審議会の部会に示した。

出典:朝日新聞2018年10月15日

変形労働制の解説はここでは割愛するが、現行制度では1ヶ月のものしかできない。これを年間でできるようにしようという提案だ。

この年間変形労働制については、前回の部会でも賛成、提案する意見が部会長をはじめ何名かから出て、今回もいくつか意見が出た。ぼくもアイデアに反対はしていないが、正直申し上げて、審議の仕方が気に入らない

★なお、ここに書くのはいち委員としての印象、個人の意見であり、審議会でオーソライズされたものではない。また、誰かを責めたい意図ではない。

不思議なことを列挙する。

1)前回の部会までにまったくアナウンスがなかったが、今日の部会では唐突に東京都と岐阜市の教育長からのプレゼンが入った。

  お二人のお話はとても参考になるものだったが、審議の終盤戦のいまの時期に入れるのはかなり違和感がある。

  しかも、二人とも年間の変形労働制に賛成というコメントを強調していた(そうおっしゃるのは自由だが)。

2)年間変形労働制に賛成する論拠なり証拠について、一部の有識者のコメントや教育委員会のコメントにかなりよっている。

 事務局資料からは変形労働制の説明はあったが、課題やデメリットについての言及はほとんどなかった

 これらは参考にはなるが、多面的に検討したものとは言い難いのではないか。

1)、2)を併せて考えると、これでは「結論ありきの審議」、「一部の人だけの意見を聞いて検討している」との批判は受けても、反論しにくいのではないか。

そのこともあって、ぼくとしては、次の2点をきょうコメントした。

  • すでに国立大学の附属学校等で導入されているので、その状況(効果や課題)を一般の教師にも(使用者側だけでなく)ヒアリング等してほしい。
  • 変形労働制で教員ごとに定時が日々変わってくるとなると、副校長・教頭職や事務職員には管理コストがさらに増す。そうしたデメリットや課題も考えたい。

実際、企業等の先行事例の報告では、年間の変形労働制には課題や問題もあることが報告されている。

管理コスト、つまり手間がかかるというのそのひとつだし、教員のように、生徒指導上の問題などの突発的な事態で時間外が発生しやすい仕事では、予めこの日は10時間働いて、別の日は7時間にしておくなどと予定を立てておくのは難しい側面も大きい。年間変形労働を導入している、一年間の繁閑が大きい工場や百貨店などとは事情が相当ちがう。

文科省はあくまでも選択肢のひとつとして(強制ではなく)、自治体や学校が年間の変形労働制も選べるようにするという姿勢だが、有力な選択肢として示すなら、課題や問題、あるいはそれらへの対策についても、ある程度、せめて材料を示すのが真摯な態度だと思う。今のままで本当に十分だろうか?

エビデンス以前の問題、事実、ファクトが不足している

文科省をはじめとして教育政策は、もっとエビデンス(科学的に因果関係が検証されたもの)に基づくものでなければならない、という主張は、中室牧子先生の大ベストセラーで好著の『「学力」の経済学』などでも言われてきた。

しかし、今回の年間変形労働制については、エビデンスらしきものは何も出てきていない。おそらく研究している人があまりいないのだろう。これはある程度制約があるのは仕方がない。だが、エビデンス以前の問題として、ファクト、事実確認すら曖昧な部分がある、と思う。

現に、教育長らのコメントは、使用者側でもあり、参考にはなるが、事実かもしれないことの一側面に過ぎない。しかも、通常の民間の年間変形労働制では労使協定が必要となるが、公立学校の教師の場合、地方公務員なので制約がある。年間の変形労働を使用者側の力だけではなく、うまく双方の合意や納得のうえで進められるのか、手続きがどうなるのかもまだよく見えてこない。

加えて、教育業界はホンネとタテマエがいろいろ分かれているケースがあるが、文科省等の政策検討や国の審議会では、タテマエのことしか表には出てきにくい。たとえば、年間の変形労働制にしても、企業や国立附属学校等であれば、予定よりも超えた残業ぶんは時間外手当が発生する。これがちゃんと守られているかどうか、事実上、帳簿上は残業していないように見せかける、サービス残業が横行している可能性もあるが、そんな情報は表だっては出てきにくい

しかし、本当によい政策かどうかを考えるには、こうした運用面での難しさとか、ありがちな問題、失敗も踏まえるべきだと思う。だが、繰りかえすが、そうした問題点(あるいは問題が発生する可能性、リスク)についての言及は、ほとんどないまま、審議が進んでいるように見える。

ぼくはいま、『事実に基づいた経営』というちょっと前の翻訳本を読んでいるが、まさに教育については、「事実に基づいた政策形成」が弱いと思う。

ほかの場面でもある。

主幹教諭の導入を検討する中教審でも感じたことだ。主幹教諭の導入結果について教育委員会が回答したデータが中心的な議論の素材だった。これは事実かもしれないことの一部しか切り取っていない。なぜなら

  • 文科省に聞かれたアンケートで、教育委員会が自らやっている政策(ここでは主幹教諭の導入)にネガティブなコメントを出すのはあまり多いとは思えない。
  • 教育委員会の担当者の回答しか拾っておらず、当の主幹教諭自身の意見や、主幹の部下や上司(教頭ら)のデータはない。

つまり、バイアスがかかっているかもしれない事実に基づいて政策を考えようとしているふうにも見える。

もちろん、さまざまな事実を集めるのは、コストも時間もかかる。限れた時間等で意思決定が必要な局面も多い。だが、きょう述べたような事実は少し探ると出てくるのではないか。

一部の声や思いつき、あるいは場の空気からだけで判断するのではなく、なるべく多面的に事実を集めて、検討したい。

★★★

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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